異色の歌姫
6月10日火曜日 午後3時45分 朝野宅
「ただいま。お母さん。由紀と葵が来てるからお菓子頂戴。」
詩音が家へ帰ってきた。
「お邪魔しまーす。」
「お邪魔します。」
続いて女の子が、2人入ってくる。
一人は短い髪の活発そうな女の子。緑山由紀。
そのあとに入ってきたのはロングヘヤーに眼鏡という由紀とは正反対の中谷葵だ。
由紀と葵は既に私服に着替えている。
さらに葵は背中にベースケースを背負っている。
「いらっしゃい。詩音の部屋に持っていくわね。」
「はーい。」
言いながら詩音達は2階へ上がって行った。
朝野宅は2階建てで、1階にはリビング、キッチン、風呂、トイレ、和室があり2階は詩音の部屋、両親の寝室、書斎、そして物置となっている部屋がある。
詩音達は詩音の部屋へ入った。詩音は部屋に入ると制服を脱ぎ、着替えだした。
『ガチャ』
「お菓子持ってきたよ。」
「ちょっとノックして……」
詩音は着替えの真っ最中だった。そしてお菓子を持ってきたのはハヤテだった。
「きゃー!!!!」
詩音はとてつもなく大きな悲鳴をあげハヤテに向かってクッションを投げつける。それを難なく避けるハヤテ。
「出てってよ。」
ハヤテは無言で部屋を出る。
「おばさん!詩音、お菓子要らないって。」
ハヤテは廊下に出た途端階段のある方へ大きな声を出す。
「違う!違う!お菓子はいる!わかった、そこで少し待って。すぐ着替えるから!」
そう言うとドタドタと音を立てものの10秒で着替えを終わらせた。
「よし。お菓子持ってきて。」
詩音がそう言うとハヤテはドアを開け詩音の部屋へ入った。
「チーズケーキとジュース。このチーズケーキはおばさんに教えてもらって俺が作ったんだ。」
ハヤテは笑顔で配膳を始める。
「へぇ。ハヤテって器用なんだね。男の癖に。」
詩音は関心したように言う。
「ねぇ。」
彼らの会話を黙って聞いてた葵が口を開く。
「コイツ誰?」
「えっと、この方はハヤテって言って…」
詩音は自分で言いながら頭をフル回転させる。
そして青ざめた顔で詩音は言った。
「なんでここにいるの?」
詩音はハヤテを見つめる。
ハヤテはそんなことに気を止めることもなく4つ目のコップにオレンジジュースを注いでいる。
「えっとー。おばさんにあなたも上で一緒にケーキでも食べてきなって言われたから。」
そう言うとハヤテは当たり前かのようにテーブルにつきフォークを手に取る。
「食べないの?」
ハヤテの手は早くもいただきますの体制に入っている。
「ちょっと待って、状況に付いていけないんだけど。」
あっけに取られていた由紀が慌てて言う。
「あんた誰?」
改めて葵がハヤテに訊ねる。
「あっ。自己紹介が先だったね。ごめんごめん。」
ハヤテはフォークをテーブルにおき、笑いながら頭をかく。
「俺の名前はハヤテ。よろしく。」
ハヤテは満面の笑みを浮かべる。一方他の3人はあっけに取られそれを眺めている。
「あれ?どうかした?」
「そりゃ、どうかするでしょ。」
詩音がハヤテにツッコミを入れる。
「ん?良く分からないけど次詩音。右回りで自己紹介しよう。」
ハヤテはお構いなしに続ける。
「合コンかよ。」
由紀がボソッと呟く。
「合コンって何?」
由紀の正面からハヤテが真剣な眼差しで訊ねる。
「え!?あんた合コンも知らないの?」
由紀も身を乗り出し驚く。
「初耳。」
ハヤテは頷きながら言う。
「もういいよ。面倒くさい。あたしは由紀。んで詩音で葵。よし。ケーキ食べよ。」
由紀は呆れて由紀から見て左の詩音と右の葵を軽く手で指してすぐにフォークをもった。
「いただきま「まって。まって。まって。」
由紀のフォークがチーズケーキを捉える直前で詩音はそれを制止した。
「もういいじゃん。ハヤテ悪い奴には見えないし。」
「そうだけど....じゃなくて、なんでハヤテはここにいるの?」
「だから、おばさんがあんたも一緒に....「じゃなくて!!」
