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人間の本性

6月18日水曜日 午前9時08分


昨日は世界中の人が眠れない夜を過ごした。この日は運命の日なのである。ISROによって選ばれれば土曜日にセカンドアースへ行くことが出来る。

しかし、選ばれなければそれはつまり死を意味することになる。少なくとも世界の人口の半分は死ぬのだ。それを選ぶのはISRO。彼ら次第で生きるも死ぬも運命が変わってくるのだ。

誰もが自分がかわいい。自分だけは死にたくないと祈った人がどれだけいたことだろう。こんなにも長い夜が他にあったろうか。きっと死刑執行を待つ死刑囚は毎日がこんな気分なんだろう。

ハヤテは朝野医院の二階にいた。そこから一階のロビーを見下ろしていた。

「ちょっとハヤテ君。絶対安静じゃなかったの?」

ハヤテに気付いた看護師、折原がハヤテに声をかける。

「もう大丈夫だよ。治った。」

「治るわけないじゃない。早く病室に戻りましょう。それにここは今……」

折原は言葉の語尾を言う代わりに一階を見下ろした。折原の言葉の先はきっと「ここは今ひどい状態だから。」であろう。そうでなくともニュアンスはそうなるはずだ。一階ではつい数分前に訪れたISROの職員により混乱を招いていた。ISROの職員はロビーのフロントに多くの緑色の封筒を渡したのだ。

その封筒の中身は言わずと知れたセカンドアースへの【招待状】である。その情報を手に入れた入院患者たちは、我先にとそれを手に入れようとした。

そもそも、封筒にはそれぞれの名前が入っていて、他人のものを手に入れても仕方がないのだが彼らにとって一刻も早くその【招待状】を手に入れたいがために混乱しているのだ。

受付を任されている人たちは何とか混乱を収めるために声を張り上げ順番にその緑の封筒を配っている。

「やった。これで、俺は生きることができる!!」

「おい!俺のはまだか!早く俺の名前を呼んでくれ!!」

「それはあたしの封筒よ!!返しなさい!!」

「死にたくないよ!!あたしはまだ死にたくないんだよ!!!!」

様々な声がロビー全体に響き渡る。あるものは歓喜し、あるものは絶望を感じている。

「そんな事より、沙耶さんは手に入れたの?招待状。」

ハヤテは手すりに寄りかかりながら訊ねた。沙耶は少し表情を曇らせた。何か悪いことを隠すようなその表情をハヤテは横から覗いた。その表情からハヤテは沙耶が選ばれなかったのだと悟った。

「あぁ。ごめん。」

ハヤテは顔をそらし呟いた。

「違うの。」

沙耶は言いながらポケットから緑の封筒を取り出した。ハヤテの目線は沙耶から出てきた封筒にいった。そしてそのまま目線を上げ、沙耶の顔を見た。その表情はさっきより悲しみで満ちていた。

