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光芒の芸術

6月12日 木曜日 午後7時02分 朝野宅


外はあいにくの雨だ。リビングでは辰郎、三和子、詩音、そしてハヤテの四人が夕食を食べていた。今日の夕食はオムライスだ。

「お父さんと一緒にご飯を食べるなんて久しぶりだね。」

詩音がケチャップで音符マークを描きながら言う。

「ハヤテもいるからな。今日だけは部下に任せて帰ってきたんだ。」

辰郎が席に着きながら言う。

「そんなこと言わずにもっと帰ってきたらいいじゃないの。何かあってもとなりなんだから。」

三和子が最後に自分のオムライスを食卓に運び席に着いた。

「ねえ。ハヤテ君。」

ハヤテは三和子の呼びかけにハヤテは気づかず、うつむいたままだ。

「ハヤテ?どうしたの?」

詩音の声にようやく気が付いたハヤテは顔を上げきょろきょろとあたりを見渡す。

「何かあったの?昨日から様子が変だよ?」

「そんなことないよ。何もないよ。」

ハヤテは力なく答える。

「と、とりあえず冷めちゃう前に食べましょ。」

三和子が場を和ます。

「そうだね。それじゃあ、いただきます。」

「「いただきます。」」

辰郎と三和子が詩音に続いていった。そしてそのあとに小さな声でハヤテも続き食べ始めた。


「このオムライスね、ハヤテに手伝ってもらったのよ。」

三和子が言う。

「そうなのか。うまいな。ハヤテは器用なんだな。」

辰郎が言う。しかしハヤテは反応を示さずただ一点を見つめゆっくりとオムライスをたべている。

「ハヤテが作ったオムライスが美味しいわけ…パクっ…おっ、おいひい。」

詩音はそれをしっかりと味わっている。それでもハヤテは反応をしなかった。詩音は口の中のものを飲み込むとハヤテを大声で呼んだ。その声にさすがのハヤテも気が付いたようだ。

「一体何があったの?」

真剣な眼差しで詩音は訊ねる。

「ごめん。何でもないんだ。」

ハヤテは無理な笑顔を作って見せる。

「何でもないわけないじゃん。あたしたちに言えないようなことがあったの?」

その問いかけにハヤテは言葉を失った。図星だったからだ。

「本当に…何もないんだ。」

力なくハヤテは呟いた。そして持っていたスプーンを食卓に置いた。

「ごめん。食欲がないんだ。ごちそうさま。」

そういうとハヤテは食べさしの食器を台所にしまい始めた。

「置いといていいわよ。」

三和子は言ったがハヤテは自分のものはしっかりと片づけた。片づけ終えるとハヤテは階段を上り自室へ戻ろうとした。

「ハヤテ。」

階段へ向かおうとするハヤテを辰郎が呼び止めた。

「後で書斎に来なさい。」

ハヤテはそれを聞くと階段を上り始めた。



6月12日 木曜日 午後7時20分 朝野宅 書斎


辰郎は夕ご飯を食べ終わるとすぐに二階の書斎へ向かった。書斎には電気がついていなかった。辰郎は書斎へ入ると右手のところにあるスイッチを押し、電気をつけた。部屋が明るくなると部屋の椅子に座り込んでいるハヤテの姿が見えた。

