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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人狼サマーラブ

作者: 白湊ユキ

 短編三作目です!

 今回は『人狼ゲーム×百合』をテーマに、若干のホラー色を入れてみた感じのお話です。季節感はどこかにぽい。

 相変わらずの拙筆ですが、よろしくお願いします。


【ご注意など】

★本作にはガールズ・ラブ要素が含まれます。苦手な方はご注意ください。

★*で区切られた最後の節は閲覧注意です。読後感を壊してしまうかもしれません。(特に、「切ない恋」を期待されている方はご注意を……)

「や、やだ……っ! 来ないで!!」


 その恐怖に染まった叫びは、青い闇に沈む湖畔の木々にこだまする。左足が無意識に後ずさり、小さな枝を踏む音がぱきっと鳴り響く。しかし、目の前の相手との距離は広がらない。背中は既に、鬱蒼と小枝の張り出した茂みに埋もれていた。


「嫌、だれか、たすけて——」


 巨大な斧を持った男が迫ってくる。ゆっくり時間を掛けて、焦らすように。その顔を見ていられずに背けた瞳の中で、斧が振り上げられていく。

 もはや呻く言葉すら失ったわたしの頭の上に、無慈悲な斧が振り下ろされて——、




 ——パンっと軽い破裂音がした。


「はい、三宅さんが食われましたー」


「えーん、早いよぉ……」


 茂みから抜け出たわたしは、短い草の上に膝から崩折れる。素足にサンダルだから少し痛かったけど、そんなの気にも留められないほど残念だった。

 視線の先には、手を打ち合わせた姿勢のまま、わたしに労うような笑顔を向ける猿渡さん。その後ろには六人の男女が横一列に並んでいる。みんな歳の近い大学生だ。


「うっせーよ、ネ子」


 猿渡さんより手前、わたしの頭上から文句が降ってくる。

 我らが演劇サークル特製のハリボテ斧を提げた犬飼が、半眼で見下ろしていた。


「なによ、ツヨキチのくせに」


 噛み付き返すわたしの鼻先に、開いた手のひらが差し出される。ふっくらして、少し冷たい手。


「ネ子は演技派よね、ホント」


 わたしを助け起こしながら、くすくすと囁くように笑う根津はやっぱり可愛い。


「やっぱ、アンタにやられたのが一番納得いかないわ。その斧貸せ、頭叩き割ってやる!」


「いちいち発言がこええっての! こっち来んな」


 斧を庇うように一歩下がって、ドン引く犬飼強吉。口の減らないむかつくヤツだ。


「うぅ……。ねずぅぅ」


「よしよし。私らもすぐに行くから。寂しいかもだけど、テントで待ってなね〜」


 根津に泣きつくと頭を撫でられる。胸の奥をくすぐるような根津の愛撫は気持ち良くて、——ちょっとだけお腹の辺りがちくりとする。


「お菓子とか食べてていいから〜」


 手を振る根津に見送られて、みんなの輪から少し離れたテントに向かった。




「人狼ゲームやろうよ」


 そう言い出したのは誰だっけか。

 たまたま同じ日、同じ湖畔にキャンプに来ていた大学生グループ同士、意気投合してそういうことになった。


「はいはい! あたし、ルール知ってる」


 そう言った猿渡さんをゲーム・マスターというのに据えて、簡単なルール説明の後、残った十人はそれぞれカードを配られた。

 わたしの手元に来たのは《狩人》のカード。これを使って、華麗に根津を守ってやろうと思ってたのに——。

 慣れない言葉のぶつけ合いに戸惑いつつも、初日の裁判を生き延びた。しかし、その日の夜に人狼に狙われてしまったのだ。

 ゲーム開始の合図として、猿渡さんがおどろおどろしい声で紡いだ一言が思い出される。


 ——夜は狼の時間、せいぜい喰われぬよう気を付けて過ごしなされ。




 月明かりに照らされた闇の中。黒い湖面を背景として、オレンジ色の四角錐が鮮やかに浮かび上がっている。脱落者用の控え室となった、わたし達のテント。

 近くの草むらから、鈴を鳴らすような音が響いてくる。森の木々を抜けて吹いてくる涼風が、ゲームや寸劇で火照った身体に心地良い。湖畔の夜は静謐だけど、耳を澄ましてみると案外賑やかなのだった。

 そんな夜景を背に、ビニールの垂れ幕をくぐる。


「ちぇ、脱落しましたーっと。——あれ?」


 呟いて中を見渡しても、誰もいない。

 ぶら下がった電灯の明かりが、テント内のオレンジ色をより鮮やかに染め上げている。ビニールシートの床の上には、パーティー開けされたポテチの袋。中身はまだいっぱい残っていた。


「大上くん? 椎名くん?」


 最初の夜に人狼にぺろりんこされた大上くん。その後の裁判で吊るし上げられた椎名くん。先に脱落した二人はどこに行ったのだろう。テントに入っていく後ろ姿は、確かに見たのだけど。


 ——あの湖畔、出るらしいよ?