「どうしてそんな顔をするの?」

ハヤテは沙耶をまっすぐ見つめた。沙耶もまっすぐハヤテの目を見返していた。

「あたし、死んでもいいって思っていたの。

でも、今朝この封筒が届いて正直どうしたらいいかわからなくなった。」

「どうして?」

「今までもたくさんの人を見送ってきたけど、いやそれだからかな。

人の死の上に立つことなんてあたしにはできない。」

ハヤテは黙って沙耶の話を聞いた。

「あたしはきっとセカンドアースへ行ってもここで過ごしたようには生きられない!」

ハヤテは体の向きをかえもう一度一回のロビーを見下ろした。そこでは人が罵り合い、自分のことだけを考えた本性丸出しの人々がわめき続けていた。

「きっと、明日は今日のような生活はできないんだろうな。」

ハヤテは呟いた。

「それは毎日がそうなんだろうな。きっと。」

「それでも俺たちは今日という日まで生きてきた。明日もきっと生きていけると信じて疑っていなかった。」

ハヤテは沙耶の方へ向き直った。そして強い眼差しを沙耶へ向けた。

「このままいけば世界の半分の人がもうじき死ぬ。もし、本当にそうなったとき沙耶さんはそれでも生きていかなきゃならない。それが死ぬものの願いだ。それが俺の願いだ。」

沈黙が訪れた。

「それってどういう……」

「俺に緑の封筒は届かない。」

「そんな。」

沙耶の表情が固まってゆく。

「きっと、まだ届いていないだけだよ。下のロビーに行けばそこに届いているよ。」

「ないよ。」

ハヤテは、言い切った。

「それでも俺は簡単に死ぬつもりはない。この理不尽な計画を実行させるわけにはいかないよ。」

「どういうこと?ハヤテ君あなた何をするつもりなの?いったいあなたは何者なの?」

沙耶が不振の目をハヤテに向けた。


その時、一組の夫婦が階段を駆け上がってきた。

「唐橋さん。」

沙耶はその夫婦を見て呟いた。

「あっ。折原さん。」

沙耶を見つけた妻の方が声をかけた。

「ケイスケは。うちのケイスケに封筒は?」

「カラハシ……ケイスケ……?あっ、ケイスケの?」

ハヤテは目で沙耶に訊ねた。

「ええ。こちら、ケイスケ君のお父さんとお母さんよ。」

「どうも。」といい唐橋夫妻は頭を下げた。

「それで、ケイスケに封筒は?」

奥さんはケイスケのことが気になって仕方ない様子だ。

「あたしは受け取っていないですけど、もしかしたら病室の方に……」

「急ごう。」

旦那さんが奥さんを促し階段へ向かって行った。ケイスケの病室は三階にあるそうだ。沙耶とハヤテも二人の後を追った。階段を駆け上がり廊下を走り抜け、『312 唐橋圭介』と書かれた病室のドアを開けた。

そこにはベットに横になっているケイスケがいた。ドアが開いたことにいち早く気が付いたケイスケはドアの方へ眼をやった。

「お父さん!お母さん!」

「ケイスケ!」

奥さんはケイスケに抱きついた。

「どうしたのお母さん。」

奥さんの慌てようとは裏腹にケイスケはきょとんとしている。

「ケイスケ。緑色の封筒は?もうもらった?」

「封筒?そんなの知らないよ。」

ケイスケは首を振った。

「そんな……」

奥さんは口を手で押さえる。表情がみるみる崩壊してゆく。

「ま、まだ下にあって、ここに届いてないだけかもしれないですよ。」

沙耶は慌ててフォローを入れた。しかし、そんなもので気持ちが落ち着くほど、生ぬるい物ではなかった。

「ケイスケ!!あたしが悪いんだよ。全部あたしが悪いんだよ。丈夫に生んであげられなくてごめんね。あなたに何もしてあげられなくてごめんね。」

ケイスケのお母さんはケイスケにしがみつきワンワン声をあげて泣いた。ハヤテは病室のドアの前から部屋に入ることもなくその様子を眺めていた。

こんな時に何もできない自分が歯がゆかった。無力な自分に嫌気がさした。変えることのできない命運に怒りすら覚えた。ハヤテはそれらの思いを拳に込め、ぎゅっと握りしめていた。

「お母さん。」

母に抱きつかれていた不意に声を出す。

「どうして泣いているの?」

ケイスケのお母さんは抱きしめていた手の力を緩め、ケイスケの顔を覗き込んだ。

「ごめんね。泣いてちゃだめだよね。」

ケイスケのお母さんは無理に笑顔をつくろうとする。しかし、こみあげてくる思いから、それができないでいた。

「泣いてちゃだめだよ。お母さんが言っていたじゃない。」

ケイスケがまっすぐ母親を見つめ無邪気に言う。

「そうだよね。ごめんね。ごめんね。」

それでもケイスケのお母さんは泣くことをやめない。

「つらい時こそ笑えって、言ってたじゃん。泣いちゃダメ。」

ケイスケの言葉に我慢していたものがすべて崩壊した。母親はケイスケに抱きつきさっきよりも激しく泣いた。

父親は「一階でケイスケの封筒を探してきます。」と、言い残し、涙をいっぱいに目に溜めて走って出ていった。きっと涙を見せたくなかったのだろう。

関係のない沙耶もぽろぽろ涙を流していた。ハヤテは黙ってその場を立ち去ることにした。


あの家族が抱えているものは普通じゃない。生と死の狭間で今まで何とかつないできたものがふと途切れてしまうのだ。そんなもの耐えられるわけがない。ケイスケの命はこんなに簡単に消えていいものじゃない。