「ハヤテ。もう来ていたのか。」

ハヤテの姿に辰郎は少々の驚きを見せる。

「来ていたのなら電気くらいつけなさい。」

言いながら辰郎はハヤテの正面の椅子に腰かけた。

「ここ、すごい本の数だね。」

ハヤテは顔を上げていう。それもそのはず書斎には壁一面に本棚がありそこがすべて本で埋まっていた。辰郎はハヤテの言葉を無視して話し始める。

「早速だが本題に入らせてもらう。」

辰郎は言いながら前かがみになり手を組む。

「何があった?」

低い、迫力のある声で辰郎は訊ねる。ハヤテはうつむき答えを濁す。

「昨日、俺と会ったときはこんなんじゃなかったな。俺と別れた後、何があった?」

またしてもハヤテはうつむいたままで黙秘を続ける。黙ったままのハヤテに辰郎はあきれ背筋を伸ばし伸びをした。

「黙ってたら何にもわからねーぞ。あの後何があった?」

そこまで言うと辰郎は何か気づいたようだ。

「あの後?まさか俺をつけたのか?」

辰郎の言葉にハヤテは顔を上げた。

「俺は車だったんだぞ?」

「俺は普通の人間じゃないからね。」

ハヤテは悲しそうな声で言った。ハヤテの言葉に辰郎は少し戸惑った。しかしすぐに話を続けた。

「それなら、あの現場を見たのか?」

辰郎の問いかけにハヤテは小さくうなずいた。

「そうだったのか。確かにお前と同じくらいの年のやつが無残な…「あれ。俺の仲間だったやつなんだ。」

ハヤテの告白に辰郎は言葉を失った。

「あいつらは…ヒサトとハルカは…俺と同じ…アンダーで育った仲間なんだよ。」

ハヤテはポツリポツリと絞り出すように言った。

「そう…だったのか。」

辰郎は驚きを隠しきれないようだ。

「でも、それじゃあどうして?」

辰郎は混乱している。

「どうして殺し屋同士で…あれをやったのは、光芒の芸術じゃないのか?」

「そうだよ。」

ハヤテは顔を上げ正面の辰郎の顔をまっすぐに見る。

「光芒の芸術、ヒカルに間違いない。」

「ヒカル?」

すかさず辰郎が聞き返す。

「光芒の芸術の名前だよ。やつにも名前がある。」

「そ、そりゃそうだ。でもどうして仲間同士で?」

「あいつとは昔に色々あってね。」



~10年前~ アンダー


ハヤテ8歳 ヒカル19歳


「おい。ここはどこだ。放せ。」

ヒカルはワタルに取り押さえられもがき、叫んでいた。

「ワタルさん。どうしたの?」

そこへ偶然通りかかったハヤテが声をかけた。

「これは。これは。ハヤテさん。実は彼、見習いとしてアンダーへ送り込まれたものなんですが、なかなか暴れん坊さんの様で…」

ワタルはヒカルを見て言った。

「ふーん。名前はなんていうの?」

「なんだよ。このガキ。」

ヒカルはハヤテを睨みつける。

「俺はハヤテだ。」

そう言うとハヤテはヒカルの言葉を待った。

「何もんだって聞いてんだよ!ぶっ殺されてぇのか!?」

ヒカルは声を荒らげる。

「彼は3級暗殺者の資格を持っていらっしゃる殺し屋でございます。」

ヒカルの問にワタルが答えた。

「殺し屋?」

ヒカルはしっかりとハヤテを見る。

「はっ!笑わせるな!こんなクソガキが殺し屋な訳がねぇーだろうが!」

ヒカルは笑いながら言う。

「ハヤテさん。申し訳ありません。後できつく言っときますのでここは穏便に…」


「ねぇ。」

焦るワタルを他所にハヤテはヒカルの顔をのぞき込む。

「その左目どうしたの?」

ヒカルの左目には刀傷のようなものが縦に五センチほど伸びていた。どうやらその目は見えていないようだ。

「おい。クソガキ。人には聞いちゃいけねーもんってのがあんだよ!」

ヒカルは迫力のある声で言う。

「どうして聞いたらダメなの?」

ハヤテは不思議そうに訊ねる。ハヤテの言葉にヒカルは少し戸惑いを見せた。

「ちっ。この目はな、俺がヤクザだったときにできた傷だ。」

「へー。」

ハヤテはヒカルの顔を覗き込み言う。

「てめぇ。人に聞いといてその態度はねぇーんじゃねーか!?ぶっ殺すぞ!」

「俺を殺すの?」

ハヤテが聞き返す。

「あぁ。てめぇみたいなクソガキ、たとえ殺し屋だとしてもぶっ殺してやるよ。」

ヒカルはワタルに取り押さえられながらも圧力をかけた。

「いいよ。殺せるものなら殺せばいいじゃん。ワタルさんその手を放してあげなよ。」

「しかし!」

「わかってるよ。俺は殺さない程度でやるから。」

ハヤテは笑顔で言う。

「では、5分だけ。」