 不意に思い出す。キャンプに来る前に友達が語っていた噂。

 心細さに駆られて、テントの側面に付いたビニールの丸い窓を覗き込む。猿渡さんを中心に半円を組んだみんなが、緊張した雰囲気で会話していた。まだ裁判タイムは続いているみたいだ。


 ——次は誰かな。話しやすい子が来てくれますように。あと、犬飼は論外。


 そんなことを思っていたせいか。ぼんやりと眺めていた視線が、その一点に張り付いた。

 背中から冷や水を浴びたように感情が跳ね、端から凍りついていく。どんどん狭くなる視界。二人の姿だけが切り取られたように鮮明に浮かび上がる。これ以上何かを考え出す前に、慌てて窓から顔を引き剥がして背を向けた。


 ——見なきゃ良かった。


 奥歯が疼く。

 見たくなかった。わたしと同じサークルの根津と犬飼、二人が手を繋いでいるところなんて。

 端に除けてあったタオルケットに包まり、膝を抱えて肩を抱く。外は蒸し暑いはずなのに、なぜか寒くて仕方なかった。


 そのとき——。

 パサッと音がして、誰かがテントの中に入ってくる。


「三宅さん」


「——椎名くん?」


 柔らかい声がわたしの頭の上に降る。


「寒いの?」


 わたしは被ったタオルケットから顔を出して、首を横に振った。

 そこに居たのはやっぱり、このキャンプで知り合った椎名くんだった。




「元気ないね、三宅さん」


 わたしの側に腰掛けた椎名くんが話しかけてくる。

 椎名くんとは夕飯の時に向かいの席になって、少しお話をした。静かな人だった。肌が白くて、素っ気なくて、言葉も少なくて。でも柔らかい。声も男の子にしては高かった。そして、カレーを頬張りながら語ったわたしのつまらない話を、楽しそうに聞いてくれたのだった。


「僕じゃ頼りないかもしれないけど。良ければ話してみてくれないかな」


「————うん。面白い話じゃないよ」


 好きな人がいた。その人に告白したけど振られた。それでも忘れられなくて、側にいるのが辛い。

 所々の詳細をぼかしつつ、そんな内容のことを話した。


「友達でいてほしいって、頼んだのはわたしなのにね」


 椎名くんは時折相づちを打ったりして、ちゃんと聞いてくれた。幼子を見守るように優しく、深く。


「その好きな人って、根津さん?」


「え!? どうして——」


「気が付くといつも彼女を見てるから、何となく分かった。三宅さんは無意識なのかもしれないけど」


「そ、そうなんだ……」


 ほぼ初対面の椎名くんにまで筒抜けだったなんて恥ずかしい。根津もさぞかし居心地が悪かったに違いない。


 ——ごめん、ねず。


「簡単に元気になって、なんて言わないよ。でも、少しだけこっちを見て欲しいんだ」


 グレーのシャツの半袖から伸びた腕。白くて繊細で、まるで女の子みたいだと思っていた。でも、肩に触れたその手は意外と力強くて。不覚にも胸が高鳴る。


「三宅さんが悲しいと、僕も辛い」


 痛切さを滲ませて伏せられた椎名くんの瞼が目の前にある。羨ましいほど長いまつ毛。


「——かお、近いよ」


「僕じゃ嫌?」


 ずるさを隠そうともしない問いかけ。紡がれた微風が頬をくすぐる。

 椎名くんって、こんな子だったっけ……。


「あの、わたし……」


「ん?」


 小首を傾げる椎名くんは色っぽい。女の子と見紛うほど。でも——。


「わたし、お、女の子が好き、だから……。その、ごめんなさい」


 その羞恥に染まった告白は、青い闇に沈む湖畔の木々には届かない。大好きな根津にも。ただ、テントの中に空しく落ちるだけだ。


「ふうん。じゃあ、僕が女の子だったら良いの?」


「え、えぇ……!?」


 右手が無意識に後ずさり、ビニールシート越しに、小さな枝を踏む音がぱきっと鳴り響く。しかし、目の前の相手との距離は広がらない。背中は既に、斜めに張り出したテントの壁にぴったりとくっ付いていた。


