第17話
歳が明けると寒いにも関わらず、月日は無情にも流れて行く。露ちゃんと新太郎は挙式の準備をしていた。僅かだが露ちゃんに悪阻が来て、新太郎は心配で堪らないらしい。露ちゃんには悪いが新太郎はもっと心配しろ! と言いたくなる。わたしは正直、新太郎に対してまだ怒ってるのだ。その責任は全て被って貰うと思ってる。
病院にも行って検診を受けてお腹の子は順調だそうだ。二人でにこにこしながら報告してくれた。その露ちゃんの笑顔に免じて新太郎にはキツイことを言わないでおく。
「聖華」の卒業式が三月一日なので、式はお雛様の三日に決まった。式の場所は何と「聖華」の教会だ。「聖華」はその名からも判るようにキリスト教系の学校だ。大学の生徒などが学生結婚する時などに結構式を挙げる人が多いそうだ。尤も大学入学前に式を挙げるのは初めてだそうで、牧師さんも驚いていた。わたしは一々露ちゃんに付き添って、サポートをしていた。今はそれぐらいしか手伝うことはなかったからだ。
それと平行して新居の準備も進んでいた。いや、こちらの方が進んでいたかも知れない。露ちゃんの殆んどの持ち物はマンションに持ち込まれていて、毎日のように、こちらで寝起きしていたからだ。ちょっと露ちゃんをからかったら、毎晩抱き合って寝てると惚気られてしまった。
全てが順調とも言えるらいに進んでいた。露ちゃんの両親が事故で亡くなってから、物事がこれほど順調に進んでいるのは初めてではないかと思うほどだった。
そんな中、大学の後期の期末試験が始まった。わたしはこれにはかなり時間を割いて勉強していた。前期がやっとだったから頑張らねばならない。
結果としてだが、目標の成績は納めることが出来たので一安心をした。
そして二月も進み、いよいよ式に向けて忙しくなった。露ちゃんの衣装は純白のウエディングドレスでブーケも白に決めた。新太郎はエンゲージリングは無かったのでマリッジリングだけはと良い物を作ったそうだ。当日それを見るのも楽しみだ。
そして、「聖華女学院」の卒業式となった。露ちゃんの最後の「聖華」の最後の制服姿だ。わたしは朝、二人のマンションに行き最後の制服姿の露ちゃんを撮影した。勿論マンションの管理人さんに頼んで三人でも写して貰った。
「それがこれよ」
わたしは娘に、その時の写真を見せた。丁度荷物を整理していたらアルバムを見つけたのだ。いいや、本当はそうなるようにわたしが話のタイミングをずらしたのだ。そのアルバムには勿論先ほど娘が見つけた写真も貼ってある。恐らく先ほど娘が取り出して来たのは夫のだろう。案外整理整頓が苦手な人だから……
「へえぇ、わたしと同じ制服だから判るけど、凄い綺麗な人だったのね。そんな人だったなんて、何か嬉しいな」
そうよ、あなたはもっと自慢しても良いわよ。そう思ってはいたが口には出さなかった。それは、この先の話が辛いものになるからだった。
「お茶にしましょう。続きはそこで話すわ」
わたしは、そう言ってダイニングでコーヒーを沸かし始めた。
卒業式が終わるといよいよ二人の結婚式だ。その日は朝早くから萩原家の四人とプラス半分は起きて準備をして教会に行っていた。
結婚式の為に色々な設備が「聖華」にはある。そこが他の学校とは違うかも知れない。例えば髪の毛をセットする設備や衣装を着替えることに特化した姿見が幾つも置いてある部屋や教会には数少ない男子のトイレもある。
つまり、結婚式の為の設備は整っていると言うことなのだ。今日はそこに提携している業者の方が来て、二人の世話をしてくれるのだ。
いよいよ式が始まった。
「新郎新婦の入場です」とアナウンスされ音楽が流れ、まず新太郎がお母さんに連れられて入場して来た。今日は白のタキシードを着ている。続いて露ちゃんが何と、新太郎のお父さんに連れられて入場して来た。両親のいない露ちゃんはもう萩原の人間だから、このようになったのかと思った。
「うわ~露子、本当に綺麗。元が美人だけど、この美しさは凄い! わたし感動しちゃった」
横では美香が人目も憚らず大粒の涙を流している。本当に綺麗だと思う。それはきっと外見的な美しさだけではなく、露ちゃんの気持ちの強さや心の綺麗さから滲み出ているのだと理解した。そうでなければ、この奇跡のような美しさは表現出来ないと思った。
二人が祭壇の牧師さんの前に進み牧師さんが
「これより、新太郎さん露子さんの結婚式をとり行います」
と宣言をし、皆で賛美歌を歌った。その後は牧師さんが聖書朗読して、二人のの宣誓となる。
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」
牧師さんの言葉に新太郎は
「はい、誓います」と答え露ちゃんも
「はい、誓います」と答えた。すると牧師さんが
「これで、二人は神に夫婦となる事を認められました」
そう言って指輪の交換となった。まず牧師さんが指輪を手に取り
「この指輪は切れることのない永遠の愛の証です」
そう言って新太郎が慎重に露ちゃんの左の薬指に指輪をはめ込んで行く。続いて露ちゃんが新太郎の左の薬指に指輪をはめる。
「それでは誓いのキスです」
牧師さんの言葉に新太郎が露ちゃんの顔に掛かっているベールを持ち上げて、そっとキスをした。
会場一杯の拍手が鳴り止まぬ中で牧師さんは
「ここに二人は父と子と精霊の名に於いて、夫婦となりました。このうえはいかなる障害があろうとも、死が二人を別つ以外は、ふたりを離してはなりません。どうか神の祝福があらん事をアーメン」
「アーメン」
会場の皆が一斉に唱える。
また、一斉に拍手が鳴る。
それに被さる様に聖歌の伴奏が流れて、聖歌斉唱となる。
それが終わるといよいよ退場だ。横では美香が流れる涙を拭おうともせず拍手をしている。
「美香ちゃん、教会での結婚式って初めてなの?」
わたしの質問に美香は頷きながら
「うん。でも、そうじゃないの。本当に、本当にわたし感動して……思えば露子に随分酷いことをしたけど、こうやって幸せになって本当に良かったと思ったら涙が止まらなくなってしまって……」
そんな美香を見てわたしは
「黒川くんじゃないけど、泣く場所を貸そうか」
そう言って体を前に出すと、美香はわたしの胸でいつまでも泣いていた。
教会の外で露ちゃんがブーケを放り投げると何とわたしが受け取ってしまった。おかしなこともあるものだと思った。わたしには、そんな相手なそいないのに……
こうして新太郎と露ちゃんの結婚式が無事に終了した。良かった。本当に良かった。これからは二人で幸せな家庭を築いて欲しいと心から願うのだった。




