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地下の友情

6月11日 水曜日 午前10時23分 朝野宅


朝のバタバタした時間が過ぎ、朝野家の母、三和子ミワコとハヤテは食器の洗い物をしていた。今日のハヤテは詩音よりも早く起き、三和子と共に朝ごはんを作っていた。朝は和食でご飯とみそ汁、サバ焼き、そしてほうれん草のおひたしだった。三和子は、その作り方をハヤテに教えつつその隣では詩音と辰郎のお弁当を作っていた。

そして、三和子、詩音、ハヤテの三人で朝がご飯を食べ詩音を学校へ見送った。詩音が学校へ行ってから洗濯や掃除をし、そして今に至る。

「このお皿をあの食器棚に片づけて。」

ハヤテは美和子からお皿を受け取るとそれを食器棚への戻した。

「よし。今朝の業務完了。ハヤテ君、休んでいいよ。」

「休んでいいって言われても、やることないなー。」

ハヤテは振り返り三和子の方を向き答える。

「このあたりに友達とかいないの?」

「いないよ。」

ハヤテは即答する。

「そっか。それじゃ、散歩なんてしてみたら?」

「散歩?」

ハヤテは首をかしげる。

「そう。この街をぐるっと歩いて回るの。商店街とか学校の近くまでとかまでさ。」

三和子は楽しそうに言う。

「散歩かー。面白そうだね。」

ハヤテは笑顔で言う。

「じゃあさ。散歩のついでに、これ。あの人に渡しといてくれない?」

三和子は朝に作ったお弁当を手にもつ。

「あの人?」

「お父さんよ。」

「あー。おじさんね。わかったよ。」

ハヤテは納得したように深くうなずく。

「あの人ね、家が隣にあるのになかなか帰ってこないのよ。」

三和子は家に二人しかいないというのになぜかひそひそ声で言った。

「へー。仕事、忙しいんですね。」

「医者だからね。たまに帰ってきたら部屋にこもっておねんね。ハヤテ君も来たんだしご飯くらい食べに帰ってきたらいいのに。」

「それでお弁当なんだね。」

「こうでもしないとあの人何にも食べないからね。」

そういうと三和子は笑った。

「それじゃあこれを病院にもっていったあと、散歩してくるよ。」

「よろしくね。」


そしてハヤテは家を出た。家から病院までは一分もたたずにつくことができた。ハヤテは一階の総合受付で辰郎への届け物がある旨を伝えると、五階の医院長室へ案内された。20代くらいの若い看護婦さんがハヤテを誘導してくれた。ハヤテは看護婦さんの少し後ろを歩いた。

