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違うのは、私のほう。

 

 

 

 私は数日前の誕生日に、交通事故で死んだ。


 ケイくんにそう言われても、はいそうですかと納得することはできない。でも、あの日の記憶が曖昧なのは事実。冗談で帰ろうとして、ケイくんが追いかけて来てくれたところまでしか覚えていない。

 きっとあの直後に、私は――。


「そっか。私、もう死んでるんだ」


 こういう時、どうしたらいいの? 取り乱せばいいのかな? 結局私は、ぽつりとその事実を呟いただけ。


 納得だよ。ケイくんが私を見て悲しそうな顔をすること、触れようとしてくれないこと、一緒に出掛けられないと言ったこと。私はもう、とっくに死んでるんだから。

 志乃ちゃんと遊んだこと、両親と話したこと、学校で習ったこと。全部あれは、私の妄想に過ぎなかったのかな。



「……気持ち、悪くなかった? 私のこと」


 それだけ聞いてみる。ケイくんに嫌われるのは、何よりも嫌だ。

 でもケイくんは首を振った。


「そんなこと、思う訳ないだろ。ヒナに……ヒナに会えるんだったら、俺は」


 不自然に途切れた言葉に顔をあげると、ケイくんはぐっと唇を噛んでいた。泣くのを必死にこらえている顔だ。ケイくんが泣くなんて、私には想像できない――。


「触っても良い?」


 ケイくんの右腕のギプスに視線を向ける。ケイくんは黙って許してくれた。

 そっと固いギプスに触れる。ケイくんの肌の感覚はまったく伝わってこないけど、数日間触れることができなかったケイくんに触れることができて、嬉しい。でも、切なくて仕方ない。


「痛かった……よね。ごめんね……」

「なんで謝る……ヒナのほうが、ずっと痛かったはずだろ」

「私はほら、即死みたいだったし……そんなこと感じる余裕なんてなかったんだよ、きっと。だって今、私全然痛くないもの」


 おどけるように言ってみる。そうすれば気持ちも軽くなるかもって。

 でも、実際は逆にどんどん視界が滲んでいって、鼻の奥が痛くなっていくだけ。束の間止まっていたはずの涙が、まだ零れはじめた。


 そうすると、ケイくんとの距離が近くなった。あんなに触れてくれなかったのに、そっと左手で私の頭を押さえて抱き寄せてくれたんだ。顔をケイくんの胸元に押し付けた私は、息を吸い込んだ。

 ケイくんの匂い。覚えている、いつだってケイくんはふんわり優しい匂いがした。





 目を閉じていると、徐々に眠っていた記憶が蘇ってくる。

 公園の出口で呼び止めてくれたケイくんの声。振り返れば「誕生日おめでとう」って言ってくれて、何か小さな箱を差し出していた。

 傍に行こうと歩き出した瞬間に、とてつもない力が背中にかかって。そのまま私はケイくんを突き飛ばして。


 あの時少しだけ見えたのは、地面を赤く染めあげる自分の血と、すぐ横に倒れているケイくんだった。



 ――ケイくん。



 呼んだ声は言葉にならなくて。手を伸ばすことさえできなくて。

 ただ祈った――ケイくんが無事でありますように。


 祈りは届いた。ケイくんは無事だったんだ。





「ケイくんが無事で、嬉しいよ」


 目を閉じてケイくんの胸に耳をあてていると、早いリズムで刻まれる心臓の音が聞こえてくる。ああ、生きてるんだな。心臓が動いてる。


「それに、ちゃんとお別れできて良かった」

「……うん」

「私、どこに行くんだろう。消えちゃうのかな。死んだ後の世界って、どうなってるんだろうね」


 そう呟くと、ぎゅっとケイくんの腕に力が入った。


「俺はずっと、ヒナのこと覚えてる。だから消えたりしない」


 力強い言葉に、自然と笑みがこぼれた。


 悔しいのは、勿論のこと。もっと生きたかった。もっとケイくんと一緒にいたかった。もっともっと、素敵なことを体験したかった。もう一度お母さんとお父さんに会いたい。もう一度志乃ちゃんに会いたい。もう一度学校の先生に会いたい。

 私の願いはケイくんとずっと一緒にいることだった。結婚して、子供を産んで育てて、家族になりたかった。ここ数年は本気でそれを考えていたんだ。早く大人になりたい。そう思って、いつもは早いくせに、こんなときばっかりゆっくり経っていく時間に、もどかしさすら覚えた。


 でももう叶わない。


 だから私は、私の願いを変える。



 私の願いは、ケイくんが幸せでいてくれること。



 ケイくんが健康に生きていて、誰か別の女の人と出会って、結婚して、家族を作っても――ちょっぴり辛いけど、ケイくんが幸せならそれでいいの。

 私の分もケイくんに生きて、幸せになってほしい。


 いつかケイくんが私のところに会いに来てくれたら――その時は「久しぶり」って言うよ。

 楽しかったことや辛かったこと、全部聞かせてほしい。


 それが私の、新しい願い。



「ケイくん。幸せになってね。私のこと思い出すのは、時々でいいから……きっとケイくんのこと大事に想ってくれる人が、見つかるから」

「ばか。ヒナ以外、考えられないよ」

「……えへへ。でも、だめ」


 ケイくんを縛り付けるのは、本望じゃない。私が、背を押さないと駄目なんだ。


 辛くても。辛くても。


 生きている人は、先を生きなきゃいけないんだから。



 だからケイくん――ばいばい。

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