第18話
露ちゃんの体のこともあるから、海外なんてもっての外だし、車も長距離は駄目なので、結局二人は近場の温泉に電車で行くことにした。それが二人の新婚旅行になった。新太郎が
「いつか、三人で海外に行こう」
そう言ったそうだが露ちゃんは
「いいのです。わたしは、新太郎さんのお傍にいられるだけで幸せです」
そんなことを言って新太郎を感激させたそうだ。おみやげの温泉まんじゅうを、くれながら惚気られた。早くわたしも誰か見つけよう。右は新太郎と露ちゃん。左は美香と黒川くん。これでは身が持たない。わたしは、この時はまだそんな呑気なことを考えていた。
四月になり露ちゃんは我が大学に、美香は「聖華女学院」にそれぞれ入学した。美香は黒川くんの通う高校がすぐ傍なので毎日一緒に通っている。美香の両親の景子も平吾も黒川くんの素性を知って驚いたが平吾が
「結局、この家か俺が何かを背負ってるんだよ。それがあるから、兄貴だって、それに露子だって、その相手の一族の息子と……これを受け入れないとならないのかも知れない」
そんなことを言ったそうだ。それにはあんなに猛々しかった景子も黙ってしまったという。露ちゃんのことも然ることながら自分の娘のまでが、因縁とも言える相手では納得するしかなかったのだろう。
新緑が綺麗になって来た頃には、露ちゃんのお腹も少し目立って来た。でも知らない人が見たら全然判らないかも知れない。
検診の結果も何の問題も見つからなかった。露ちゃんが言うには新太郎がお腹をさすり
「動くかな」
などと馬鹿なことを言ったそうだ。動き出すのはもう少し先のことだろう。そんなことを聞かされていて、わたしは楽天的に考えていた。そうしたら、露ちゃんから連絡があり「お話があるのですが」と言ったのでどこで会うかを確認すると「出来れば家に来て欲しい」と言うのでわたしが露ちゃんのマンションに向かうことになった。
何の話だが判らないが、先日の検診では問題ないと言われたと言っていた。ならば何なのだろう。一末の不安が頭をもたげて来た。
「すいません。お呼び立てしてすいません」
露ちゃんが真面目な表情で頭を下げる。
「いいのよ、気にしないで。今日は大学はいいの?」
「あ、はい、わたしのは休講になりまして、今日はわたしだけ家にいますので、それで、女同士でしか話せないこと麗子さんに聞いて欲しくて、連絡してしまいました」
そうか、いくら夫の新太郎でも聞かせられないことはあるものだと思う。リビングに通されるとすぐに香りの良いコーヒーが出て来た。
「悪阻はもういいの?」
「はい、収まりました。もう何でも食べられます」
それを聞いて良かったと安心をした。
コーヒーを口に運ぶと露ちゃんは静かに語りだした。
「実は、先日の検診の時に先生から色々とレクチャーを受けました。もう七月には出産ですので、色々な心得も教えて貰いました。その中で『家族計画』についての話がありました。それによると、以前は授乳している間は避妊しなくても妊娠はしなかったそうですが、最近は栄養が良くなったので人によっては妊娠する人もいるので注意するように、と言われました。そして避妊の方法を幾つか教わったのですが、一番安全なのが避妊具を使った場合で、それにはスキンから体に埋め込む色々な器具まであるそうです。
次が経口避妊薬、つまり低容量ピルです。これについてはホルモンの量が狂うとか色々な副作用があると教えられました。最後にアフターピルについてでした。これは夫婦生活には殆んど使用しないのですが、やはり危険が一番高いと言われました。副作用があるからですが、常用すべきではないのだそうです。やはり、望んでいない行為があった時に使用するのが本筋で、何回も使うのは進められないと言われました」
全くその通りだとわたしも思う。でも、それで露ちゃんが不安になるのは何でだろう? わたしは理解出来なかった。
「実は……わたしと新太郎さんは何回か使ったことがあるのです。回数は多くありませんが……実は多分妊娠してしまったと思われる時も使ったのですが、失敗してしまったのです」
わたしは最初、露ちゃんが何を言ってるか理解出来なかった。いや、理解しようとしなかった。
「何を言ってるの露ちゃん。だって、アフターピルを使っても妊娠してもあなたは産むことを選択した訳でしょう。ならば、今更それは過ぎ去ったことではないのかしら。まさか、これからも将来それを使いたいと新太郎が言ったの?」
本当にそんなことを考えているなら新太郎は大馬鹿だ。女の体を何も判っていない。
「そうなのね? 露ちゃん」
わたしが問い詰めると露ちゃんは、弱く微笑みながら
「多分、冗談だと思うのですが、『いざとなったらまた使うという選択もある』って言ったので、麗子さんに言って貰えればと思いまして……」
全く、どうかしてる。例え冗談でも言うべきことではない。
「いいわ、このままここにいて、新太郎が帰って来たら言ってやるから」
「すいません。結婚してまでご迷惑をお掛けして」
良く考えれば、わたしは二人の仲人みたいな存在だ。やはり仕方ないのかと考える。それに、露ちゃんは従姉妹だけど妹みたいな存在だし、姉は苦労するものだと思った。
露ちゃんと新太郎の帰りを待つ間に手持ち無沙汰なこともあり、露ちゃんの夕食の手伝いをする。
「麗子さんも一緒に食べて行って下さいね」
露ちゃんはそう言うけど、わたしが食べる気分になるかは新太郎次第だと思った。
「ただいま~」
新太郎が帰って来た。
「お帰りなさい新太郎さん。今日は麗子さんに来て戴いたのですよ」
露ちゃんは、柔らかいが有無をも言わさない言い方をした。
「ああ、山本来ていたのか、どうりで大学で見かけなかった」
わたしは新太郎に向って
「ちょっとここに座りなさい。話があるのよ」
わたしの言い方が強かったので新太郎は驚きながも露ちゃんと二人でわたしの前に座った。
「あんた、露ちゃんに経口避妊薬を使っていたそうね。それもアフターピルなんて非常時しか使わないものを何回も使っていたなんて、何を考えているのよ。今まで何もなかったから良かったけど、これからは何があっても使っては駄目よ、どんなに露ちゃんの体に悪いか考えないの?」
わたしの言葉に新太郎は驚きながらも戸惑って
「露子から聞いたのか……最近のは安心して使えるって評判だから使ったんだ。これからも使うなんて言ったのは冗談のつもりだったんだよ。まさか正式な夫婦になって、そんなモノを使う理由がないし……」
「新太郎、あんたね。女は赤ちゃんを産んで育てて行くの。そこには冗談なんか入る余地なんかないのよ。判る? いつだって女は真剣なの。『家族計画』ってことについてもっと真剣に考えてよね。言いたいのはそれだけよ」
うなだれて聞いていた新太郎は
「判ったよ。軽く考えていた部分もあったかも知れない。反省するよ」
そう言ってこの問題は収まったかに思えた。だが、このことが取り返しのつかないことの原因のひとつになるのだった。