「ハヤテ君でしょ。医院長先生から聞いてるよ。お隣で一緒に暮らしてるんだって?」

「うん。そうだよ。」

「ハヤテ君。医院長先生を怒らしたら駄目だよ。」

看護婦さんはいたずらな笑みを浮かべる。

「どうして?」

「怒るととっても怖いからよ。」

そんな話をしていると医院長室と書かれた他とは雰囲気の違う扉の前についた。こんこん、と看護婦さんがノックをするとその中から「はーい。」という辰郎の声がした。


「失礼します。」

看護婦さんが扉を開け部屋の中へ入った。ハヤテもそのあとに続いた。

それまで手元のカルテを見ていた辰郎の目線がハヤテを捕らえた。

「おぉ。ハヤテか。」

「これ。おばさんから。」

ハヤテは右手でお弁当を持ち上げて見せた。

「わざわざお弁当を届けてくれたのか。助かるよ。」

「いつもは、奥さんが持ってくるんだよ。」

看護婦さんは小声でハヤテに耳打ちした。

「聞こえてるぞ。」

辰郎の低い声が響く。

「すみません。」

看護婦さんは苦笑いを浮かべる。

「おばさん。こうでもしないとあの人何にも食べないって言ってましたよ。」

「はっはっ。」

辰郎は笑って見せる。

「何もなかったら俺はこの下にある食堂で済ますよ。何も食べないなんてことはない。医者が倒れたら終わりだからな。」

辰郎は楽しそうに言う。

「それじゃあここに置いとくね。」

そういうとハヤテはテーブルにお弁当を置いた。


『プルルプルル』

辰郎の机の電話が鳴った。

「はい。」

辰郎はすぐに反応し電話に出た。

「…そうか。場所は?…わかった。すぐ行く。」

『ガチャ』

短い電話を終えると辰郎は立ち上がった。

「すまないが少し空けるぞ。」

辰郎は看護婦にそういうと着ていた白衣を脱ぎだした。

「わかりました。では、失礼しました。」

そういうと看護婦は部屋を出た。

ハヤテも同時に部屋を出た。

「医院長先生、よくあぁやって病院から抜けるの。一体何やってんのか。」

そう言いながら看護婦は歩いた。

「ねえ。この階段から、屋上って行けるの?」

「えぇ。行けるわよ。」

「なら、俺屋上に行きたい。」

「どうぞ。あたしは仕事に戻るわね。」

「うん。ありがとう。」

「どういたしまして。」

そういうとハヤテは階段を上り、看護婦はエレベーターの方へ歩いて行った。


ハヤテは思った。さっきの電話。あれはアンダーがらみの電話ではないかと。前に辰郎が暗殺四天王の遺体処理などをしていると言っていたからそうではないかと。

だからハヤテは辰郎を尾行しようと考えたのだ。ハヤテは屋上からガレージの方を見下ろした。少しばかりすると案の定、裏口から辰郎の姿が見えた。辰郎はシルバーの自家用車に乗り込むと急いでどこかへ走り始めた。ハヤテはその行先を確認すると病院の屋上から飛び降りた。ハヤテは、全身を使い衝撃を和らげ、大きな音も立てずに隣の朝野家の屋根に着地した。

そして辰郎の乗った車の行く先をもう一度確かめるとその方向へ走り始めた。家の屋根から屋根へ、音も立てずにひたすら走った。時には電柱を利用して、時には10メートルほどの距離を飛び越え、ハヤテは辰郎の車を追った。ハヤテの走る下にはたくさんの人が通り過ぎるが誰一人として彼の存在に気づくことはなかった。


20分程、車を走らせ辰郎は車を止めた。そこは町中のビルの手前だ。そのビルの周りには多くの警察官や野次馬がおり、そのビルの周りをぐるっと『立ち入り禁止』と書かれた黄色いテープで囲まれていた。そしてその三階部分の窓のはブルーシートがかかって中の様子を外から見えないようにされていた。

辰郎は野次馬を押しのけ黄色いテープで囲まれたその中へ入っていった。ハヤテはそのビルの屋上へ行った。幸いそこに人はいなかった。ハヤテは表から行くのはまずいと考え、今いるビルとその隣のビルの隙間から三階の様子をうかがうことにした。ビルとビルの隙間は2mほどでその下にはごみ捨て場のようなものがあることが確認できた。それ以外に人の姿などはなく、ハヤテはそこから雨どいやエアコンの室外機などを利用して、3階まで下りた。

ハヤテは窓から部屋の中をのぞいてみた。その部屋には誰もいなかった。窓の柵や壁にできているわずかな隙間を利用して、ハヤテはその部屋の少し上にある空調設備のための換気口まで行った。そしてそこを素手でこじ開け小さな隙間に入っていった。ハヤテはほふく前進をするような格好でそこを進んでいった。少し進むと下の様子をのぞけるような場所があった。ハヤテはそこを覗いた。

そこは廊下のようで刑事たちが行き来しているのが見えた。刑事たちの動きからハヤテは行くべき場所の検討をつけそちらに動いた。そして事件のあったであろう部屋の上までたどり着いた。ハヤテはその部屋の換気口から中の様子を見た。それとほぼ同時にその部屋に辰郎が入ってきた。


「お疲れ様です。」

「おつかれー。」

慣れた様子で辰郎はそこへ入ってきた。

「これは光芒の芸術で間違いないな。」

辰郎はすぐにそう断言した。

それもそのはず。そこには暗殺四天王のひとり、光芒の芸術の殺し方特有のバラバラ死体があったからだ。部屋に入って一番に目が付いただろう、真ん中のテーブルには2つの生首が無残に並べられていたのだ。

そしてこの部屋のあちこちに手や足、胴体といったものが散らばり、部屋は血で染まっていた。テーブルにある生首は一つは男性で一つは女性のようだ。そしてそのどちらもまだ10代のような幼さがあった。ハヤテはそれを見つけると息をのんだ。

そこにいたのはヒサトとハルカだった。




6月1日 日曜日 午後11時38分 アンダー



アンダーには現在1000を超える殺し屋がいる。アンダーにも階級というものがある。アンダーに入って間もなくは見習いとして様々なトレーニングを積まなくてはならない。暗殺の技術はもちろん、人間の構成の仕組みや急所などの座学もある。それを終えると3級暗殺者として実際に暗殺の現場に出ることができる。

しかし、3級暗殺者は一人で任務に行くことはできず、上級暗殺者と共に任務に行かなくてはならない。2級暗殺者になるためには1000以上の任務をこなしなおかつ一定以上の暗殺能力が認められたものでなければならない。2級暗殺者になれば見習いの教育をすることができ、また難易度の簡単な任務であれば一人でも行くことができる。

しかし、2級暗殺者一人に3級暗殺者二人のチームで任務をするのがほとんどである。そうすることで任務の成功率をあげ、さらに後処理などの仕事も軽減できるのだ。

2級暗殺者である程度経験を積み、圧倒的な暗殺能力があるものはさらにその上の1級暗殺者となることができる。1級暗殺者となれば高難易度の任務もひとりでできるようになる。というより1級暗殺者は特別任務を受けることが多く、テロリストの壊滅など大規模な暗殺が多い。