ワタルはそういうとヒカルを拘束していた手を離した。そしてヒカルは自由になった。

「おいガキ。さっきから聞いてりゃ、余裕ぶちかましやがって。」

ヒカルのボルテージは最高潮まできている。


「ねえ。人殺しってしたことある?」

ハヤテは突然訊ねた。

突然の質問にヒカルは戸惑い黙り込んだ。ハヤテは続ける。

「俺はね。もうすでに何人もの人を殺した。人間って簡単に死ぬんだ。君はその儚い命を奪い、背負う覚悟はある?」

「何言ってんだ?」

ヒカルは戸惑っているようだ。

「君はこれから殺し屋として生きていくんだ。その覚悟はあるのかどうかって聞いてるんだよ。」

「俺が、殺し屋?俺が人を殺すのか?」

ヒカルは自分の両手を見つめ自分に問いかける。

「ハヤテさん。何を吹き込むおつもりですか?」

ヒカルの後ろからワタルが訊ねる。

「いや、別に。」

ハヤテは曖昧な返事をする。


「俺が生きるには殺さなければならないんだ。」

ヒカルはそうつぶやいた。

「本当に殺す覚悟があるんだね?」

ハヤテが笑顔で訊ねる。ハヤテの問いにヒカルはゆっくりと首を縦に振った。

「それならこれを使いなよ。」

『カラン』

ハヤテはヒカルの前にナイフを投げた。ヒカルはそれを目で追った。

「それで、俺を殺してみなよ。」

ハヤテはヒカルを挑発する。

「なめやがって、クソガキが。ぶっ殺す。」

ヒカルはそういうとそのナイフを手に取りハヤテめがけて全力で突っ込んできた。

『スカッ』

ヒカルの突きはハヤテの左側へ抜ける。

「俺はここだよ。」

またもハヤテが挑発をする。

「うらぁー!」

ヒカルはナイフを振りかぶり何度もハヤテめがけて振りかざした。しかし、ナイフはハヤテをかすめることはなかった。

「もう終わり?」

息の上がったヒカルにハヤテが言う。

「うぅー。うりゃー!」

ヒカルは何度もハヤテへ向かっていった。しかしそのすべてが空振りに終わった。

「く、くそがきゃ!」

ヒカルの渾身の一撃をハヤテはヒカルの手首をつかみ受け止めた。ナイフはハヤテの顔の寸前にある。そしてハヤテはヒカルの耳元でささやいた。

「君は優しすぎる。殺し屋は向いてないよ。」

ハヤテが言うとヒカルは力が抜けたようだ。

ヒカルはその場に座り込んだ。

「俺が、生きるためにはここしかねぇんだ。」

ヒカルは呟いた。それをハヤテは黙って聞いていた。

「もう、戻れねぇ。」

ヒカルは持っていたナイフを自分ののどへ向けた。

「なにするんだ!」

ハヤテは必死に手を伸ばした。

『ズバッ』

ヒカルののどめがけて一直線に向かっていたナイフはハヤテの手により軌道がずれ、ナイフは鼻の横から斜めに右目を切り裂いた。

「ぅあー!」

ヒカルは悲鳴を上げた。

「目がぁ!目がぁ!」


そして、ヒカルは両目の視力を失った。

光を失ったヒカルは第六感を発達させ周りのものを見ずとも把握できるようになった。それどころか見えていた時以上の状況把握ができるようになっていた。もともと実力のあったヒカルは早々に見習いを卒業し3級暗殺者となり人を殺した。

ヒカルは一日に何人もの人を殺した。

殺し続けた。

3級暗殺者に飽きを感じると直談判し、無理やり2級暗殺者へとなった。しかし、彼に逆らうものはなかった。ヒカルはそれ相応の実力を身に着けていたからだ。

何かを失ったものは代わりに何かを得る。ヒカルは光を失った代わりに力を得たのだった。

そして1級暗殺者となり、ついには四天王の座まで上り詰めたのだった。それもハヤテより早くに四天王になったのだ。



6月12日 木曜日 午後7時38分 朝野宅 書斎


外ではまだ、雨が降り続いていた。

「アンダーでは仲間殺しはタブーとされていたんだ。でも、マサヤ殺しをヒカルが殺ったといういう証拠は恐らく出てこない。」

「そんな。やつが殺ったのではないのか?」

辰郎が訊ねる。

「いや。やつの仕業に違いない。だが、やつはどうにでも言い訳ができる。誰もその現場を見ていないからな。」

「そ、そんな。」

「やつはそうやって大量の仲間殺しをしてきた。特にアンダーで生まれそだった俺たちのようなやつを狙ってな。」

ハヤテの表情は怒りに満ちていた。辰郎はそれを黙って聞く。

「やつは俺に恨みがある筈なんだ。おれがヒカルから光を奪ったから。その当てつけに仲間を殺しているのだと思っていた。だから俺が抜ければヒサトとハルカを守れると思ったんだ。」

