最後の歌声
詩音が歌い出すと時空の剣が明るく光り輝いた。ハヤテは驚きのあまり声を出したが詩音はお構いなしに歌い続けた。祈りを込めて。願いを込めて。
それが時空の鍵だと知っていたから。螺鈿という歌こそが時空の鍵なのだ。
螺鈿を詩音が歌うことにより、それを時空の剣に聞かせることにより時空の剣が時空の扉を開くのだ。詩音はそれを思い出したのだ。というより自然と理解したのだ。
詩音が歌い続ける理由を察したハヤテは左手で時空の剣を握り締め右手でシオンの手を握り締めそして、目を閉じた。
詩音の歌に普通の生活を送るという祈りを、願いを、望みを託して。
歌が終わり二人は目をあけた。そこは、時空の狭間に来る前のISROの最上階だった。目の前にカレン、シデン、照夫の無残な亡骸が転がっていた。、思わず二人は開いた目をそむけた。
「不愉快な歌ですね。」
ワタルの声だ。二人の背後からゆっくりとした足音と共にやってきた。
「時間を止めるとはあなた方もなかなかやってくれますね。」
「時間を止める?」
ハヤテが訊ねる。
「あなた方でしょう。こちらの時間を完全に静止させたのは。」
よく見るとハヤテ、詩音、ワタル以外のものは完全に静止していた。部屋の机の上の紙が不自然にめくられた状態で静止していた。窓の外の鳥は空中で動きをやめている。ただ、そこにいる3人だけが取り残されていた。
「詩音がしたのか?」
ハヤテは詩音に問いかけてみるが詩音は首を横に振った。
「と言うことは西園寺ですか。」
「西園寺はあんたが殺したんじゃ?」
「あの世界の人間に死という概念はないですよ。ただ、少しの間。人間の形であったものを壊したまでです。」
「それじゃ西園寺宗十郎と西園寺静香は生きているということか?」
ハヤテは一瞬希望を垣間見た。しかし、ワタルの言葉に一蹴される。
「いいえ。死んでます。」
ハヤテは言葉を失った。
「どういうことなの?」
「私もやっと理解できましたよ。彼らは生き返ったのではない。ただの概念としての存在でしかないのですよ。」
ハヤテと詩音はワタルのいうことを理解しようと頭を働かせる。
「彼らはこの世界で死んでいます。間違いなく死んでいます。アンダーの奴らに始末させましたから。しかし、西園寺宗十郎は最後の最後で自分を時空の狭間にとじこめたのです。そして、そこで永遠の命をてにいれた。というわけです。そこに西園寺静香も呼び込んだのでしょう。」
「でも、西園寺宗十郎も西園寺静香もお前に殺された。それはどういうことなんだ?」
「それは、人間の形を借りているのだから消滅もするでしょう。ただし、あの空間こそが西園寺宗十郎であり、西園寺静香であるため、消えることはない。」
ハヤテは安堵した。はっきりとワタルの言っている意味を理解したわけではないが西園寺宗十郎と西園寺静香が完全に消滅していないと思うと安心感があった。
「さて、私はエネルギーをもう一度蓄えるためにこの世界を破壊します。設定はもう少しで終わります。設定が済めば後は時間を動かすだけです。時間が動けばこの屋上にある、太陽のエネルギーを吸収するためのものが、この地球上のエネルギーというエネルギーを吸い尽くしてくれます。」
「そんな。」
ハヤテはつぶやいた。それと同時に少しの猶予があることに希望をかけた。
「ワタル。考え直せよ。」
ハヤテはワタルに言ってみた。
「考え直す?それはまたおかしなことおっしゃいますね。私の心は決まっています。」
「お前はこの世界で生きてきて何も感じなかったのか?」
「ええ。」
ワタルは即答した。
「当然でしょう。虫どもの世界でいったい何を感じろというのです?夢ですか?希望ですか?愛ですか?」
ワタルは笑ってみせる。
「ふざけんじゃねー。」
ハヤテは声を荒げた。この世界を、この世界で生きる人間たちを馬鹿にされたのが無性に腹立たしかった。
「お前の世界には希望はないのか?お前の生きる世界には愛はないのか?お前の生きる世界には守りたいものはないのか!?」
ハヤテの声はこだまし、静寂な世界に響いた。
「時間の無駄ですね。」
