絶望の通知
6月16日月曜日 午後1時12分 朝野病院
日曜日から病院にいるハヤテはそろそろ退屈で仕方なくなってきていた。
「絶対安静」と辰郎から言われ監視役に一人看護師をつけて、ハヤテが少しでも脱走しようとすると止めるように仕向けられた。勿論、ハヤテはここから逃げ出そうなんて考えていたわけではない。
しかし、ハヤテなら治りきっていない体で歩き回ってもおかしくない。そうすれば治りが遅くなりまた不自由な時間が増える。
そして辰郎の仕事も増える。そういったことを懸念して見張りをよこしたのだ。
だが動かずにできることといえばおしゃべりと読書とテレビを見ることくらいだ。
ハヤテを見張りに来た看護婦さんは以前、辰郎にお弁当を持って行ったときに部屋まで案内してくれた方だった。
名前は折原沙耶という方でハヤテが退屈しないようにいろいろ手配してくれた。
高校生が好きそうな漫画や雑誌なども持ってきてくれた。ハヤテはざっとそれに目を通したが、どれも興味が持てなかった。読書に飽きたハヤテはテレビを見ることにした。沙耶に頼んでテレビカードをもらいそれでテレビを見た。
しかし朝にやっている番組は料理番組や情報番組でハヤテにとってどうでもいいものばかりだった。
仕方なくハヤテは興味のない番組を眺めながら沙耶と話して過ごした。
沙耶は3年ほど前に朝野医院に来て看護師をやっているそうだ。
医院長である辰郎は本来、外科専門だが、医師不足の現状から専門ではない分野の資格も取り治療をしているのだという。辰郎の大変さをハヤテは少しだけ理解できた気がした。
他にもこの病院に入院している人たちの話なんかもしてくれた。
「ここには明日死ぬかもしれない子供もいるのよ。」
沙耶は昼食の片づけをしながら言う。
「圭助って子がいるの。6歳の男の子。彼ね、生まれつき心臓が悪いの。」
沙耶は淡々と作業をこなしながら話を続ける。
「その子ね、今年から小学一年生なんだけど治療のせいで学校に行けていないの。」
学校にいけない子供。
なぜかハヤテはそこに自分と同じものを感じた。普通のことが普通にできないということをハヤテは今まで感じていたからだ。状況は違えどハヤテと圭助はどちらも普通ではないのだ。
「その子、会えない?」
ハヤテは沙耶に聞いてみた。
「構わないわよ。明日あたりにこの部屋に呼んでみるわね。」
沙耶はハヤテの頼みを二つ返事で了解した。
「それじゃ、これ戻してくるね。」
沙耶は昼食の皿などを持っている。
「その間に動いたりしないでね。」
沙耶はそういいながらハヤテに笑顔を見せる。
「わかってるよ。」
ハヤテも笑いながら返事をした。そして、沙耶は病室を出ていった。
沙耶と入れ替わりに詩音と葵、由紀の三人が病室に入ってきた。
「元気?」
詩音は陽気にハヤテに問いかける。
「病院で入院してる人に元気?っておかしいでしょ。」
詩音の横で由紀が突っ込みを入れる。
「元気だけど?」
包帯を体中に巻き付け、『絶対安静』と言われた男がきょとんと返事をした。
「よく言うよ。」
葵が小声でささやいた。その声は両隣の詩音と由紀にかろうじて聞こえるくらいのボリュームだったためハヤテには聞こえていないようだ。
「それよりさ、あたしたちお見舞いに来てあげたのよ。」
「オミマイ?」
「そう。はい、これ。」
詩音は花束を差し出した。
「わあ!きれい。ありがとう。」
どうやらハヤテは気に入ったようだ。
「喜んでくれてうれしいよ。」
ハヤテにつられ三人も笑顔になった。
「そんなことより」
突然由紀が身を乗り出した。
「大事な話があるの。」
由紀の態度にハヤテは少し身構えた。
「実は、日曜日にリュウスケの家に行ったの。」
「リュウスケ?」
ハヤテはどこかで聞いたようなその名前を記憶の中で検索してみた。
「ああ。金曜日に話していた、ちっちゃくて勉強ができて由紀に勉強を教えてくれるって言っていた人?」
「ちっちゃくては余計でしょ。」
すかさず詩音が訂正を加える。
