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いつもと違うのは、どうして。

 

 

 

 彼のことは、中学校から知っていた。でも親しくお話するようになったのは、高校生になってから。とある大学の附属高校に進学して、同じクラスになった同じ中学出身の男子。それがケイくん――啓太(けいた)くんだった。

 ケイくんはすぐクラスにも馴染んで、人気者になっていた。明るくて、頭もよくて、頼りになるケイくん。誰とも隔たりなく接してくれて、誰に対しても優しくて。いつの間にか私は、ケイくんのことが好きになった。少しでも彼の『特別』になりたいと思って、たくさん話しかけて。告白しようと思っていた丁度その時、逆にケイくんから告白を受けるという事態になったんだ。いや、事態なんて言っちゃいけないね。すごく嬉しかった。


 そして私たちは大学生になった。ケイくんは内部進学で大学に合格して、私は外部の専門学校へ進んだ。おかげで会える頻度は少なくなったけれど、私もケイくんも実家暮らし。会おうと思えば、すぐに会える距離に住んでいる。


 私たちの待ち合わせ場所は、近所の公園。時々子供たちが遊ぶ程度の、小さくて静かな場所。高校生の時から帰り道に良く寄っていたその公園に、大学生になった今でも私たちはよく行く。いつ行ってもケイくんは公園内にあるベンチに座って私を待っていてくれて、ここに来ればケイくんに会えるんだという素敵な場所。ふたりで並んでブランコに乗って、お話をするだけ。大体は私が話してばかりなんだけど、ケイくんはちゃんと聞いて相槌を打ってくれる。その優しさが、私は大好き。


 ケイくんの第一印象は「真面目そう」とか「大人びている」とかだったけれど、実際はそれだけじゃなくて。からかったり冗談を言ったりするのが好きで、意外と面倒臭がり。そんなギャップともいえるところに、惹かれてしまう。

 それでも、大学生になってぐっと大人びたケイくんと、高校生のころとあまり変わっていない私。並んでいれば兄妹に間違えられかねない。それは癪だから、ちょっとずつお洒落を研究中だ。


「ごめんね、遅くなっちゃった」

「大丈夫だよ。お疲れさん」


 いつものようにベンチに座って待っていてくれたケイくん。吐く息は白くて、指先もかじかむほど寒い。こんな寒いのに外で待たせちゃって悪いな、と思うのだけれど、決まってケイくんは「気にしないで」と笑う。もっとも、屋内に移動すればいいだけの話だけど。


 ケイくんの隣に座って冷たい指先をこすり合わせていると、急に左手を掴まれた。何かと思えば、私の手を掴んだまま、ケイくんは自分の右手をコートの中に突っ込んだのだ。ケイくんの手の温もりが気持ちいい。

 ケイくんはやたら手を繋ぐのが好きだ。他にも、頭を撫でてくれたり、ぎゅっと抱きしめてくれたり、キスしてくれたり。気付くといつも手を繋いでいるから、「どうして?」って尋ねてみれば、「そこにヒナの手があったから」って答える。ケイくんの手だもの、勿論嫌じゃない。


 こつんとケイくんの肩に頭を預けて、私は今日あったことをお話する。うんうんと頷いてくれて、時々面白おかしく話を膨らませてくれる。この時間が一番の幸せ。

 でも、欲しい話題がまったくケイくんの口から出てこない。


 この日は私の誕生日。

 ケイくんが忘れているわけがない。大方忘れたふりをしているだけだ。私から言うの、待ってるんだな。


 そう思ってケイくんの顔をじっと覗き込む。ケイくんの目は優しくて好き。ちょっと色素が薄くて茶色い瞳の中に、私が映っているのが見える。


「ケイくん。今日が何の日か覚えてる?」

「ん? ――何の日だったかなあ。特別なことあったっけ?」


 ほら、やっぱり。ケイくんはこうやって一度はからかって、私の反応を楽しむんだ。だから私も乗せられたふりをする。でも、笑顔は隠せなくって。表情、顔に出やすいってよく言われる。