ワタルはハヤテに背を向けた。
「なめんじゃねー。」
ハヤテはワタルに走り寄り背中めがけて時空の剣を突き立てた。しかし、それは見ることもなくかわされたそしてみぞおちにけりを食らわされた。
「ハヤテ!!」
詩音がハヤテの身を案じ叫び声をあげる。ハヤテはせき込みながらゆっくり立ち上がった。
「私の邪魔をしないでください。そうですね。最後のチャンスをあげましょう。私とて、この時間の流れを動かすことはできませんが数人の時間を動かすことくらいならばできます。」
「何言ってんだ?」
ハヤテはよろめきながら訊ねる。
「すぐにわかりますよ。」
ワタルは不敵な笑みを浮かべハヤテに歩み寄る。次の瞬間渡の拳がハヤテの腹部をとらえた。ハヤテは反応しきれなかった。
ハヤテは、後方に大きく飛ばされ、窓ガラスまで飛んだ。窓ガラスにはひびが入る。そして、ハヤテが地面に着く前にわたるの二発目が飛んできた。
「うううぁぁぁ!!」
ハヤテは悲鳴を上げながらISROの展望台から落ちていった。
「ハヤテ!!!」
詩音の悲痛な叫び声が後に残った。
「私が設定し終わるのが早いか、君がアンダーの殺し屋を倒しここまで来るのが早いか、勝負ですね。」
ワタルは余裕の笑みを浮かべる。
そして、ゆっくり詩音に向かって歩き出した。
「な、なによ。」
詩音はおびえていた。
「君にはもう少し仕事が残っているんだよ。」
ワタルは詩音の手を取った。
「やめて。」
詩音は手を引こうとしたがワタルがそれを許さない。
「暴れないでくれますか。」
「いや。いや。」
詩音は手に目一杯力を込める。しかし、ワタルはびくともしない。
「少し眠ってもらいますか。」
次の瞬間詩音は意識を失った。ワタルは詩音の首を後ろからたたき気を失わせたのだ。ワタルは詩音を軽々持ち上げるとパソコンに向かって歩き出した。
一方、ハヤテは何とか体勢を整え地上100階立てのビルからの命綱なしバンジーを無事軽傷で難を逃れていた。とは言ってもやはり完全に勢いを殺すことはできないので悶えていた。
「ひゃっひゃっひゃ。これは一体どういうことだ?疾風の雷撃。」
どこかで聞き覚えのある声がした。
「お、お前はミゾレ。」
言ってハヤテは気が付いた。さっきまでなかったはずの殺気が無数にあることに。ハヤテが顔を上げるとそこには無数のアンダーの殺し屋がいた。数にして500といったところだろうか。
アンダーにいる半数近くの殺し屋がそこにはいた。そして止まった時の中で動いていた。
「よくわからんが、お前を殺せばいいんだな疾風の雷撃。」
「どうしてそうなる?」
ハヤテは立ち上がり体勢を整える。
「声がするんだよ。お前を殺せってな。ひゃっひゃっひゃっ。」
ハヤテはミゾレの目を見て気が付いた。正気の目ではなかった。焦点が合わずに瞳孔が開ききっているような目だった。
「催眠術?」
ハヤテは一つの答えを導いた。きっと彼らはワタルによって操られているのだと。彼らを倒し、早くワタルの元まで行かなくては。世界が終ってしまう。詩音のことも心配だ。ハヤテは時空の剣を構えた。
「お前を殺す。疾風の雷撃。」
「俺は死なない。まだ、死ぬわけにはいかない。」
多数のアンダーの殺し屋たちはハヤテめがけて駆け出した。ハヤテはその攻撃をよけ相手を倒してゆく。急所を避け、相手を殺さず、相手を沈めてゆく。
『ズバッ!』
ハヤテの左肩が切られた。
「ぁあ!」
ハヤテの左肩からは血が流れる。それでもハヤテは立ち向かう。
『ザク!』
ハヤテの腹部に矢が突き刺さる。
「そんなものか。疾風の雷撃。」
高みの見物のミゾレが言う。
「うぁぁぁぁぁ!!!!」
ハヤテはそれでも歩みをやめない。
『ザク!ズバ!ブス!』
はやての体中に剣や槍、矢や銃弾が突き刺さっている。ハヤテは手を伸ばした。前へ進もうとした。しかし、ハヤテは力尽きた。ハヤテは正面から倒れた。
「……」
「…………」
「………………」
「…………テ………」
「………ハ…………テ……」
どこからか声がする。
いったい誰の声だろうか。
「……ハ……ヤ…テ……」
誰かを呼んでいるのか?