ハヤテは右手を握り締める。

「だけど、殺られた。俺のせいなんだ。俺があの時あんなことをしたから!」

「落ち着きなさい。」

辰郎の声にハヤテは我に帰った。

「ハヤテ。お前は何も悪くない。」

「違う!全部俺が!」

「聞きなさい!」


辰郎が声を荒らげた。それは一瞬でその場の雰囲気を変える迫力のあるものだった。

「お前の仲間がどんな思いで死んでいったのか考えてみろ。自分の死をお前のせいにしたと思うか?お前一人で背負い込むことを望んでいると思うか?」

「なら、それなら俺はどうすればいい。やつはきっと俺を殺しに来る。その時俺はやつを殺す。」

ハヤテは力強く言う。

「それでいいのか?」

辰郎はハヤテの目をまっすぐ見る。ハヤテも達郎の目を見返す。

「お前はまた、殺し屋に戻るのか?」

ハヤテは黙っている。

「お前はただ、普通の生活がしたいのだろ?ならば守れ。」

「守る?」

「お前の仲間のため。俺たち家族のため。そしてお前自身のため。奪うのではなく守るのだ。」

「わかってるよ。守るために、殺すんだろ?」

「違う!それは奪うだけだ。お前ならヒカルとやらも守ることが出来る。」

「何言ってるんだ!やつを殺すなと、そう言いたいのか?」

「そうだ。」

「そんなの無理だ。ヒカルを殺さずに抑えることなんて出来ない。」

「出来るだろ?お前はヒカルの事を守れる。」

「守る?ヒカルを何から?」

「やつに取り付いている呪縛からだ。」

「呪縛?」

ハヤテは聞き返す。

「お前が一番わかっているはずだろ?」

辰郎の言葉にハヤテは何かを感じたようだ。

「俺が、ヒカルを…守る?」

「そうだ。そして、それはハヤテ自身も守ることになる。」

「どういう意味?」

「そのままだよ。」

そう言うと辰郎は立ち上がった。


「約束できるか?全てを守り抜くと。」

辰郎はハヤテを見ずにゆっくり歩きながら訊ねる。ハヤテは黙ったまま目で追う。

「どうなんだ?」

辰郎は振り返りハヤテを見る。

ハヤテと辰郎は目を合わせた。

「わかった。約束する。」

ハヤテの目には決意が込められていた。

「ヒカルを殺さずに守るよ。」

「よく言った。」

辰郎はそう言うと机の上の電子機器をいじりだした。

『ガチャ』

ロックが解除されたような音がした。すると辰郎は机の引き出しを全開にした。その様子をハヤテは黙って見守る。

引き出しを全開するとそれを取り外し、その奥へ手を伸ばした。そしてそこから縦長の木の箱をとりだした。

「それは?」

「これは、もしものために俺が用意していた物だ。」

そう言って辰郎は箱から小さな剣をとりだした。

「この剣はな、代々朝野家が受け継いできたものだ。

俺も裏社会に関わるようになったから念の為にここに忍ばせておいたんだ。ハヤテ。お前はこれで守るんだ。」

辰郎は言いながら剣を机においた。ハヤテは立ち上がりそれに歩み寄る。

「これで、俺が守るのか?」

ハヤテは剣をてにとった。そして鞘から抜き出し刃をだした。ハヤテはそれをまじまじと眺める。

「すごい。」

ハヤテは呟いた。

「何度も言うがそれは人を殺す道具ではない。」

「わかってるよ。この剣は誰も傷つけない。」

そう言うとハヤテは鞘にしまった。

「ありがとう。おじさん。」

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