ハヤテの言葉を途中で止める。
「どうしてあたしの家にいるの?」
「えっとー。」
「ねぇ。」
ハヤテが何か言う前に葵が口を挟んだ。
「詩音はハヤテのこと知ってたの?」
「知ってたっていうか、昨日倒れてるところを見つけてうちの病院に連れていって今朝、少し話しただけだけど。」
「そう!」
ハヤテが詩音を指さし驚いた表情をする。
「なに?」
詩音はその勢いに固まってしまった。
「一つ聞いてもいい?」
「いいけど。」
場は完全にハヤテのペースだ。
「俺を担いで病院まで行ったって本当なの?俺、女の子にそんな力があるとは思わないんだけど。」
「詩音は勉強は出来ないけど運動だけは出来るからな。パワーはそこらへんの男子には負けないよ。」
由紀が詩音の肩を組んでハヤテに自慢げにいう。
「ちょっと待って。それじゃあただの運動バカみたいじゃない。それにあたしは由紀よりも勉強出来るしぃー。」
詩音は由紀に歯を見せ怒りを表す。
「そんなに変わらないじゃん。」
「どっちも馬鹿じゃない。」
横から葵の鋭いトゲのある言葉がふたりに突き刺さる。
「そういうのをどんぐりの背比べって言うんだよ。」
葵は言うと眼鏡をクイッと持ち上げる。
葵の言葉に詩音と由紀はノックアウト寸前だ。
「それってつまり、低レベルの争いってこと?」
『ズシャー!』
ハヤテの純粋な質問にふたりの心は音を立てて崩れた。
「わざわざ言わなくてもいいでしょ。」
「なんか俺まずいこと言った?」
ハヤテは自分の過ちに気づいていないようだ。
「「なんでもありません。」」
ふたりは声を合わせて言った。
「とりあえず、詩音は運動ができて力持ちでバカだから俺を病院まで連れてこれたってこと?」
ハヤテの言葉にすかさず詩音が言い返す。
「バカは余計でしょ!っていうかバカじゃないし。葵が賢いだけだし。」
「そうだし。葵が学年トップなだけだし。あたし達は真ん中からすこーしだけ下なだけだし。」
詩音の言葉に由紀が便乗する。
「はいはい。すこーしね。」
呆れた葵はチーズケーキを食べる。
「ちょっと!何勝手に食べてんの?まだ何も終わってないんだけど?」
「あっ!美味しい。」
葵はチーズケーキをあじわう。
「本当?それじゃああたしも。」
葵に続き由紀もチーズケーキを口に運ぶ。
「んんー。お店の味みたい。」
「ありがとう。そう言ってもらえると作った甲斐があるよ。」
「そんなに美味しいの?」
詩音が不思議そうに眺める。
「いいから騙されたと思って食べてみなって。」
まるで自分が作ったものかのように勧める由紀。
「ハヤテが作ったケーキが美味しいわけ....パクっ....おっ、おいひい。」
むしゃむしゃと味わいながら言う。
「じゃなくて!!」
詩音は口の中のものを飲み込む。
「どうしてハヤテはチーズケーキなんか作ってるのって話!!」
「えっとー。おばさんがケーキ作るから手伝って言うからせっかくだし。」
「じゃ!な!く!て!!」
詩音は大きな声を出す。
その声にハヤテは顔をしかめる。
「どうして今朝まで病院にいたのにあたしの家にいるの!?」
詩音はハヤテに詰め寄る。
「あっ!そうだ。」
ハヤテは何か思い出したように手を鳴らす。
「何?」
詩音は不思議そうな顔をする。
「今日からここで暮らすことになったから、よろしく。」
「....。」
部屋の中が一瞬にして静寂と化した。
「よろしく。」
ハヤテはもう一度言うと詩音に握手を求め手を差し伸べた。
「よろしく?」
戸惑いながらも差し出された手を取る詩音。ハヤテはその手をがっしり掴みブンブン上下に振った。ふるたびに詩音の頭がかくんかくんとなる。
「ちょっと待って。ハヤテ詩音の家で暮らすの?」
由紀が訊ねる。
「うん。」
「大丈夫なの?」
葵が色んな意味を含めた質問を詩音に向かって言う。
「大丈夫って、なにが?」
詩音は危機を感じていないようだ。
「大丈夫。大丈夫。ちゃんとおじさんとおばさんには許可もらってるから。」