「…ハヤテ……」
ハヤテ……俺の名前……
「ハヤテ……ハヤテ…」
俺を呼んでいる。俺の名前を呼んでいる。
「ハヤテ!」
「詩音!」
声の主は詩音だ。そういえば俺、死んだんじゃなかったのか?
「ハヤテはまだ死んではダメ。」
これって死後の世界で見る夢なのかな?
「ハヤテはまだ戦わなければダメ。」
詩音は無事なんだろうか?
「あたしはまだ大丈夫。ハヤテ、あなたに最後の力を与える。」
最後の力?いったい何を言っているんだ?詩音。
「世界を救えるのは、ハヤテ。あなただけよ。」
ハヤテは目を開けた。体中が傷んだ。それでももう一度時空の剣を強く握りしめた。
「俺は……まだ……死ねない。」
時空の剣は光りだした。
「俺は……ただ……普通の生活がしたいだけなんだ。」
時空の剣とともにハヤテの体も光りだす。
「だから頼むよ。」
光はハヤテをやさしく包み込んだ。
「俺に力をくれ。」
まばゆい光があたりを照らした。一瞬昼間のような明るさになった。光は徐々に引いていった。ミゾレはあまりの眩しさに目が慣れずにいた。
光が消え、目が慣れてくるとそこにハヤテの姿を確認した。
「どうなってんだ。疾風の雷撃。」
そこにいるハヤテは無傷だった。そして、時空の剣が先ほどの形状ではなくなっていた。刀身は長く太くなり黒光りしていた。明らかに大きさが大きくなっていたのだ。
「俺は、負けない。」
ハヤテはアンダーの殺し屋に襲い掛かった。アンダーの殺し屋たちも応戦しようとするがまるで歯が立たない。大人数相手に一人で次々に倒していった。
「おとなしくくたばれ。疾風の雷撃。」
ミゾレはハヤテめがけて銃弾の嵐を浴びせた。それをハヤテはすべてよけて見せる。
「おせーよ。」
ハヤテは一瞬でミゾレとの距離を詰めみぞおちを蹴り飛ばした。
「同じ奴に二度も負けるなて成長しねーな。」
ミゾレはその場で意識を失った。大方、アンダーの殺し屋たちは戦闘不能な状態に陥っていた。
「そろそろ出て来いよ。」
ハヤテは空に向かって言った。
「流石ですね。ハヤテさん。」
「よく言えたもんだね。暗闇の閃光。シノブ。」
はやての背後からシノブが姿を現した。アンダー最後の暗殺四天王となった忍者の末裔シノブだ。
「どうしてこの状況下でお前だけが催眠にかかっていないの?」
ハヤテはシノブの目を見て訊ねた。
「自分に降りかかる催眠術なんか自力で解くくらい簡単です。もっとも時を止められちゃどうしようもないですけどね。」
シノブは横にいたアンダーの殺し屋のひとりの首を後ろから殴りつけ気を失わせながら笑顔で答えた。
「流石といったところだね。で、状況は把握できてる?」
ハヤテは後ろからと正面から襲い掛かってくる殺し屋たちを相手しながら訊ねる。
「まあまあといったところですかね。このビルの最上階の様子から察するにあなたの敵はワタルさんといったところでしょうか。そして、見るからにワタルさんは普通じゃないですね。」
シノブは殺し屋の首を絞めながら言う。
「簡単に言うとワタルがこの世界を終わらそうとしてるって言ったらどうする?」
「私に味方しろというのですか?」
