第3話
慎太郎は店に入ると、最新のモデルを手に取り、色々と操作していたが、わたしに
「これどうかな? 液晶がカラーだし、二つ折りでコンパクトで使いやすそうな感じがするんだ。それに、折りたためるなら、あの家族にも見つかり難いと思うんだ」
確かに、慎太郎としては、露ちゃんと安全に連絡が取れれば安心なのだろう。わたしは、この時飯島家の人間は慎太郎にとって天敵に近い存在になったのだと理解した。
「でも、そんなに高いの露ちゃんが受け取るかしら? あの子、そういう点はきちんと躾けられてるから受け取らないと思うわよ」
わたしの今までの経験からそう言ったのだが、新太郎は兎も角、露ちゃんまでもこの出会いにときめいてしまったのなら、判らないと思った。
「遠慮はするだろうな。でもプレゼントではなく、貸すという感じなら受け取ってくれる気がするんだ」
なるほど、あくまでも連絡をつけるツールとして考えるということなのかと新太郎の考えが見えて来た。
「判ったわ。で、色は何にするの?」
「そこを訊きたかったんだ。露子さんの好きな色なんて判るかい?」
そういえば、露ちゃんは洋服なんかは青系統のものを良く着ていた。でも服は兎も角、持ち物だから青なんて、と考えた。小学校の頃、クラスに黒いランドセルに黒い筆箱と持ち物全てが黒ずくめの子がいて、皆不思議がっていた。
「ねえ、なんで黒ばかりなの?」
そう尋ねると、その子はあっさりと
「わたし、赤とかピンクとか嫌いなんだ。黒が好きなの。おかしいかしら? 自分の好きな色のものを持つのは……」
そんなことを思い出してしまった。
「露ちゃんは青の洋服なんかは良く着ているけどね」
それを聞いて新太郎は少し考えて店員に
「すいません、この機種を下さい」
そう店員に頼んでしまった。店員とやり取りをして、在庫の機種にブルーがあるのを確認すると、その色に決めてしまった。
「考えれば、ブルーだったら男の僕が持っていても不思議な色じゃないしね」
なるほど、そこまで考えたのかと少し感心した。
結局、機種の分割料や基本料、それに何とかサービス料等、色々合算して月に三千円ほど払う契約にした。何でも千円分の無料通話分が付いて来るそうだ。ならば最初からその分安くすればよいと思った。わたしも最近携帯を購入したが、契約の細かいところは実は良く判っていない。新太郎は最初かなり高い契約を結ぼうとしたので、
「そんなに高い契約だって露ちゃんが知ったら、遠慮するよ」
わたしのアドバイスで安い方に変えたのだ。それに無料通話分を超えれば料金は加算されるのだ。二人が仲良くなり話す時間が増えれば、あっという間に一万円を超えてしまうだろう。そんな事も注意したのだが、既に契約して判っているはずの新太郎だが、どこか上の空のような感じがした。きっと注意が飯島家で虐げられている露子ちゃんに全て注がれているのだろう。
「どうやって渡すつもり?」
店から出てコーヒーショップでカフェラテに口をつけながら新太郎に問い正す。携帯を買うより、露ちゃんに渡す方が実は難しいのではないかと思った。
「頼むから呼び出してくれないかな」
「それはいいけど、呼び出したらわたしは消えるからね。二人の間でお邪魔になりたくないし」
「判った。連れて来てくれれば後は僕が何とかするよ。恩にきるからさ」
こういう時、普段から新太郎に色々と奢って貰ってることが効いて来る。もとより、二人の仲を進展させたい気があるのは事実なのだが……
その晩、わたしは飯島家に電話をした。
「はい飯島です」
声の主は飯島美香だった
「もしもし、飯島様のお宅ですか? 山本麗子ですが、露子さんお願い致します」
なるべく感情が出ないように冷静に言ったつもりだった。
「ああ、麗子さん。ちょっと待っててね」
そう言って受話器を置く音がして
「露子! あの山本麗子から電話よ……金魚の糞の山本麗子からあんたに電話!」
わたしが電話口で聞いていると判っててわざと言っているのだ。全くどういう躾けがされているのだろうあの娘は……
やがてバタバタと小走りに走って来る音がする。そんな時でも美香の声で
「家の中走るなよ。お前の掃除が手抜きなんで埃が立つだろう」
そんな嫌味が聞こえる。これも、わたしが聞いてると判ってて言っているのだ。
「すいません」
それに対して露ちゃんの謝る声が聞こえる。露ちゃん、謝る必要なんかないんだからね。喉元まで出かかった想いを飲み込む。
「すいません。お待たせしました露子です」
「ああ、露ちゃん。実はね……」
わたしは、あの後、新太郎が露ちゃんと自由に連絡を取りたい為に携帯を買ったこと。それを露ちゃんに持って欲しいと思ってることなどを伝えた。
「でも、そんな高価なもの戴けません。それに毎月の料金も出して戴けるなんて……」
「露ちゃん、新太郎は本気よ。本気で露ちゃんのことを心配もしてるし、想ってもいるわよ」
「ありがとうございます! それに関しては本当に心から嬉しいんです。でも今日お逢いしたばかりの方にそれほどのことをして戴けるなんて、果たして良いのでしょうか?」
確かに常識で言えば新太郎のやったことは外れているし、かなりのお節介だとも思う。でも、二人は時間なんて関係なく、ひと目でお互いに恋に落ちてしまったのだと思うのだ。
シェイクスピアの ロミオとジュリエットだって五日間の出来事だったし、恋に時間は関係ない。
「そんなこと心配しなくても良いとうわよ。露ちゃんは新太郎のことどう想ってるの?」
わたしの問いかけに対して露ちゃんははっきりと
「お慕いしています。出会った時から、なんて素敵な方でしょうか、と想っていました。実は今度、霊子さんに新太郎様とお逢い出来ないか相談しようと考えていたところだったのです」
ならば何も問題はない。そのことを強調して明日、校門の前で二人で待ってると伝え受話器を置いた。
そのことを新太郎に告げると、とてつもない喜びようだった。あの新太郎にしては少し大げさだと思ったが、そんなものかも知れない。
翌日、わたしと新太郎は「聖華女学院」の校門を見渡せる場所で露ちゃんを待っていた。
「しかし、昨日もわたしここに立っていたのよね。でもそれも今日限りか」
これからは新太郎から教えられた携帯の番号に連絡を取ればよい。
やがて、終礼のチャイムが鳴り、生徒が続々と出て来た。さすが「聖華」だ、本当のお嬢様学校だけあって、生徒が皆華やかな雰囲気を身に纏っている。でも、その中でも露ちゃんは別格だと感じる。放ってるオーラが違うのだ。露ちゃんの周りだけが違う空気が流れている感じがする。
「出て来たわよ」
新太郎に伝えると小さく頷いた。
「露ちゃん! ここ」
わたしが手を振って呼びかけると、すぐに判ったようで、
「ああ、麗子さん」
それだけでも輝くばかりの笑顔をしたが、わたしの後ろに新太郎の姿を見かけて、その喜びが頂点に達した。
「……新太郎様」
そう呼ぶだけでもう目が潤んでいる。恋しい新太郎の顔を見ると、普段の辛い思いが蘇ってしまったのかも知れないと思ったのだが、これはわたしがこの時は、本当の恋愛をしたことがなかったので、単にそう思っただけだった。
「露子さん、はいこれ」
新太郎は箱からブルーの最新の携帯を出して手渡した。この時、これは二人に幸せをもたらしてくれる魔法のツールだとこの場の三人は信じて疑わなかった。