そしてその上には暗殺四天王がいる。暗殺四天王になるにはアンダーのトップ直々の指名がなくてはならない。そのトップは耶麻と呼ばれ耶麻はアンダーの奥の部屋から世界のすべてを観察している。耶麻はその部屋から出ることはなく、その部屋は『耶麻の部屋』と呼ばれている。

そして耶麻の使いはワタルという老人である。ハヤテは18歳という若さで暗殺四天王になるという異例の出世を成し遂げた。そもそも生まれた時からアンダーにいるのはごくまれで普通は社会のはみ出し者や犯罪者などの一部がスカウトされアンダーにくるというのが多い。そのため見習いには幼児から大人まで様々な人たちがいるのだ。

アンダーで生まれた人というのは暗殺者と暗殺者の遺伝子を組み合わせて人工授精によって生まれた子供だ。そのためそのほとんどが高い運動能力を発揮しどんどん出世していくのだ。

そんな訳でアンダーで生まれた暗殺者はそうでない人から避けられるような傾向があった。だからなのか、アンダーで生まれたもの同士は仲が良かった。

ハヤテもアンダーで生まれた一人だ。


そしてハヤテと仲の良いアンダー生まれの仲間がいた。マサヤ、ヒサト、ハルカ、そしてハヤテの四人はアンダー生まれの強者として周りから警戒されていたがその分四人の仲は良かった。マサヤはハヤテと同い年でとても冷静に状況把握する能力に長けていた。マサヤにわからないことなんてないというくらい知識を詰め込みそれを的確に利用していた。

ヒサトはハヤテの一つ下で何より明るい性格だ。緊迫した状況でも冗談を言うようなキャラだ。ヒサトは並外れた腕力を持っており、アンダーで一番の腕相撲の強さだ。

ハルカはヒサトよりもう一つ下の年齢だ。ハルカは女性ながら暗殺の技術はずば抜けてよかった。スピードもパワーもバランスよく使い分けそれでいて繊細さがあった。

四人は順に1級暗殺者となりそしてハヤテは暗殺四天王まで上り詰めた。次期四天王も彼らの中からでてくるだろうとみなが思っていた。

しかしそうはならなかった。


「ハヤテ!大変!マサヤが。」

ハヤテがアンダーに戻るや否やハルカが泣きながら駆け寄ってきた。

「マサヤが…どうかしたの?」

「死んだよ。」

ハルカの後ろからやってきたヒサトが暗い顔で答えた。

「死んだ?」

ハヤテは今の言葉が信じられず顔をしかめ聞き直す。ハルカとヒサトはうつむいたまま黙り込む。

「冗談、だよな?」

ハヤテはその場で固まったまま呟く。その問いかけに返事はなかった。ハヤテは右手のこぶしを握り締め悔しさをあらわにした。

「今朝、マサヤはヒカルと任務にでたんだ。」

ぼそぼそとヒサトが声を発した。

「ヒカル?それって。」

「うん。四天王のひとり。光芒の芸術、ヒカル。彼と二人で任務に行ったの。」

ハルカが顔一面を涙でびしょびしょにしながら言う。

「ヒカルが!?どうして?」

ヒカルという人物の名前にハヤテは以上に反応を示した。

「高難易度任務だから1級暗殺者から人をよこせって言ってきて、それでマサヤが…。」

「そんなはずはない。マサヤが…ヒカルと?」

ハヤテは混乱している。

「マサヤはあたしたちに大丈夫だから、って言って出ていったの。でも、案の定…。」

「マサヤはヒカルにやられたの?」

「俺は実際に見たわけじゃねーから何とも言えねーが、ワタルさんが言うにはマサヤはバラバラに刻まれていたらしいぜ。」

そこまで言うとヒサトはうつむいた。

「そうか。」

ハヤテはそれを聞くとヒカルの仕業だと確信をした。そしてハヤテは自分を深く攻めた。


「俺のせいだ。」

ハヤテは呟いた。

「違うよ。ハヤテのせいじゃない。」

ハルカはハヤテを慰める。

「俺がここにいるからいけないんだ。俺は何のために生まれてきたんだ?俺は何のために人を殺すんだ?わかんないよ。わかんないよ。」

ハヤテは膝から崩れ落ちた。

「泣いてるのか?」

ハヤテの姿を見てヒサトが言う。

「いや。悲しみなんて俺にはない。あるのは怒りと後悔だけだ。」

ハヤテが言うとそこは沈黙と化した。

「俺はここにいてはいけない。」

そういうとハヤテは立ち上がった。そしてさっき帰ってきた方向にゆっくりゆらゆらと歩き始めた。

「どこ行くの?」

ハルカがハヤテの背中に叫んだ。

「最後に、普通の生活がしてみたかったな。」

ハヤテは背中でそう答えアンダーを後にした。

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