例え、いつか消える命だとしても、それがどんな形になるとしてもこんな形で未来を奪うのは間違っている。ISROは間違っている。そんなことはわかっている。それでもまだ道が見えない。

このまま、時空の剣を渡さなければ一時的にケイスケの命はとりとめられる。しかし、その後人類全員が死ぬのだ。逆に時空の剣を渡せば人類の半分は生き残り、ケイスケは死ぬのだ。選べない。選べるわけがない。

命を天秤にかけるなんてできない。ハヤテは頭を抱えながら自分の病室へ帰った。


病室を開けるとそこには一人の少年の姿があった。

「リュウスケ。」

ハヤテはその姿を確認すると呟いた。昨日、ISROのセカンドアースの存在の話をした、由紀の好きなリュウスケがいた。

「どうしたの?」

ハヤテはベッドの横に腰かけた。

そういえば、昨日は由紀に色々聞いてほしいと言われていたけど、セカンドアースの話だけで終わってしまっていたな。ふと、そんなことがハヤテの頭をよぎった。

「大変なんだ。詩音が。」

ハヤテの様子とは裏腹に慌てた様子でリュウスケは言った。

「詩音がどうかしたの?」

ハヤテが訊ねた時病室のドアが開いた。

「ハヤテ!詩音知らない!?」

やってきたのは由紀と葵だった。

「どうしたんだよ。由紀たちまで。」

「ど、どうしてリュウスケがここにいるの?」

由紀は慌てた様子で言う。

「いや、ここに来れば詩音がいるんじゃないかと思って。」

リュウスケが言う。

「あたしたちもそれを思ってここに来たの。で、ハヤテ。ここに詩音こなかった?」

由紀が訊ねる。

「いや、来てないけど。たぶん。」

「たぶんって何よ。はっきりしなさい。」

葵がハヤテを怒鳴りつける。

「さっきまで別のところにいたからたぶん来てないってことだよ。」

ハヤテは葵の威圧に負けながらも弁解した。

「ここでもないとするとどこに行ったのよ。」

「何があったの?説明されないとわからないよ。」

ハヤテは説明を求めた。

「実は詩音と連絡が取れないの。」

由紀が深刻な顔をして言う。

「今朝、クラスのみんなでラインで封筒が来たとか言って一喜一憂してたんだけど、次々にみんなに封筒が届く中、詩音だけに封筒が届かなかったみたいなの。」

葵が補足説明をした。

「これ見て。」

リュウスケはスマートフォンを差出ハヤテに見せた。

『きっとあたしはここにいちゃいけないんだね。今までありがとう。』

これを最後に詩音と連絡が取れないそうだ。

「こんなこと言うなんて詩音らしくないし、やばいかもって、クラスのみんなで手分けして探しているの。」

「詩音……」

ハヤテは呟いた。

「俺も探すよ。」

ハヤテは立ち上がった。

「ハヤテって絶対安静じゃなかったの?」

由紀が訊ねる。

「治った。」

ハヤテはそう言い残し病室を後にした。

「ちょっと。せめて着替えてからにしなさい。」

由紀の言葉にハヤテは病室に戻り、「そうだな。」と呟き着替えだした。その様子を見て、由紀と葵は慌てて病室を出ていった。

「ねえハヤテ。」

着替えているハヤテの横でリュウスケが声を出した。

「何?」

「詩音のこと好き?」

「好きだよ。」

ハヤテはズボンをはきかえながら即答した。

「やっぱりそうか。」

リュウスケは窓の外に目をやった。

「詩音も好きだし、由紀や葵たちも好きだよ。勿論、リュウスケも。」

ハヤテは笑顔で答えた。そして、「それじゃあ。」と、言い残し病室から勢いよく飛び出した。