ハヤテは自分のペースで話を進める。
「若い男と女が、ひとつ屋根の下。」
葵がボソッと呟く。
その言葉に詩音は顔を真っ赤にさせる。
「ちょっとやめてよ葵!」
「ん?なにか、問題でも?」
ハヤテは真顔で尋ねる。
「ハヤテ。あんたわざとでしょ。わかってんでしょ。詩音をどうしようというの?」
由紀が冗談混じりにいう。
「どうするってどうもしないけど。」
「ほ、ほら。何もないって。」
詩音が安堵の表情を浮かべる。
「どうもしない!?こんなに可愛い子と一緒に過ごすんだよ。何もしないのはダメだよ。男として。」
由紀がヒートアップする。
「男として?」
由紀の言葉に真剣に耳を傾けるハヤテ。
「そう。男ならおっぱいのひとつやふたつこんな風に。」
そう言いながら由紀は詩音の後ろから両方の胸を鷲掴みにする。
「ちょっと!もう!」
詩音は由紀を払いのける。
「そんな風に?」
「やったら怒るよ!?」
そう言いながらハヤテを見る目はかなり怒りに満ちていた。
「は、はい。」
ハヤテは詩音に圧倒された。
「それより。」
詩音は平常心に戻りふと考え込む。
「お父さんは普通に良いっていったんだ。」
「そうだけど、どうかした?」
ハヤテは不思議そうに答える。
「ふーん。やっぱりあの件が関わってるのかな。」
詩音は意味深な発言をする。
「あの件って例のあれ?」
由紀は何かを確かめるように詩音に言う。
「そう。あれ。」
「あれね。でもそれだけじゃないんじゃない?」
葵も何かを理解し話を進める。
「ちょっと待って。俺にも解るように話してよ。」
ハヤテの言葉に一瞬詩音がうつむく。
「良いんじゃない。これから一緒に暮らすんだから話しても。」
葵がオレンジジュースを口に運びながら言う。
「そうね。」
そう言い詩音は大きく息を吸い込む。
「あたし養子なの。」
ハヤテは首を傾げる。
「養子ってなに?」
場が凍りつく。
「本当に知らないの?」
由紀がハヤテの顔をのぞき込む。
ハヤテは由紀に圧倒されながらも頷く。
「フッフッ。ハヤテってあたしよりばかだね。」
諦めた由紀は笑いだす。
「つまり、さっきのお父さんとお母さんは本当のお父さんやお母さんじゃないの。」
詩音は面倒くさそうに言う。
「じゃあ。詩音の本当のお父さんとお母さんは?」
「あったこともない。どんな人かも知らないし知りたいとも思わない。」
詩音は満面の笑顔を見せる。
「だってあたしのお父さんとお母さんは今のお父さんとお母さんだけだから。」
ハヤテは詩音の表情を見て詩音は今の生活に満足しているのだと感じた。
「それで、それが俺を普通に受け入れた事と何が関係してるの?」
「あたしを養子にする前、朝野家には息子がいたの。でも事故でその子をなくしてしまったんだって。それであたしを養子にしたそうなの。」
「そうだったのか。」
「お父さんにはハヤテが息子さんと重なったのかもね。歳も同じくらいの男の子だもんね。」
由紀が呟く。
「そう。ずっと前にお父さんと喧嘩した時にね、ボソッとあいつが生きてたらなって呟いたの聞いたの。多分喧嘩してカッとなっただけだと思うけどそれが忘れられなくてね。」
詩音は悲しそうな顔をする。
ハヤテは辰郎との話を思い出す。
確かに殺し屋である自分を受け入れてくれたのは普通じゃ不自然だ。
自分を受け入れることは辰郎にとってメリットはないはずだ。
それでも受け入れたのにはこんな背景があったのかと納得した。
「なんか雰囲気が暗くなっちゃたね。ケーキ食べよ。」
詩音は笑って場を和ます。
「そうだね。ケーキ食べて今日のライブも頑張ろう!」
由紀がこぶしを高く上げる。
「ねえ。ライブって?」
ハヤテが首をかしげる。
「あぁ。あたしたちバンドやってるの。詩音がヴォーカルギターで、葵がベース、そしてあたしがドラムをしてるの。」
由紀が嬉しそうに答える。
「へー。よくわかんないけどすごいんだね。」
