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露子と新太郎  作者: 風速健二
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第21話

 病院に到着して、説明を受けることになった。それによると、初乳は同じ日に出産した方から戴いて飲ませたそうで、その後は人工栄養になるとのことだった。その他赤ん坊の衣類やオシメのことなど色々なことのレクチャーを受けた。

 赤ん坊は、七日後に退院出来るそうだ。つまり普通の出産した時と日時的には同じということだった。

 新太郎のマンションにはベビーベットやら何やら必要なものは全て揃っていた。その他にも色々な注意点をメモして、赤ん坊に面会をした。

 保育器の中の子は本当に赤く、目を閉じて手足をゆっくりと動かしていた。この子の母親はもうこの世にいないと思うと、また涙が止まらなくなった。いけないわ、ここに入るのに白衣を着てエアシャワーを浴びて入ったのに涙なぞ流してはいけないのだ。でも横の新太郎のお母さんを見るとやはり泣き笑いをしていた。

「知世ちゃん。頑張るんだよ」

 思わず口に出てしまった。すると、お母さんが

「そうだね。そう言ってたわね。知世か……いい名前だね」

 やっと二人の涙が止まった。


 出生証明書を貰ってマンションに帰って来て、新太郎に届け出るように言う。

「知世って名前まで決めたのだから早く届け出た方が良いよ。帰りに赤ん坊をお父さんと見てきなよ」

 そう言うと、美香が

「わたしも一緒に行っても良い?」

 と尋ねるので頷く。きっと、こうして露ちゃんの亡骸をいつまでも見ていると気が塞いでしまうのだろう。

 そうして三人は新太郎の車に乗って出て行った。テーブルの上には葬儀社の人が書いた予定表が置いてあった。

 それによると、通夜は明日で。告別式が明後日の十時から十一時、場所はこのマンションの集会場となっていた。新太郎のお母さんが

「麗子さんも親戚の席に座って下さいね」

 そう頼まれてしまったので了承する。まあ、頼まれなくてもそこに座るつもりだったのだが……

 新太郎のお母さんが

「麗子さんも昨夜から寝ていないので、奥で横になったらどう?」

 そう勧めてくれたので、雑魚寝だが横にさせて貰うと、すぐに眠りに落ちた……


 道を歩いていて、前を見ると露ちゃんだった。恐らく夢なのかも知れない。あるいは今までわたしが見ていたのが夢なのかも知れない。その露ちゃんが、後ろを振り向きわたしに

「今のままじゃ、わたし向こうに行けません。だから、向こうでとりあえずの用事が済んだらこちらに帰って来ます。それまでは宜しくお願い致します」

 そんなことを言ってその道をスタスタ歩いて行ってしまった。わたしは追いかけたが川の手前で止まってしまった。川には橋がなく、小舟があるだけだったが、それは露ちゃんが乗って行ってしまい、もう小舟がなかったからだ。仕方ないのでそこから帰って来たところで目が覚めた。見ると、新太郎もお父さんも美香も帰っていた。

「見て来たよ。女の子なのに露子そっくりだった。あれは美人になるぞ……露子が残してくれたせめてもの遺産だな」

 新太郎の胸中はいかばかりだろうか、わたしの想像を越えるものだろうとは思った。

 翌日はお通夜で、わたしも親戚の席に座って挨拶をしていた。「聖華」時代の友人や、大学のクラスメイトが大勢やって来てくれた。勿論黒川くんも美香と一緒に焼香してくれた。

 通夜が終わって、お線香を絶やさない様に交代で番をするのだが、わたしが番をしていた時だった。深夜、突然どこからか、鈴虫の音が聴こえて来たのだ。最初は弱い音色だったのだが、段々それは大きくなり、わたしの耳にはハッキリと聴こえるようになった。だがハッキリ聴こえてそれが鈴虫の音ではないと気がついた。そう、何回も聴いた露ちゃんの携帯の着信音だったのだ。

「りりりり」「りりりり」と何回も繰り返して聴こえて来るのだ。それはまるで露ちゃんが向こうの世界から連絡して来るような感じだったのだ。

 そっと周りを見渡して見る。まだ蓋に釘をされていない棺に近づき、そっと小窓から露ちゃんの顔を覗くと、心なしか生気があるように感じた。

「ねえ、露ちゃん。今のはあなたがわたしに何か言いたかったの?」

 問いかけてみるが、当然答えはない。やはり幻聴だったのかと思いその場を離れ元の場所に帰ろうとしたその時だった。

 集会場の祭壇から白い何かが飛び出し、表に出て行った。あっけにとられ見ていたわたしは、あの白い物体は露ちゃんの魂ではないかと考えた。急いで表に出るともはやそれは見えなかったが、更に驚いたのは数十分後、その白い物体が戻って来て、祭壇の棺に吸い込まれたからだ。

 わたしは、やはりあれは露ちゃんの魂ではなかったかと思った。もしかしたら、病院の我が娘の知世ちゃんの姿をひと目見に行ったのではないかと考えたのだ。

 そう考えれば、わたしが先ほど見た夢も納得が行く、露ちゃんは何らかの形で戻って来るのだと思った。

 露ちゃんが戻って来るまで、わたしがこの家を支えよう。その時、本気でそう思った。知世ちゃんの世話だって新太郎には無理だし、お母さんだって実家で用事があるからこちらに常駐は出来ない。わたしと新太郎は三年だ。どちらもそんなに講義が多い訳ではない。何とかなるのではないかと思った。

 甘い考えだとは思う。子育てどころか出産、いいや恋愛の経験だって乏しいわたしに何が出来るのだろうとは思う。だがこれから勉強すれば良いのだ。時間はまだあると思った。

 翌日の告別式にも大勢の人がお見送りに来てくれた。それぞれに露ちゃんと別れを惜しんでる。誰でも悲しい。当たり前だろう。わたしだって本当に泣きたい。大声で人前で泣きたい。でも、わたしにはやることが出来た。その日までこの親子を支えることだと……


 火葬場の煙突から白い煙が立ち昇り、露ちゃんの遺体が登って行く。きっと約束通り帰って来るんだよと思い、その登って行く先を見つめる。そうしたら、横で美香が

「昨夜、露子の夢を見たの。露子、わたしに『知世を宜しく。麗子さんに頼んでありますが、たまには助けてあげて下さい』って言われたの。不思議だった。あんな夢見たの初めてだったから」

「わたしも見たよ。向こうですることが終わったら帰って来るから、それまで宜しくって」

 美香はそれを聞いてニッコリとして

「そうか、体は死んでも魂は残ってるんだね。見えないけれど、露子はどこかにいるんだね。わたしも大したことは出来ないけれど、手伝うね」

 美香も約束してくれた。わたしは、これからのことに僅かだが明るさを見出したのだった。


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