「簡単だよ、そんなこと。——どうなの?」


「えっと————」


「答えて、音子」


 わたしの名前を甘く囁き、椎名くんが迫ってくる。ゆっくり時間を掛けて、焦らすように。その顔を見ていられずに背けた瞳の中で、形の良い耳に掛かった黒髪がさらりと落ちる。

 もはや呻く言葉すら失ったわたしの唇に、慈しむような唇が重なって——、




「どっかーん!!!」


 ——パンっと、テントの入り口が跳ね上がる音がした。


「やっほ。椎名と、——三宅さん。あれ、二人だけー?」


 飛び込んできたのは、元気印のイノちゃん。椎名くんと同じく、このキャンプで出会った子だ。

 こ、腰抜けた……。


「おや。三宅さん、大丈夫?」


「うん、だいじょーぶ——」


 横目に眺めた椎名くんは、わたしの隣に座り、文庫本に目を落としていた。さっきまでの妖艶さが嘘のよう。まるで最初からそうしていたように。ひっそりと静かにそこに居た。




 ゲームが終了しても、大上くんは戻ってこなかった。

 テントの周りに集まった十人の大学生が口々に、森の方に向かって大上くんの名前を呼ぶ。


「さすがにやばいんじゃね?」


 そう言い出した犬飼に続いて、隣に居る根津も「そうだね」と同調する。テントに戻ってくるなり、わたしの顔色を見た根津は、タオルケットの上から労るように背中を撫でてくれた。


「捜してみよう。とりあえず男共で」


 犬飼がそう提案した。この場にいる男の子は、——大上くんを抜いて四人。椎名くんと視線が合ってしまったけど、意味ありげな微笑をわたしに送ってから、彼もゆっくりと立ち上がった。

 そのとき、茂みをがさがさとかき分けるような音が響く。

 みんなが注目した先。向こうから歩いてくるがっしりした長身は、間違いようもない。大上くんだった。


「ただいまー」


「大上!! お前今までどこにいたんだよ!」


 一番仲の良さげな馬嶋くんが、大上くんに詰め寄った。根津とわたし以外の八人で、大上くんを囲うように集まる。


「はは、わりーわりー。ちょっとそこらでウンコしてたわ」


「なんだよ! 心配かけさせやがって!!」


「すまんって。紙切れちまってさー。仕方ないから柔らかそうな葉っぱをむしって、頑張ってたわけよ」


「きったねぇ……」


 犬飼が彼の手を眺めながら呟く。今回だけはわたしも同意見だ。


「うっはっは、問題ねーって。キレッキレだったから」


「大上くん、下品……」


 ウチの部の入鹿ちゃんからの、蔑むような一言。言葉の切れは入鹿ちゃんの方が上のようだ。


「そりゃないよー、ユウちゃん」


「ぎゃーっ! 寄るな寄るなっ」


 両手を前に突き出した大上くんが、彼を囲う八人に対して、無造作に近づいていく。大上くんが足を踏み出す度、近くに居る子が後ずさっていった。


「下品なオオカミだね、ホント」


 傍らに居る根津が、くすっと吹き出す。

 大上くんが暴れる輪の中で、椎名くんも笑っていた。




 翌朝。既に日差しは強くて、蒸し暑い。夜とは打って変わって、サンバカーニバルのように虫達が騒いでいる。

 椎名くん達のグループも、わたし達のサークルも、キャンプの日程は今日までだ。お互いに手伝いつつ、テントを始めとした荷物を撤収する。

 最寄りの駅までみんなで揃って歩いてきた。ここで解散だ。

 久しぶりの街の音に、帰ってきたんだと実感する。その反面、数日間を共に過ごした仲間達とのお別れだと思うと、しんみりしてしまう。駅の壁の辺りで団子になって、わたし達は別れを惜しむ。


「よっしゃ、今度この面子で合コンしようぜ〜!」


「いいね!!」


 大上くんが提案し、イノちゃんが同調する。昨夜一番暴れてたくせに、一番最初に眠っていたらしい元気印の二人だ。


「んじゃ、都合良さげな日に連絡するわー」


 なし崩し的にリーダーポジションにいる犬飼が、大上くんとアドレスを交換する。

 一通り連絡先交換を済ませた後、大上くん達のグループと別れた。とりあえずわたしも、猿渡さんとイノちゃんの番号をもらっておいた。椎名くんはわたしに軽く手を振ると、そのまま背中を向けて、振り向かずに行ってしまう。