ハヤテはあまり関心がないのか、チーズケーキを食べながら返事をする。
「ハヤテが聞いたんでしょ!もっと興味持ちなさいよ!」
由紀がむきになってハヤテに抗議する。
「まあまあ。落ち着きなよ。」
詩音がなだめる。
「ほっときなさいよ。由紀だってそのうち黙るだろうし。」
そして、葵の冷静な対応。
一連の流れにハヤテは戸惑う。
「だってだってハヤテが興味ないとか言うから!!」
由紀は今にも泣きそうだ。
「俺、そんなこと一言も言ってないんだけど。」
ハヤテの言葉を聞き由紀の表情が一気に明るくなる。
「ということは、あたしたちのバンドのこと気になる?」
「いや、そんなには…」
「やっぱり気になるよね。だったらしょうがないな特別に教えてあげる。」
由紀はぐいぐい話に食い込んでくる。というより押し込んできている。
「ハヤテお願い。聞いてあげて。」
詩音は小声でハヤテにささやく。ハヤテは無言でうなずく。
「あたしたちのバンド名はね、サンライズって言うの。」
「サンライズ?」
ハヤテは繰り返す。
「そう。直訳すると日が昇るってこと。つまり、朝日のこと。」
「サンライズか。かっこいいけどどこか温かみのあるいい名前だね。」
「わかるの!?」
ハヤテの言葉に反応したのは葵だった。
「この名前は葵がつけたんだよね。」
詩音が嬉しそうに言う。
「へぇー。」
感心したようにハヤテはうなずく。
「この名前には、私たちが太陽のようになり、私たちの曲を聴いてくれた人たちの心に夜明けが訪れるように願ってつけたの。私たちの曲で日本を世界をこの世に生きとし生けるすべてのものを明るくしたいの。」
葵はバンド名について熱く語る。それをハヤテは真剣に聞いていた。
「葵はすごいね。俺なんか自分のことでいっぱいいっぱいなのにさ。」
「これはあれだな。ニッポンの夜明けは近いぜよってことだな。」
由紀が葵の思いを坂本龍馬のものまねでまとめる。
それを見て葵は馬鹿らしくなりため息をつく。
「え?ちょっと!なんでため息なの?笑うところでしょ普通!!」
由紀はひとりハイテンションだ。
「はい、はい。面白い、面白い。」
葵は全く興味がなさそうに言う。
「んな!?バカにしないでよ!」
「ねえ。」
葵と由紀の間にハヤテが割って入る。
「俺、ギターとかベースとか言われてもピンと来ないんだよね。だからみんながどんな風なのか想像できないんだ。」
「それなら実物を見せたほうが早いね。葵。ベース出して。」
詩音が葵にいう。すると葵は黙ってベースを取り出した。
「これがベースよ。」
「へー。これがベースかぁ。」
「そして、」
言いながら詩音は立ち上がり自分のギターをケースから取り出す。
「これがギター。」
「ねぇ。ベースとギターって何が違うの?」
ギターを見たハヤテは、ベースとギターを見比べていう。
「ギターとベースは全然違うでしょ。まず、弦の数。ベースは4本でギターは6本なんだ。」
由紀が自慢げに答える。
「他には?」
「他には…」
ハヤテの問いに由紀は戸惑う。
「ベースはそのバンドの基礎的な役割をするの。で、ギターがメインをするのが一般的かな。」
葵が由紀の横から助け舟を出す。
「昨日のやつはなんていうの?」
ハヤテは右隣の詩音のほうへ顔を向ける。
「あぁ。あれはギターはギターでもアコー…」
「ちょっと待って。そういえば昨日ハヤテが倒れてたのを運んだって言ってたけどどこで倒れてたの?」
葵がさっきまでとは違う、何か問い詰めるような姿勢になった。
「突然どうしたの?」
「詩音。あなたまさか昨日商店街なんて行ってないよね。」
『ギクッ』
詩音の心の中で何かが音をたてた。
「も、もちろん、い、行ってないよ。」
詩音は明らかに様子がおかししくなっている。
「どうして?居たじゃん。商店街に。」
『ブシャー』
詩音は口に含んでいたジュースを勢いよく噴出した。
それが正面の葵に見事に命中する。
「あっ!ごめんごめん。」
詩音は急いでハンカチで葵の顔を拭う。
