第10話
結局、何だかんだと言っても、素麺は茹でた分全て食べてしまった。娘も
「あ~食べ過ぎちゃった。夜は減らそう」
そんなことを言って笑ってる。その顔が本当に露ちゃんに似ている。娘は先を聞きたがってるが、引っ越しに向けての作業もしなければならない。
「残りは夜にでも話してあげるわ。でもそんなに気になる?」
「それは、そうでしょう。写真見た時に他人のような気がしなかったの。お母さんの従姉妹と聞いて納得しちゃった」
何気ない会話だが、わたしには、色々と思い出させる会話でもあった。娘は本能的に何かを感じてるのかも知れない。
素麺が入っていた器を洗いながら、あの頃のことを思い出す。わたしも良く人の恋路に夢中になったものだ。それも美香まで巻き込んで……
夫が帰って来て夕食になる。食器なども大分しまってしまったので、ここの所同じ器が顔をだす。それを娘がおどけてからかう。
「おや、君は今朝も、昨夜も、その前の晩も活躍した子だね。引っ越しが終わるまで、頑張ってくれ給え」
そんなことを言って笑いを取った。
夕食後、わたしは、話の続きを語り始めた。横では夫が聞いている。きっと夫の目線では違って来るのかも知れない。何かあるなら、その時にきっと言うだろうと思い、娘に続きを話すことにした。
それから暫くは、美香も手伝ってくれて上手く行っていた。そして自然とわたしと美香は多くの時間を共有するようになった。そんな頃、美香の好きな人について話をすることがあった。
「その人はどんな人なの? 年上? それとも同級生かしら」
わたしの質問に美香は年頃の少女らしく恥じらいながら、
「実は、通ってる塾でアルバイトをしている、ひとつ年上の高校生なの」
そう言って嬉しそうな顔をした。美香は露ちゃんと比べると容姿は劣るが、特別に悪い方ではない。飯島の優れた容姿を引き継ぐ父親の平吾に似れば良かったのだが、母親の景子に似てしまったのだ。でもこれは自分の責任ではない。
ちなみに、露ちゃんは母親似で、わたしの母と露ちゃんの母親は姉妹で、わたしの母親が姉の方なのだ。二人も良く似ていて歳も近かったので双子か? と言われたそうだ。
「バイトって、高校生で講師でもしてるの?」
もし、そうなら大変な秀才だ。
「違うんです。雑用をしていて、掃除だとか、教材の用意とか、プリントを配ったりとか授業の補佐っていうのか、そんなことをやってるの」
そうか、それなら完全に見込みがない訳ではないと思った。
「一度、見学ということで、見に行こうかな。そして、妹が進学塾を探していて、とか言ってその子に色々訊き出して、どんな子か探るというのはどう?」
わたしの提案に美香は目を開いて驚き
「麗子さんて、こういうことを考えるの天才的なのね」
そんなことを言って驚いているが
「どう? 乗る」
「はい、宜しくお願いします」
美香はそう言って頭を下げた。
翌々日は美香が塾に行く日だ。わたしも講義が早く終わったので、美香と待ち合わせをして一緒に塾に同行した。
塾に着くと、美香が
「あそこで、わたし達の授業に向けてプリントを机に置いて配ってる人がそうです。黒川孝さんです」
美香の示した先を見てみると、背の高いメガネを掛けた優しげな高校生がプリントを配っていた。
「可愛い子じゃない。ああいう子が好みなんだ」
ちょっとからかったら、たちまち真っ赤になった。
「さ、紹介して、その後は上手くやるから」
わたしに言われて美香は
「あのう、今度妹さんが入塾する所を捜している方を連れて来たのですけど、黒川さん説明お願いできますか?」
美香が必死の思いで何とか黒川くんに繋ぎをつけた。
「あ、はい。それじゃこちらにどうぞ。塾頭がもうすぐ来ると思いますが、基本的なことだけ説明いたします」
黒川くんはそう言ってわたしに資料を見せながら説明を始めた。慣れているところを見ると、結構こういう機会は多いのかも知れない。
二時間後わたしは近くのコーヒーショップで美香を待っていた。ショップの化粧室で、「聖華」の制服に着替えて、今日はこのまま飯島家に行き露ちゃんと入れ替わるのだ。
夕暮れの通りを見ていると、美香がやって来るのが見えた。軽く手を挙げると判ったみたいだ。息を弾ませて店内に入って来る。カフェラテを注文して
「どうでした、黒川さん?」
その目は期待に溢れていた。女の子って恋をするとこうも変わるのね。と思ってしまった。
「うん、いい子だと思う。『どなたからお聞きになったのですか?』と尋ねられたから、『飯島美香さんが妹と知り合いだから』って答えたら、彼ね、僅かに口調が変わって意識してる感じだったわ」
「そ、そうですか……本当に意識してくれていたら良いですけど……」
「まあ、これで人となりは判ったから、次のことを考えなくてはね。それは今夜考えよう」
「そうですね。今のことだけでも、わたしは幸せですけど」
「弱気になるな!」
変な励まし方をして、飯島家に向かう。
「変な話だけど、両親はわたしと露ちゃんが入れ替わってるのは全く気がついていないのでしょう?」
歩きながら美香に問うと
「そうです。完全に騙されています。そもそも、入れ替わるということ自体思ってもないと思います。その点では大丈夫だと思います。でも、露子は高校を卒業したら早くあの家を出て行った方が良いと思う。わたしから見てもウチの両親の露子に対する態度は異常だと思う」
正直、美香がここまで言い切るとは思っても見なかった。色々なものを見て、考えて成長したのだと思った。きっかけは、人を好きになったということなのだ。
家に帰る前に露ちゃんに連絡をすると、近くの公園で待っている。とのことだったので、そちらに向かう。
夕日に照らされて、公園には美少女が一人佇んでいた。
「お待たせ! 今日はどこに行くの?」
わたしの問いかけに露ちゃんは
「新太郎さんは映画を見に行こうと言ってました。わたしは、二人で居られればそれで良いのです」
露ちゃんの言葉を聞いて美香が頷いている。きっと頭の中では先程の黒川くんと自分が一緒に映画を見ているのだろう。
露ちゃんから連絡事項などを訊いて鞄を受け取り、別れる。見ると新太郎が傍に立っていた。
「お邪魔になるから行こう美香ちゃん」
「そうですね」
そんなことを言って露ちゃんと別れた。




