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露子と新太郎  作者: 風速健二
13/23

第13話

 この年の夏の思い出はほとんどない。

覚えているのは露ちゃんと美香の笑顔だけ。後から新太郎が謝りに来たっけ。自分の未熟な想いをぶつけてしまって……とか言っていたっけ。でも、もうどうでも良かった。二人は少しの障害では離れないほどの関係になっていたことが、嬉しくもあり、わたしの気分が塞ぐ理由であったことが自分でも判ったからだ。 でも何故だろう。わたしとしては、それが望みだったのではないのか?

 それが、喜びではなかったのか?

 わたしの鈍い頭ではそこまで考えることが出来なかった。いや、考えないようにしていたのだった。尤もそれは後から思って判ったことだが……

 一日中クーラーの効いた部屋にいると体調が狂ってしまうので、日に何時間かは表の風に当たる。

 夏の日差しは強く、病上がりのわたしを強烈に襲う。そんな中で一つ結論が出たことがあった。

「自分で計画して自分で準備をして、露ちゃんと入れ替わったのは、勿論二人のことが上手く行くことを願ってだが、実は心のどこかで「本気になれない自分」がいた事実があったということだった。

 結局、わたしのしたことはお節介なだけではなかったか? とここ数日考えていた。

 そんなときに露ちゃんと美香がやって来て

「体調が戻ったなら、五人で高原にドライブしに行きませんか?」

 そう提案してきたのだ。でも五人って……誰?

 すると美香が恥ずかしそうに

「黒川くんです。駄目かな……」

 そうか、二人はもう友達から関係が進んだのか。そう思って言ってみると、恥ずかしげな素振りで

「普通の友達から、大事な友達に進化して……」

 そこまで言ったら顔が真っ赤になった。そうか、赤くなるようなことをする関係になったのかと思い嬉しくなった。

「おめでとう! じゃあ一緒に行こうか」

 わたしの言葉で行くことが決まった。車は新太郎がというより親がワゴンに買い替えたので、それを使うそうだ。きっと新太郎のことだ本当は露ちゃんと二人でどこかにドライブしたかったのだろうが、二人なら目立ってしまうし、親にバレると危険なので、その他大勢を参加させることにしたのだろうと勝手に思った。


 その日はあいにく薄曇りだった。露ちゃんは

「このぐらいの方が過ごすには良いと思います。紫外線も怖いですからね」

 そう言って日焼け止めを貸してくれた。美香も黒川くんと一緒になって日焼け止めを塗っている。それを茶化したら

「だって、将来ガンにはなりたくないし」

 と凄くまっとうな答えが帰って来た。

 車の席は一番前の運転席が新太郎で、助手席が露ちゃん。二列目が美香と黒川くん。一番後ろがわたしとなった。結局独りぼっちなのはわたしだけだ。これって返って精神上悪くないかい? と思ってしまった。

 車は高速を一路北に向かってる。北の高原を目指しているのだという。わたしは窓の外を眺めながら、露ちゃんと新太郎の今後のことを思っていた。

 新太郎の話では、自分たちが付き合ってることを親に言ったらしい。反対の意見もあったが、今度露ちゃんを両親に紹介するから。という所まで話を持って行ったという。その結果、両親が露ちゃんを気に入らなければ、本当に親から独立を考えるという。その場合は大学も辞めてきちんと働き出す腹づもりなのだそうだ。

 そんなことを二人で話してくれて、わたしは自分の出番は終わったことを悟った。これからは、やはり二人で上手くやって行くのだろう。今後もし、わたしの出番があるならば、露ちゃんと飯島の家がもめた時だと思った。

 露ちゃんと美香に尋ねると相変わらず景子と平吾の目を盗んでいるらしい。それはそれで良いのだが、何か二人に問題が起きたらどうするのか? 盲目になっている露ちゃんは兎も角、中学生の美香では無理だろうと思ったのだ。


 車は高速を降りて、一路「〇〇牧場」と書いた看板を頼りにそこに向かってる。何でも濃いミルクから作ったソフトクリームが抜群で、それにそのミルクの濃厚さも都会では味わえないそうだ。それほどの美味しさなら、わたしも食べてみたかった。

 やがて、道を外れ、牧場に向かう専用道路に車は入って、駐車場に到着した。皆が降りて最後にわたしが降りる。高原の爽やかな風が身を包んだ。やはり風が違うと感じた。空を見ると青空が広がり始めていた。来て良かったと少しだけ思った。

 はしゃぐ皆の後ろをゆっくりと歩いて行く。四人とも嬉しそうで楽しそうだ。そう言えば自分があんな顔をしたことは随分昔の気がした。

 特製の「濃厚ソフトクリーム」は評判に違わず美味しかった。とても濃厚で、これがミルクで出来ていることを思い出させてくれる味だった。甘さも程々で濃厚さをスポイルしない甘さだったのも良かった。

「帰る前にもう一回食べようよ」

 美香の提案に全員が賛成した。

 それから、ポニーに乗ったり、大きな気球に乗って上空から牧場や辺り一面を眺めたりしたが、どちらもわたしは参加しなかった。未だ体調が万全でなかったからだ。皆の楽しそうな表情を見ていて、一つ判ったことがあった。それは、飯島家に引き取られた頃の露ちゃんはこんな気分で毎日を過ごしていたのではないだろうか? 世間の楽しいことは自分には関係ないか、遠い世界の出来事と思っていたのではないかと言うことだった。

 勿論、わたしは自分の体のことを思ってやらなかっただけなのだが、露ちゃんの場合は自分の意思とは関係なくそう言った状況に置かれてしまったのだから……

 わたしがベンチに座っていると黒川くんが隣に座った。

「前に、塾に一度いらしたことがありますよね?」

 そうだ、美香に相談されて、どんな子か見る為に行ったのだった。

「ああ、覚えていてくれたんだ」

 そういうと黒川くんは笑って

「だって、あんな理由で塾を見学に来る人なんていませんよ。どう考えても何かあると思いました」

 そう言って、ジュースを買いに行った美香を見ている

「そうか、怪しまれていたのか」

「ええ、思い切り怪しんでいました。でも美香ちゃんのことだとは思いませんでした。告白されてから父に正直に言いました。そうしたら『お父さんが仕事の上で負けたのは自分に実力がなかった為だ。それを逆恨みしてはならない。その子のことはお父さんのこととは関係なく考えなさい』って言われました。それから露子さんにも言われて考えました」

 黒川くんは、きっと正直な子なのだろう。それが判る話だった。

「で、正直どう思った?」

 思い切り核心に迫ると狼狽えながら

「正直ですか……実は思い切り気になっていたんです。でも飯島家の人間だからって意識しないようにしてました」

 そうか、それなら良かったと思った。わたしが絡んだことが切っ掛けになって二人の関係が進展したなら良かったと思った。無論まだ高校生と中学生のカップルだからどうなるかは判らないが、これから先は本人の責任なのだから……

「なあに? 何を話していたの?」

 美香がジュースを両手に持って帰って来た。

「二人の馴れ初めを訊いていたのよ。ほら、わたし、最初だけで後は知らなかったから」

 その言葉に安心したようだ。

「この先に綺麗な花壇があるのよ。行ってみない」

 美香の誘いに黒川くんは腰を上げて一緒に行った。わたしは、その後ろ姿を見送ると大きな伸びをしたのだった。

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