「君の意思で決めて。シノブ。」
「わかりました。では、ここの敵は引き受けましょう。ハヤテさんは上に行ってください。この先は誰も通しませんから。」
シノブは手裏剣を取り出し微笑んで笑みせる。
「ありがとう。助かるよ。」
ハヤテは言うとISROのビルの中へ入っていった。エレベーターの扉が開いた。時が止まっている中でもなぜかエレベーターは動いたのだ。恐らくはワタルがエネルギー源となり動かしているのだろう。
設定をするために電力が必要となりその影響で建物内の電力が使えるのであろう。
そんなことを考えながらハヤテはISROの最上階に降り立った。
「少しばかり、遅かったようですね。」
ワタルはパソコンのエンターキーを右手の中指で勢いよく叩いた。
『設定の変更が完了しました。』
部屋には機械的な声が響いた。ハヤテはワタルのそばにいた詩音の姿に気が付いた。詩音は意識を失いぐったりと倒れこんでいる。
「詩音!!」
ハヤテは呼びかけてみたが反応がない。
「ところでハヤテ君。君の持っているモノは何だ?」
ワタルはパソコンの画面から目を離しハヤテをじっくり観察する。
「これは時空の剣だ。そんな事より詩音に何をした!?」
ハヤテは声を張り上げる。ワタルはゆっくり詩音の上体を持ち上げる。
「そんな事とは心外ですね。私にとって今一番大事な話だったんですけど。」
「その手を放せ。」
ハヤテはワタルに斬りかかった。ワタルはハヤテの渾身の攻撃をポケットから取り出した小さなナイフで止めた。
「この短時間で何があったのですか?さっきっとまるで動きが違いますね。それでもあなたは私に勝てませんけど。」
ワタルはハヤテを押し返した。ハヤテは後ろに吹き飛ばされ、一回転して着地した。
「この子には最後の仕事をしてもらいます。あなたはそこでくたばっていてもらいましょうか。」
ワタルは詩音を寝かし、立ち上がった。
「この子が起きるまでの時間つぶしに少し遊びますか。」
ワタルは余裕の笑みを浮かべる。ハヤテは時空の剣を握り直しワタルめがけて斬りかかった。
ハヤテの攻撃をワタルは小さなナイフ一本でしのいでみせる。しかし、一瞬のスキを突きハヤテの攻撃がワタルの右手をかすめた。ワタルの右手からは一筋の血が流れる。
「流石にリーチが違うと不利ですね。」
ワタルは言うと右手に持っていた小さなナイフを正面から横に力強く振り下ろした。振り下ろした先は刀になっていた。ナイフにエネルギーを注ぎ込み長さを変え、刀にして見せたのだ。ハヤテはその様子に臆することも、戸惑うこともなく再びワタルに向かって行った。
ハヤテとワタルは一進一退の攻防を見せた。二つの剣からは幾度となく火花が散った。スピードとスピード力と力が両者の間でぶつかった。二人は互いに切られてもひるむことなく攻撃を続けた。辺りは二人の血が点々と舞っていた。
「何があったかは知りませんが、なかなかやりますね。」
ワタルは肩で息をしながら言う。
「俺は、この世界を守るために闘っているからね。負けるわけにはいかないんだよ。」
ハヤテもワタル同様息を切らしていた。
「それでも、君は私に勝てませんよ。」