「それに勉強ができるって言ってもあの程度だし。」
続いて葵も訂正を加える。
「まあ、細かいことはいいじゃん。」
「それで、そのリュウスケの家に行ってどうだったの?」
ハヤテは話の本題を訊ねる。
「そういえばあたしも聞いてない。教えて教えて。」
詩音も乗り気だ。
「今度ライブに来てくれるんだって。」
由紀はとても嬉しそうに発表した。
「それだけ?」
冷めた表情の葵が訊ねる。
「それだけ?ってこんな重大なことだよ。どうしてそれがわからないかな?」
由紀は困った表情をする。
「リュウスケ君がライブに来たからどうなるっていうの。てっきり告白でもされたのかと思たじゃない。」
葵は続けた。
「告白!!??」
葵の放った一つの単語に由紀は異常な反応を示した。
どんどん由紀の表情が赤らんでいくのがよくわかった。
「ねえ由紀。もしかしてリュウスケのこと好きなの?」
詩音が訊ねるとますます由紀の表情が赤くなっていった。
「ばっ!そんなわけないじゃない!あたしがあんな奴好きになるわけないじゃない!あたしは理想が高いのよ!!」
由紀は今にも蒸気が噴き出しそうなほど真っ赤になりながら答えた。
「へー。」
詩音と葵は意味深な笑みを浮かべ声をそろえて言った。
「なんなの。本当にそんなんじゃないからね。ただ、ライブに来てくれるだけだから。」
「わかってるよ。」
詩音は言いながら由紀の肩をポンポンとたたく。
「それでね、ハヤテに色々聞いてほしいんだけど……」
「聞く?誰に?何を?」
ハヤテは全く状況を把握できていないようだ。
「だから、リュウスケに色々……」
由紀がいつもの覇気を失いもじもじとしている。
「でも、どうして俺なの?一度もその、リュウスケにあったことないのに。」
「それは、やっぱり男同士の方が話しやすいかなって……」
「うん……別にいいよ。」
ハヤテは少し戸惑いながらも返事をした。
「ありがとう。それじゃあ、明日か明後日位にここに来てもらうね。」
由紀は嬉しそうな笑みを浮かべた。
『ここで臨時ニュースをお伝えします』
突然、つけっぱなしにしていたテレビの画面が切り替わった。
その場にいた4人は自然と画面に目を奪われた。
『これよりISROの緊急会見が開かれます。予定していた番組を変更して生放送で放送いたします。ご了承くださいませ。』
女性キャスターの生真面目な表情が状況の深刻さを表しているようだった。
「ISRO?それってすごいコンピューターを創ったところだよね?」
由紀が自分の記憶を確かめるように口に出す。
「ええ。スーパーコンピュータ『溝』を創った世界最大の研究機関よ。」
葵が目はテレビに向けたまま由紀の記憶を確かのものにさせる。
「でも、一体何だろうね。」
詩音はこの異様な緊迫感に不信感を抱いたようだ。ハヤテの内心は穏やかなものではなかった。一体ISROの連中は何を言うつもりなのだろう。ハヤテに言ったようなことをそのまま言うつもりなのだろうか。
テレビの画面はどこかの会見場の様子が映し出されている。おおくの記者が椅子に腰かけカメラを構えている後ろ姿が画面の下に映っている。正面には無人の椅子が三つ並んでいる。画面右上には『ISROより生中継』という文字が浮かんでいた。
数秒後、カメラのシャッター音とともにカレン、シデン、小嶋照夫が現れた。
ハヤテはその三人にくぎ付けになった。
「これより、この地球の存亡に関わる重大発表をいたします。照夫さん、お願いします。」
画面の右側に座ったシデンが口を開いた。前にあった時より、シデンの照夫に対する扱いが変わっている気もするがそんなことはどうでもいい。照夫は咳払いを一つした。
「我々、ISROは3年ほど前にスパーコンピュータ『溝』を開発した。これによって複雑な計算が可能になりより、リアルな未来予想ができるようになった。天気予報、地震予報、そして、天体の移動予想。様々な分野で我々の技術が役立ったことは言うまでもないだろう。」
照夫の話はただのISROの創ったコンピュータの自慢でしかないように思う。