「そういう意味じゃないんだよな。」

リュウスケはハヤテが出て行って誰もいなくなった病室のドアに呟いた。


ハヤテは病院から飛び出すとまず、朝野宅へ向かった。

「ただいま。」

ハヤテが言うと三和子が顔を出した。

「お帰り。もう大丈夫なの?」

「俺は大丈夫。それより詩音が。」

「さっき由紀ちゃんと葵ちゃんが来たわ。家にはいないみたい。」

三和子は不安気な表情を見せる。

「そっか……。ありがとう。おばさん。」

ハヤテは美和子にそう告げると朝野宅を後にした。ハヤテは商店街へ向かった。その間に様々な人とすれ違ったがそこに詩音はいなかった。

商店街に着くとシャッターが絞められた店の多くが見受けられた。こんな時に店なんてやってられないのだろう。しかし、その中で一つだけ開いている店があった。

『長谷川八百屋』だ。

詩音らサンライズがライブ会場に使っていた八百屋だ。ハヤテはその店の中に入って行った。

「らっしゃい!!」

はつらつとした声が商店街中に響き渡った。

「ケンおじさん……」

その声の主はもちろん長谷川健三のものだった。

「おぅ。おめぇさんか。詩音ちゃんとは仲良くしてるかぁ?」

健三はからかうような表情をする。なぜかそこだけはいつもの、何もないよな普通の時と何ら変わりない空気があった。

しかし、今はそれどころではない。

「詩音を見なかった?」

ハヤテは健三に問いかける。

「いんや。今日は見てねぇな。というか、客なんざおめぇさん以外来てねぇわい。」

健三は笑って言う。

「そう。ありがとう。」

ハヤテは八百屋を後にしようとした。そこで、少し立ち止まった。

「ケンおじさん。緑の封筒、届いた?」

「おう。届いたぜ。」

健三は屈託ない笑顔をして見せる。ハヤテは少し安堵した。

「真知子のだけな。」

そう言って健三は笑った。ハヤテは健三の顔を見れなかった。ハヤテは健三に背を向けた。

「そっか。じゃあ俺、詩音を探しに行くね。」

「おう。」

「じゃあ、また。」

そう言ってハヤテは長谷川八百屋を後にした。大切なものが壊れてゆく。護ることはもうできないのだろうか。

詩音。一体どこにいるんだ。生きていてくれ。死なないでくれ。ハヤテは走りながら願った。詩音の行きそうなところは一体どこなんだろう。考えてみたものの思いつかない。探すには情報がなさすぎる。ハヤテは詩音を全然知らないのだ。あってまだ間もないのだ。これから、これから知っていくはずだったのに。

気が付けば病院に戻ってきていた。結局詩音との思い出なんてハヤテにはない。自分のふがいなさにハヤテはため息をこぼした。ふと、ハヤテは空を見上げた。

もしかしたら……

ハヤテは、病院の裏に回った。そして屋上まで伸びている螺旋階段に目をやった。それはいつもと変わらずそこにある。ハヤテはいつか詩音と上った夜を思い出しながら、ゆっくりと上り始めた。足音なんて気にしている暇はなかった。

しかし、幸いにもそんなところに人がいるわけでもなく誰かに見られることはなかった。階段を上りきると景色が開けた。ハヤテは屋上を見まわした。すると、いつの日かに詩音と話し合ったもう一つ上るところに詩音は腰かけていた。


詩音は遠くの街並みを眺めていた。晴天とはお世辞にも言えないような曇り空の下、今にも泣きだしそうな空と詩音が同じ心境のように見えた。詩音はまだ、ハヤテの存在には気付いていないようだ。ハヤテは足音を殺し、梯子に手をかけ詩音の後ろに立った。そこに来てようやく詩音は後ろを振り返った。