ワタルは笑って見せる。
「お前が何と言おうと俺は勝つ。」
「ふん。甘いですね。」
ワタルはそうつぶやくと目を閉じた。ハヤテは一瞬戸惑った。次の瞬間ワタルの体が光りだした。そして、さっきできたばかりの傷が閉じていった。
「自己再生……」
ハヤテは呟く。
「君たちとはエネルギーの量が違うんですよ。」
数秒でワタルの傷は完治した。しかし、ワタルは余裕ではないことがうかがえた。傷を治癒したものの息が荒い。体力が限界に近いのだろうか。エネルギーがそこを突きかけているのだろうか。何はともあれ、ワタルを倒すチャンスはあるのだとハヤテは確信した。ハヤテはワタルに斬りかかった。
何度も何度も何度も。ワタルもハヤテに斬りかかった。
何度も何度も何度も。二つの剣は金属音を高々と響かせ何度もぶつかり合った。ワタルは傷を負うたび回復して見せた。ハヤテは回復中でも容赦なく襲い掛かった。
「この世界は俺が守って見せる。」
ハヤテの体力はとうに限界を超えていた。それでもハヤテの思いは時空の剣に乗りそれが力となりハヤテを突き動かしていた。
「私がこれごときに負けるとでも思いましたか。」
ワタルは肩で息をしながら言う。
「ここからが私の本気ですよ。」
そういうと左手にもう一本刀を取り出した。と、同時に先ほどふさいだはずの傷の一つから血が噴き出た。最後のエネルギーを使い切ったのだろう。
「時間さえ動き出せばエネルギーなんて無限大に回収できます。今は君を殺すことを先決としましょう。」
二刀流となったワタルは先ほどの倍の速度でハヤテに斬りかかった。ハヤテは防戦一方になった。ワタルの攻撃を一本の剣で必死に防いで見せた。何としてでも負けるわけにはいかないから。
しかし、ついにハヤテの手から時空の剣が弾かれた。時空の剣は宙を舞い、勢いよく回転した後ハヤテの真後ろに突き刺さった。ハヤテの首には二本刀が突きつけられている。ハヤテの表情はそれでも負けを認めていなかった。
「これで、終わりです。」
ワタルはそういうと刀でハヤテの体を斬りつけた。ハヤテはその場で倒れた。
「俺は、まだ死ねない。」
ハヤテは呟く。その声に気が付いたワタルは振り返り、もう一度刀を振り下ろした。
『キィン!』
ワタルの振り下ろした刀は時空の剣によって防がれた。ハヤテの手にした時空の剣はハヤテの意思とは関係なく動いているように思えた。ハヤテの意識はほとんど残っていないにも関わらずワタルの攻撃を防いでいる。
「くっ!」
ワタルは渾身の力で剣を押してみるがびくともしなかった。
『ハヤテ。ここで負けたらだめだよ。』
詩音の声がハヤテの頭の中で響いた。
「詩音?」
ハヤテは呟く。
『あたしは今、時空の剣の中にいるの。だからお願い最後まで戦って。』
時空の剣の中にいる?一体詩音は何を言ってるんだ。
『あたしの鍵の力で時空の剣の本来の力を発揮させているの。だからこの剣でワタルを斬って。』
斬るって、殺せってこと?
『今の状態の時空の剣で斬るとワタルを時空の狭間に閉じ込めることが出来るの』
時空の狭間に?それって父さんと母さんのところ?