その間葵は放心していた。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫。だけど、詩音あなたは大丈夫なの?」
「えっと。大丈夫なんじゃないかな。」
詩音は頭をポリポリかきながら答える。
「大丈夫じゃないでしょ。」
葵は大きな声を出す。
その声に詩音は体をびくりとさせた。
「ねぇ。なにかあるの?」
ハヤテが訊ねる。
「テストだよー。」
ハヤテの問いに答えたのは、由紀だ。
「テスト?」
「そう。あたしたち高校生は来週一学期の中間テストがあるの。」
由紀がチーズケーキの最後の一口を頬張りながら言う。
「それなのに詩音は勉強もしないで。」
葵が詩音をにらみながら言う。
「わかった。明日は勉強するから。」
「今日のライブを中止にして勉強するよ。」
葵は詩音に強く言い放つ。
「だめだよそれは!」
「そうだよ。あたしも楽しみにしてんだから巻き込まないでよ。」
由紀も詩音に続き抗議する。
「それに昨日みんなに今日ライブすること約束しちゃったしぃ。」
詩音は気まずそうに言う。
「でも、詩音。あなた数学やばいんじゃないの?」
「俺。みんなのライブ見てみたい。」
ハヤテが話の間に入る。
「そこまで言うなら…しょうがないわね。」
ハヤテの言葉に葵はしぶしぶ今日のライブを承諾した。
「ありがとう。葵。大好き。」
詩音は葵に抱きつく。
「やめてよ。」
葵は詩音を払いのける。
「それで…」
ハヤテが気まずそうに何か言う。
「昨日のギターは?」
「あっ。そういえばそんな話してたね。」
詩音はつい数分前のことをようやく思い出したようだ。
「昨日使ってたギターはこれ。」
詩音は言いながらアコースティックギターを取出しハヤテに見せる。
「これは、アコースティックギターっていうの。さっきのはエレキギター。」
詩音は2本のギターを並べて見せる。ハヤテはその2本をじっくり見比べる。
「これは両方、弦は5本だね。でもなんか雰囲気が全然違うなぁ。」
「そうなの。音も全然違うんだよ。」
そういうと詩音はアコースティックギターを構えて音を出してみる。
「今の音、覚えといてね。」
言いながら今度はエレキギターを構え音を鳴らす。
「ね。今のは、両方Cコードなんだけど全然違うでしょ。」
「本当だね。アコースティックギターのほうは優しい感じがして、エレキギターの方はかっこいい感じだね。」
ハヤテの言葉に詩音は満面の笑顔を見せる。
「ハヤテは物わかりが早いなー。」
他人事のように由紀が呟く。
「ところで由紀が言っていたドラムって?」
「商店街においてあるよ。さすがにおっきいからどこにでも持ち運ぶってことができないんだ。」
「そうなんだ。」
いつの間にか4人の前に置かれていたチーズケーキとジュースはすべてなくなっていた。
「ちょっと長居しすぎたかな。」
ハヤテは部屋にかけられている時計に目をやった。
時刻は4時30分を回っていた。
「俺。まだやらなきゃいけないことがあるんだ。」
「何するの?」
由紀が訊ねる。
「隣の物置を俺の部屋にしてもらえたから、そこの片づけと、晩ご飯の手伝い。ただ飯を食わせてもらうわけじゃないからな。」
ハヤテははにかみながら言う。
「ハヤテ。詩音の隣の部屋なの?」
葵が意味深に訊ねる。
「そうだよ。」
相変わらずハヤテはあっさり答える。
「だって。詩音。頑張りなさい。」
葵は詩音にエールを送る。
「頑張るって何!?変な想像やめてよ。」
詩音は必死に葵の言葉を遮る。
「それじゃ、俺行くね。」
そう言ってハヤテはお皿などを片づける。
「あっ。みんな晩ご飯は、どうするの?」
片づけながらハヤテは訊ねる。
「ここで食べてくよー。」
由紀は陽気に答える。
「ちょっと、ここ私の家なんだけど。」
「いいじゃん。いいじゃん。」
「いいけど…」
「それじゃあ、おばさんに伝えとくね。」
ハヤテはそう言い残し、部屋を後にした。