それでも詩音たちや記者たちは静かに話に聞き入っている。
「その『溝』で我々は未来予報をおこなった。様々な観点から、より正確な情報を収集し、それを『溝』で計算した結果、残り数年で地球が滅びるという結論に至りました。」
照夫の言葉に会見会場はざわついた。
不規則なシャッター音がテレビを通してハヤテたちの耳に、照夫の頭に反射したフラッシュが目に飛び込んでくる。
「地球が滅びる?これ、本当なの?」
詩音が誰に対してでもなく呟いた。
「安心してください。我々はそれに対して解決案を用意いたしました。」
照夫は席を立ち堂々と言う。照夫の言葉に会場、そしてそれを見ているすべての人が照夫に見入った。誰もが照夫の次の言葉に期待していたにも関わらず、照夫は黙って席に着いた。
すべての人が混乱する中でテレビの左側でカレンが静かに立ち上がった。テレビ画面は慌ててカレンのアップを映し出す。カレンはまっすぐ前を見つめていた。
「私たちはもう一つの地球『セカンドアース』の創造に成功しました。」
記者たちがどよめいた。
「セカンドアースは今いるこの空間とは別の空間に存在します。そこへ皆さんで移住するというのが我々の計画です。」
さらにざわめきそしてさっきにも増したシャッター音がテレビから鳴り響く。
「セカンド……アース……」
詩音は呟いた。もう一つの地球。
ハヤテはそれについては聞いていたがセカンドアースという単語は初耳だった。しかしハヤテはそれがシデンたちが言っていたものだと理解した。
「成功した?嘘だ。」
ハヤテは呟いた。
「え?今なんて言った?」
ハヤテの言葉を由紀は聞き逃さなかった。
「何でもない。」
由紀の指摘にハヤテは黙ってしまった。ハヤテが土曜日にISROにいたことはなんとなく言うべきではないと判断したからだ。ハヤテの対応に由紀たちは不信感を抱かずにはいられなかった。
しかし、そんな事をテレビは待ってくれるはずもなく、カレンは話の続きをし始めた。
「今いるこの地球は、ここ数年、急激な都市開発で大気は汚され人口は増加し、森林などの自然が減少しました。これらの様々な要因が積み重なり、近い将来確実に地球は人の住める環境ではなくなります。
我々ISROはどうにかこの人類の危機を乗り越えられないか様々な検討を行いました。その結果、この地球を見捨てることが唯一の方法だという結論に至りました。」
カレンの言葉一つ一つが詩音や記者たちを驚かせた。
地球はいつかは滅びるかもしれないけど、自分たちには関係ないと思っていたのにも関わらずこんなことを言われても実感はわかなかった。
アニメやドラマの中の話だと思うほかこのことは受け入れられなかった。
カレンはさらに続ける。
「地球を見捨てるということで我々は移住先を検討しました。その中で最も可能性の高いものそれが『セカンドアース』の作成でした。
これは今ここにある時空間とは別のところに、ここと同じ時空間を創りだすことにより可能になるのです。」
カレンの説明は詩音には理解できない。勿論多くの記者たちもだ。
「ちょっと、わけわからないんだけど……」
由紀が耐え切れず首をかしげる。
「簡単に言うともう一つ宇宙を作って地球も作るっていうことよ。多分。」
葵がカレンの言葉を整理する。
「そんなこと、簡単にできるのかな?」
詩音がポツリと呟く。時空の剣さえあればできる。ハヤテはそう言おうか迷った。
しかし、まだ言うべきではないとはんだんし、ハヤテはうつむいたまま黙っていた。テレビの中のカレンはさらに続ける。
「しかし、大変残念なことに今地球上にいるすべての人が、セカンドアースへ行くことは不可能です。」
記者たちがざわめいた。詩音たちも混乱しているようだ。
「セカンドアースへ行くことができるのは世界の人口の約半数。35億人までとなっています。」
「35億人!?」
詩音が驚きの声をあげる。同様にテレビの中の記者たちもざわつく。