『そことはまた別の時空の狭間よ。そこで永遠にさまよってもらうの。それで自分の罪を改めてもらうのよ。』
殺さずに閉じ込めるのか。でも、俺にはそんな力残っていないよ。
『何を言ってんだ。』
声が変わった。おじさんだ。朝野辰郎の声だ。
『お前はそんなところで弱音を吐くような奴だったのか?』
そんなことを言われても体に力が入らないんだ。
『何言ってるのよ。』
今度は由紀だ。
『あなたそれでもハヤテなの?』
それでもってなんだよ。俺だって精一杯やったじゃないか。
『あきらめちゃうわけ?』
葵の声だ。
『私たちは信じているよ。』
俺だってこんなところで死にたくないよ。
『颯。』
西園寺静香の声だ。母さんの声だ。
『あなたは強く、やさしい子に育ってくれました。あなたなら不可能だって可能にできます。』
不可能だって可能に?
『颯。』
西園寺宗十郎……
父さん……
『お前にしかできないことがある。お前だからできることがある。』
俺にしかできないこと……
俺だからできること……
『お前にはたくさんの友が付いている。お前にはたくさんの人の願いが思いがついている。』
おじさん。おばさん。
由紀。葵。
商店街のケンおじさん。真知子さん。
アンダーのマサヤ。ハルカ。ヒサト。
光芒の芸術ヒカル。
凍結の水面ミゾレ。
業火の鉄拳カレン。
ISRO小嶋照夫。シデン。ジェームズ。
朝野医院で出会った沙耶さん。ケイスケ君。リュウスケ。
暗闇の閃光シノブ。
耶麻。
父さん。母さん。
ワタル。
すべての人の中に正義があって、すべての人が平等で、例えその色がどんな色をしていても、
儚くて、愛おしい。
『俺の最初で最後のお願いだ。』
父さんの声がはっきり聞こえる。
『この世界を救ってくれ!!』
ハヤテは目を開けた。
痛む体に鞭打って目の前のワタルを押し返した。
「俺は決めたんだ。すべてを救って見せる。みんなの思いが、みんなの願いが、俺を強くする。」
ハヤテはふらつきながら言う。
「何を言っているんだ?お前はここで死ぬのだよ。」
そう言っているワタルも意識がもうろうとしているようだ。
「俺の生きている間なんて、世界からすればちっぽけでほんの一瞬かもしれないけれど、俺たちの光は、どんな色をしていてもきれいに見えるもんなんだよ。」
ハヤテはまっすぐワタルに剣を向けた。そして、ハヤテはワタルを突き刺した。時空の剣はワタルの体を貫通した。
ワタルは悲鳴をあげることなくただ、手にしていた二本の刀を地面に落とした。
地面に落ちた刀は光となり消えた。
「私は間違っていたのですか?」
時空の剣に刺されたワタルは消え入りそうな声で呟いた。
「はい。あなたは許されないことをしました。」
ハヤテは答える。ワタルの体が光りだした。自己回復の時とはまた違う光だ。
「でも、それでもあなたは最初から最後まで悪で染まっていたわけではないですよね。」
ワタルは黙っている。少しづつワタルの体が光とともに消えてゆく。
「あなたは私たちにもっと寄り添うべきだった。そうすればこの世界も捨てたもんじゃないって思えたんじゃないですか。」
「知っていましたよ。この世界も美しいということは。」
ワタルは笑顔を浮かべる。
「ただ、嫉妬したのでしょうね。私だってあなた方のように友だとか愛だとかいうものを味わいたかったですよ。その方法を知らなかっただけです。」
ワタルの体はもうほとんど消えかかっていた。
「あなたの光は残酷で冷酷で非情でした。でも、少し角度を変えてみればただの寂しがりやなだけだったんですね。」
ワタルは笑顔だ。
「あなたのことは許しません。でも、あなたのことを悪だとは思いません。そして、あなたのことを忘れません。」
ハヤテがそこまで言うと安心したかのようにワタルは消えていった。
ハヤテは消えたワタルの残像を眺めていた。これでよかったのかはわからないがそれでも一つの答えを出した。
この答えがたとえ間違っていると言われようと正しいと言われようとどちらでも構わない。その答えの先にこそ本当の答えが待っているのだろう。