「ハヤテ……」

呟くように詩音は言った。

「心配したよ。」

言いながらハヤテは詩音の隣に腰かけた。

「ごめん。」

詩音はうつむいて答えた。

「詩音に緑の封筒は届かなかったんだってね。」

ハヤテは何を隠すわけでもなくさらっと言った。詩音は黙り込む。ハヤテは続ける。

「俺、詩音に話しておかなければならないことがあるんだ。」

ハヤテの言葉に詩音は振り向きすらしない。うつむいたままだ。ハヤテはそんな詩音に目を向けず、遠くの街を眺める。

「俺、殺し屋なんだ。」

「え?」

ハヤテの突然の告白に驚いた詩音は顔を上げた。ハヤテは依然として遠くを見つめている。

「おじさんには絶対内緒にしとけって言われてたんだけどね。」

ハヤテは笑って見せる。

「いつか、詩音言ってたよね。秘密を抱えていることが苦しくなったらいつでも言っていいって。今じゃダメかな。」

ハヤテは詩音の目を見つめる。詩音もハヤテの目を見る。

「ハヤテが……殺し屋?そんなのウソでしょ?」

「本当だよ。今まで何人もの人を殺してきた。たくさんの命を奪ってきた。」

ハヤテは急に真面目に言う。それがこの事実を深く受け止めていることを表していた。

「でも、どうして……どうしてこんな時に言うのよ。もう……わけわかんないよ。」

詩音の目から涙がこぼれた。

「こんな時だから、言わなければいけないんだ。今起きている、ISROのセカンドアースの話にも俺は関わっている。」

「え?」

詩音の顔が驚きに満ちていく。

「じゃあ、あたしを助けてよ。あたしはまだ死にたくないの。この命を消したくないの!!」

詩音はハヤテに詰め寄った。

「俺だってそうだよ。」

「俺だって詩音を失いたくない。自分もまだ死にたくない。だけど、どうすりゃいいかわからないんだ。わからないんだ。」

ハヤテはこぶしを握り締める。そして歯を食いしばり体の中からこみあげる理不尽な感情を押し殺す。

「俺がISROに協力すれば世界の半数の人が救われ、協力しなければ全人類が滅亡する。すべては俺のさじ加減なんだ。でも、俺には選べない。どちらにせよ死んでいく人がいることが俺には耐えられないんだ。」

ハヤテの目から一筋の涙がこぼれる。今まで一人で抱え込んでいたものがその一筋からあふれ出した。

「ハヤテは……殺し屋なんでしょ。どうしてそんなに悩んでいるの?」

「俺はかつては殺し屋だったけど、今は違う。俺は普通の生活がしたかっただけなんだ。詩音や葵、由紀たちと仲良く笑っていたかっただけなんだ。

どうして……どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだ!!」

ハヤテは握っていたこぶしを地面にぶつける。

「ごめん。俺、こんな話をするために詩音を探していたんじゃないんだ。ただ、俺は詩音を救いたかったんだ。詩音と一秒でも長くいたいんだ。」

「ハヤテ……」

「俺、今までにたくさんの人を殺してきた。殺した人の数なんてもうわかんないよ。でも、だからこそ俺はもう誰も失いたくないんだ。誰も死なせたくないんだ。人の命は儚くて愛おしいから守りたいんだ。それを詩音が教えてくれたんだ。」

「あたしが……?」

「きっと詩音に出会う前の俺だったらすぐにISROに協力していただろう。でも、命の大切さを知ったから俺は……」

ハヤテは大きく息を吐いた。

「あたしが悪いの?」

「そういうことじゃない。」

ハヤテは即答する。

「そういうことではなくて、俺には守るべきものが出来て、護らなければならない世界があって、その方法がないんだ。やるべきことはあるのに手段が見つからないんだ。」

「それって……あたしはもう助からないってこと?」

「そんなことはない。詩音は俺が守る。詩音だけじゃなくって、由紀や葵、ケイスケ、おじさん、おばさん、ケンおじさんやリュウスケもすべて護らなくちゃいけないんだ。」

「でも、どうやって?」

「わからない。けど、やるしかない。」

ハヤテの目は決意で満ちている。

「あたし、もう死のうかなって思っていたの。どうせ死ぬのだしみんなに気を使わせるのも悪いし……でも、いざとなると勇気が出なくて、まだ死にたくないって私の中の私が言うの。弱いよね。あたしって……」

「いや。強いよ。そこで踏みとどまれる人間は強い人間だ。命の重みがわかっている人間だ。俺はそんな詩音、好きだよ。」

ハヤテは、さっきまでの表情とは打って変わって穏やかな表情をしていた。二人の間を風が走り抜けた。

「あたしも……ハヤテのこと好きだよ。」

「例え、ハヤテが殺し屋だったとしても、今のハヤテは違う。あたしの知っているハヤテは、手先が器用でどこか抜けていて、それでいて優しいハヤテだよ。だからあたし、ハヤテが好き。ずっと一緒にいたい。」

「うん。そうだね。」

ハヤテは詩音に微笑みかける。詩音はハヤテの胸に飛び込んだ。ハヤテはそれをしっかり受け止めた。二人は長い間、ずっとそうしていた。

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