「世界の人口は約70億人。35億人は半分以下の数よ。」
葵も驚きの表情を隠せない。
「残りの半分って……」
由紀が不安げな表情で画面を見つめる。
「申し訳ありませんが、残りの方は……
この地球と、運命を共にして頂く他選択肢はございません。」
カレンの言葉は場を氷つかせた。2人に1人は死ぬ。そう宣告されたのと等しいのだ。誰もがそれを聞いて平常心でいられるわけがない。50%の確率で死ぬのと言われそれを簡単にはいそうですかと言える人なんて一人もいないのだ。
「セカンドアースへ移る35億人はこちらの『溝』を使い選考させて頂きました。2日後の6月18日水曜日にISROの職員により通達させて頂きます。選ばれた方は6月21日土曜日にセカンドアースへの転送を行いますのでISROまでお越しくださいませ。当日は混乱が予想されますので、遠方の方はこちらが迎えに参りますので指定した場所でお待ちくださいませ。」
カレンは淡々と説明をする。
記者会見場は混乱したままの状態だった。
「ねえ、もし水曜日に通達が来なかったら土曜日には死ぬってこと?」
由紀が顔を真っ青にして訊ねる。由紀はもうすでにその答えを知っている。しかし、確かめずにはいられなかった。
違うという答えが聞きたかった。
「……そういう……ことでしょ」
葵がぽつりと答えた。
その言葉は自分でも信じたくない現実を信じなければならないという複雑な気持ちが込められていた。
「以上で説明を終了します。」
カレンが席に着いた。その瞬間、記者たちの怒涛の質問攻めが始まった。
「ISROは人類の半分を見殺しにするというのですか?」
「セカンドアースの環境は本当に人間が暮らせる環境ですか?」
「セカンドアースはいつごろ完成したのですか?」
「この地球を立て直すのは本当に不可能なのですか?」
「地球の破壊を進めたのはあなた方ISROの研究のせいではないのですか?」
「セカンドアースへ行ける選考基準とは何ですか?」
様々な質問がISROの3人に浴びせられた。そして、ついに小嶋照夫が動いた。バンッと目の前の机を叩き記者たちを黙らせた。
「いい加減にしないか。」
照夫の声で場は一気に静まり返った。数秒間沈黙がテレビ画面に映った。それは一時停止ボタンを押してしまったのではないかと錯覚させるほどのものだった。それを見ていたシデンが照夫の耳もとで囁いた。
「いい加減にするのはあんたですよ。つるっぱげ。」
「ひゃ!?」
シデンの対応に照夫は奇声を発した。
「失礼しました。うちのものが失礼を申し上げました。深くお詫び申し上げます。」
シデンが頭を下げる。続いてカレンも頭を下げる。
「ちょっと待って。そんなになるようなこと言ってないよね。悪いことしてないよね。」
照夫はシデンに言うがもはやシデンには聞こえていない。
「このような事態を招いてしまったのは我々人類の進化の代償です。二度とこのような事態を招かないためにもセカンドアースへ行く人物は重要になってきます。ご理解とご協力お願いいたします。」
シデンの言葉はもはや焼け石に水で記者たちの質問の雨はやむ気配がなかった。そんな状態の中、記者会見の横からジェームズが現れた。
「イキマショウ。」
テレビのマイクが拾えるか拾えないかくらいの声で言うとジェームズは三人を連れて記者会見場を後にした。
カレンたちが出ていく間も記者たちの質問の嵐はやまなかった。消化不良のまま画面は記者会見場からスタジオに戻った。そこでハヤテはテレビの電源を消した。テレビを消すと、嫌な静けさが病室を包み込んだ。
「選ばれるのって2人に1人なんだよね。」
詩音がぼそりと呟いた。
「あたし、まだ死にたくないよ。」
詩音は目に涙を浮かべている。
「きっと、大丈夫だよ。50%だもん。」
そういっている由紀も涙目になっている。
「こんなのいやだよ。」
葵はついに泣き出した。それにつられ詩音も由紀も泣き出した。その場をハヤテはどうすることもできなかった。ただ、茫然と時間が過ぎるの待つ以外には。