「……もうっ、信じられない! 私、帰る!」


 ポケットの中で繋いでいた手を放して、公園の出口へ向かう。歩道に出たあたりでケイくんが追いついて、少し後ろから私の名前を呼ぶの。


「ヒナ!」


 振り返ってみれば、ケイくんは笑顔で。


「誕生日、おめでとう」


 ――ケイくんは、そういう人だ。

 傍目から見れば、いわゆる「バカップル」ってやつなんだろうな。





 でも。

 ある時を境に、ケイくんは変わってしまった。


 何がどう変わったって、私に対してよそよそしくなったんだ。


 いつものように公園で待っていてくれるのは同じ。けれど私の姿を見て真っ先に浮かべる困惑の色。どうして私を見てそんな悲しそうな顔をするのだろう。そのことに気付かないふりをして話しかければ、ケイくんはじっと聞いてくれるけれど、前のように自分から話してくれることはなくなった。

 ふとした瞬間に顔をあげてみれば、ケイくんはじっと私のことを見つめてて。「どうしたの?」って尋ねるとすぐ目を逸らして「なんでもない」と言うだけ。

 こんなのおかしい。いつものケイくんじゃない。人の目を見ずに話すような人じゃなかったもの。


 境になった『ある時』は――私にも分からない。昨日まで普通だったのに、今日になったらいきなり態度が変わっていた。そんな感じだ。だから、何が何だかさっぱり。



 一番ショックだったのは、ケイくんが私に触れることを避けるようになったこと。

 手を繋ぐことも、頭を撫でてくれることも。勿論、ハグもキスもなくなって。

 一度私の方から手を握ってみようと思ったけれど、さりげなくそれは避けられてしまった。


 一定の距離を保って、会話を続けるだけの私たち。

 耐えられないよ。





★☆





 ひとりで抱え込んでいるのが辛くて、私は友達にそれを明かした。高校に入ってから知り合った友達で、私と同じ専門学校に通う志乃(しの)ちゃん。今も昔も私の一番の親友だから、私を仲介にしてケイくんと志乃もそれなりに仲良しだ。


 行きつけの喫茶店で最近のケイくんの様子を吐露すると、志乃ちゃんはアイスコーヒーのストローをくわえて「ふうん……」と呟いた。


「バカップルの陽南子(ひなこ)と啓太くんでも、そんなことになるんだねぇ」

「ね、ねえ、どう思う? ケイくん、何かあったのかな?」


 私の手元にある、大好きなミルクティーの香りも、今は全く楽しめない。


「何か隠し事をしてるっていうのは、確かよね」

「隠し事?」

「ほら……なんか、陽南子に対して後ろめたいことでもあるんじゃない?」


 志乃ちゃんは私を気遣って具体的に言わなかったけれど、さすがの私も分かる。要するに、ケイくんが他の人を好きになってしまったんだったり、私のことが嫌いになってしまったんだったり……。


「……ち、違う! ケイくんは、そんな人じゃないよ!」


 気付いたら声を大にしていた。はっと気づくと店内の人の視線がこちらを向いていて、私は縮こまる。志乃ちゃんは苦笑して頷く。


「分かってるよ、私だって啓太くんのこと知ってるもの。彼はそんな不誠実じゃないわよ」

「う、うん」

「まあ、一度本人に直接聞いてみるべきかもね。じゃないと貴方たち、このままずるずる同じ調子でいっちゃうかもしれないし」


 それは……嫌だ。

 早く元通りになりたい。


 私にとってケイくんは、初めて大好きになった人で、初めて付き合った人だ。ケイくんにとって私が何番目の彼女なのかとかは、怖くて聞いていないけれど。少なくとも私にとっては、何もかもケイくんが最初なんだ。