 ——椎名くんの番号、聞けなかったな。


 わたしは女の子が好き。恋をする相手はいつも女の子だった。でも、あの瞬間はかなり——、ドキドキした。


「ネ子、何かイイコトあった?」


「ん、どうかなー。それより、ねずー。帰り喫茶店寄ってこーよ」


「はいはい」


 根津は本当に優しくて、可愛い。昨晩も眠れるまでわたしの髪を撫でてくれた。なかなか眠れなかった理由、その半分が椎名くんのせいだとは、なんだか後ろめたくて言えなかった。むしろ言った方が、根津は安心するかもしれないけど。自分の未練がましさに頭がくらくらしてくる。


 ——いつか、根津に向かって紹介する日が来るのかな。わたしの彼女か、彼氏を。


「俺も混ぜろよー」


 ツヨキチが割り込んでくる。よりにもよって、根津とわたしの間に。コイツはいつかぶん殴ってやりたい。そして、根津を不幸にするようなことがあれば、すぐにでも張り倒す。

 わたしの心の針は、まだ根津を向いている。そんな不安定な恋心と、もうしばらく付き合っていく必要がありそうだった。




 ——それにしても、あの夜の椎名くんは狼だったのかな。


 ——夜は狼の時間。せいぜい喰われぬよう気を付けて過ごしなされ。


 ——なんちゃって。




「どうかした?」


「なにもー! さ、ツヨキチは置いといて。行こうよ、ねず!」


 都会の日差しが降り注ぐ交差点を、根津と一緒に走り抜ける。

 基本は蒸し暑くてダルい、けれどもたまに吹き抜ける涼風が心地良くて、この季節が永遠に続いてほしいと思ってしまう。

 わたし達の夏休みは、まだまだ終わらない。


   (おしまい・表)










   *













 ——ぐちゃり。

 粘っこい音に混じって、パキパキと木の枝でも砕くような乾いた音がする。

 それは、かつて人の形をしていたはずのモノだった。

 元々色白な顔はさらに蒼白に染まっていて、とっくの昔に血が通ってないのは明白だ。四肢はあちこちが欠落しており、ぽっかり開いた腹部に、三人の子どもが群がっている。

 十、十一歳程度のサイズをした子ども達は、しかし真っ当な人の姿をしていなかった。全身に鈍色の体毛が生え揃い、異常に筋肉の発達した上半身の割に下半身、特に脚が細く節くれ立っている。さらに、側頭部の高い位置に生えた毛むくじゃらの耳、鼻から下が前に突き出た顔。

 ——全てが、あのカードに描かれた人狼そのものだ。


 彼らが咀嚼しているモノ。

 ——それは、つい昨夜まで生きていた『椎名次郎』の身体だった。


   (おしまい・裏)


 読了くださいまして、ありがとうございました。


 人狼ゲームって、早いうちに脱落しちゃうと暇なんですよね。なので、「こんな暇の過ごし方もある——?」という話を書きたいと思った結果、こうなりました。

 最後の節を入れるかどうかは悩みましたが、あえて入れました。初心では『ホラー色』を意識していたからです。この節を抜くと、ただの青春小説ですよね……。


 今後も細々と投稿していく予定ですので、ご意見・ご感想などいただけると幸いです。



 最後に、蛇足であることを祈りつつ、作中の登場人物紹介を掲載します。


【登場人物】

※名前、人狼ゲームの役割、性別、ニックネームです。★付きの五人だけ判別できれば、問題なく読めると思います。


(ネ子組)

★三宅音子 《狩人》 :ヒロイン。(ネ子)

★根津佐和実《占い師》:女の子。(ねず)

★犬飼強吉 《市民》 :男の子。(ツヨキチ)

・羽鳥くん 《市民》 :男の子。

・白兎ちゃん《人狼》 :女の子。

・入鹿ちゃん《霊媒師》:女の子。


(椎名組)

★椎名次郎 《人狼》 :男の子。(最初の裁判で処刑)

・猿渡さん 《ゲーム・マスター》:女の子。

・猪野ちゃん《二重人格者》:女の子。(イノちゃん)

★大上くん 《市民》 :男の子。(初日の夜に脱落)

・馬嶋くん 《人狼》 :男の子。


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