 ケイくんはずっと私のことを大切にしてくれた。何かあれば助けてくれたし、守ってくれた。今のこの状態は、ケイくんに依存した私への罰なのかもしれない。

 それでも、そんな悲しそうな目で私を見るケイくんは、嫌だよ。





 志乃ちゃんと別れた後、すぐに公園へ向かった。道中、ずっと心の中で自分に言い聞かせる。大丈夫、何も怖いことなんてない。ケイくんに「最近どうしたの?」って聞くだけだ。何もおかしくなんてない。


 公園が見えてくる。いつものベンチに、ケイくんはやっぱり座っている。私の姿を見てケイくんは「ああ」と顔をあげて微笑んでくれたけど、どこか様子は違う。

 それでも平静を装って、私は話す。


「さっきまでね、志乃ちゃんと一緒にお茶してたんだ」

「へえ、加藤(かとう)さんと……元気にしてた?」

「え? う、うん、元気だったよ」


 学校で毎日のように志乃ちゃんと顔を合わせているのを、ケイくんは知っているはずなのに。そりゃあケイくんは高校卒業以来志乃ちゃんに会ってないだろうけれど、どうしてことさら「元気にしてた?」なんて聞くんだろう。

 ケイくんはぽつりと「そうか、元気なのか……」と呟いているし。


 もう、訳が分からない。

 志乃ちゃん、何があったのかケイくんに聞くの、怖いよ。



 ――ふと思ったりする。

 ケイくんと志乃ちゃんって、高校生の時それなりに仲が良かったよなって。


 嫌だ。大好きな二人を、疑いたくない。





★☆





 ケイくんに事情を聞けないまま、ずるずると時間が経っていく。


 現状を打開するために、ケイくんにお出かけを持ちかけてみようと私は決意していた。前にケイくんが観たいって言っていた映画、来週から公開されるんだ。絶好のチャンス。


「ねえケイくん、来週の日曜日、映画観に行かない? ケイくんが観たいって言ってたやつ、公開されてるよ」

「……ごめん、その日はちょっと用事入ってて」

「あ、そうなの……?」


 嘘。

 いま、何も考えずに『無理だ』って決めたでしょ。


 ベンチの上に置かれているケイくんの手に、そっと手を伸ばしてみる。指先が触れるか触れないかといったところにきて、手に痛みが奔る。

 ケイくんが、咄嗟に振り払ったから。


「あっ……ご、ごめん」

「……して?」

「ヒナ……?」

「どうして? そんなに私のこと嫌になったの? 私に触られるのも、私と出かけるのも嫌なくらい? ねえ、そんなんだったらフッてくれたほうがずっといいよ!」


 悲しくて、辛くて。こらえていたものが、全部零れ落ちた。

 あふれる涙を止める術を私は知らない。乱暴にそれを拭っていると、ケイくんの手がすっと伸びてくる。顔には触れず、涙だけを親指で弾いたんだ。


「……ヒナは悪くないよ。俺が……俺が臆病で、弱いからいけないんだ」

「ケイくん……」

「ヒナに触ったら、ヒナが壊れちゃうんじゃないかって……それを思うと、怖くてさ。二回も目の前で失うのが、辛くて」

「何……言ってるの?」


 ケイくんは久々に、私と真正面から視線を合わせた。もうその瞳に悲しい色はなくて、ただ真っ直ぐに私を見つめている。そこには、何か固い意志のようなものが見えた。


「ヒナ。俺の姿、ちゃんと見て」

「姿……?」

「そう。俺のこと、ちゃんと見て」


 ちゃんと見るも何も、私は毎日ケイくんを見ているんだ。いつもの黒いコートに、濃紺のマフラー。下はジーンズを穿いていて、見慣れた姿――。



「……え」



 違う。

 どうして、右腕にギプスなんてしてるの?

 どうして、頬に湿布が貼ってあるの?

 どうして、左腕に包帯しているの?


 今の今まで、ケイくんに怪我なんてひとつも――。



「目を逸らさないで。ちゃんと見て。――俺も、ヒナと向き合うよ」


 そうして、ケイくんは語り始めたんだ。



 あの日の、ことを。

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