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銀の星細工師  作者: ラフ
二章 王宮パーティーへご招待
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005

星硝子細工師には級が存在する。


 一級:王国のみに使える、国一番の星硝子細工師。

 二級:都市や国際交流に使え、教師もできる星硝子細工師

 三級:多くの者が属する一般的な星硝子細工師

見習い級:名の通り試験を受けていない未熟星硝子細工師


 級を上げるには年に二度開催される国家試験を受ける必要がある。


(星硝子細工師国家認定指定書、参考)



「キース! 見つけたわっ……じゃなくて、こんなところで会うなんて偶然ね!」

 猛獣を狩るような逃げることを許さない目で、目の前に立ちふさがるティアラをキースは唖然と見つめる。

「偶然……か?」

「ええ偶然よ! だって私はネアさんに会いに来たんだから」

 といいつつもキースから決して目を離さない。ぜえぜえと息が上がっていることから休まずにここまで来たのだろう。


「別にどこにもいかねーよ……」

 呆れたように言うと、あきらかにティアラがほっと息をついたのが分かった。

(こいつ、嘘はとんと下手くそなんだな……)

 あまりの本性丸見えの演技に可哀そうにさえなってくる。

 安心しきった表情でネアのもとへ駆けて行ったティアラに、なんだか心がゆるいだ。懐かしい友に会った時のような感覚だ。

「ってなんであいつにそんな感覚が芽生えるんだよっ」

 慌てて腕を振り表情を引き締める。きっとまた「パートナーになって」などとほざいたことを抜かすのだろう。

 しかしネアのもとから帰ってきたティアラが口にした言葉は予想外のものだった。


「ねえ、ここのはちみつ入りジンジャークッキーって美味しいよね。それに一つ隣のアップルパイも最高だし、この通りにあるアイスクリームも文句なし!」

 いきなりなんだ、と怪訝な目で見ていると断りもなくキースの向かい側の席に座る。

 それから鞄から何やら取り出した。アップルパイにアイスクリーム、ネアからもらったのかジンジャークッキーが次々と出てくる。

「だから買ってきちゃった。食べない? 美味しいよ」

 さあさあと進めるティアラをキースは用心深く見つめた。頭のねじが吹っ飛んでいるのは前から知っていたが、何か企んでいるような気がしてならない。


「俺、甘いものは苦手なんだ」

 嫌な予感がして断ったが、甘い物が苦手なのも本当だ。

 するとたちまちティアラはしょんぼりとした顔つきになった。

「そっか……苦手だったのか……食べ物でつる作戦は失敗ね」

 ぼそりと呟いた言葉をしっかりと耳で拾う。

 やはりそうゆうことだったのか。


「あいにく誰かのパートナーになる気はこれっぽちもないからな」

「そ、そんなこと誰もいってないじゃないっ! それにこれっぽちもっていうのはどうかと……ちょっとくらいはあるんじゃない? ほら一ミリ程度暗いでも……」

「まったく欠片さえない」

「ええーっ!? そんな殺生な……」


 ティアラはがっくしとうつむく。それから自棄になったようで、テーブルに並べてあったお菓子を口に詰め込み始めた。

「おい、そんなにがっつくとむせるぞ……」

 ティアラはハムスターのように頬を膨らませながら食べる。

 旅の時も思ったが、かなりティアラは大食らいだ。

「そんなことないよ。だいじょーぶ……ぐふっ、ごほごほっ!」

「言わんこっちゃない」

 言った傍からむせるティアラにため息をつきつつ、水を差し出す。それを急いで飲み干す姿を見て本当に年頃の娘なのかと疑わしくなった。


 いつもよりにぎやかな風景を何気なく眺めていると、突然背中に寒気が走った。

 ぱっと身をひるがえして座っていた椅子から立つ。その直後に椅子へ向かって数本の弓が刺さった。

「またか……この椅子誰が弁償すんだよ」

 見覚えのある矢にげんなりと頭を抱えたくなった。しつこいにもほどがある。


「お見事! やっぱり私が目を止めただけあるね。是非、僕のパートナーになってくれないかい?」


 拍手をしながらブーツの踵をならせて若い男が歩んでくる。輝かしい金髪がウェーブを巻いて肩から流れ綺麗な面持ちが眼を惹いた。

「またお前か……それは前にも断っただろう」

「考え直してくれたかなと思ってさ」

 にこにこと笑う男にキースは逃げる姿勢をとった。


「しつこい、うざい、近づくな。お前はあきらめるという言葉を知らないのか」

 いつも以上に口の悪いキースを見てティアラも男を見やる。一目見ただけで上質と分かる服に飾られた装飾品たち、貴族のような身のこなし、身分がかなり高い者だろうと察しがついた。


「キース、この方は?」

 隣でにらみを利かせているキースに問いかける。すると相手はティアラに目を移して微笑んだ。

「今日は可愛らしいお嬢さんがいるようだね。私の名はフレッド。星硝子細工師一級さ」

 お辞儀をするフレッドにティアラはあんぐりと口を開けた。

「星硝子細工師一級……?」


 あの天才とも呼ばれるフレッド・オールドが目の前にいるというのだろうか?

 現在、一級の細工師はたった一人しかいない。それだけ一級の細工師になるのは難しくとてつもない技術と努力を強いられるのだ。

 しかし彼はまだ20代というとしながらその称号を手に入れ、星硝子業界では知らない人などいない有名人なのだ。


「は、はじめましてっ! ティアラと申します。フレッドさんのことは以前から存じ上げておりまして、えっと、尊敬しています!」

 あたふたしながらティアラも頭を下げた。それにフレッドもくすりと笑う。

 なんだか思っていたより優しくなじみやすい人だ。

「キース、やっぱり君はすごいよ。いきなり飛んでくる矢をよける瞬発力がある。かなりのものだと思わないかい、エリオット?」

「はい」


 今まで気づかなかったがフレッドの後ろには弓矢を持った騎士が従えていた。

 静かなオーラを放った騎士はこくりとうなづく。先ほどの矢は彼が打ったのだろう。

「瞬発力って、毎度殺されるように狙われるこっちの身にもなれ。避けなきゃ即死だろ、あれ」


 確かに矢は椅子に深々と刺さっている。毎度やられているのかと思うとキースが苦労していることを知った。

「少しやりすぎかもしれないが、そのお陰で毎度君の能力の高さが分かる。きっと君の狩りの技術はこの国の上位をしめるだろう。もっとその才能を生かしたくはないかい?」

 ティアラは眼を見張った。確かにキースの技術はすごいと思ったが、そこまでのものとは思わなかった。そして今更ながら相手が自分にとってライバルだと気づく。

「ちょっと待って。キースはわたしのパートナーになるんです。だからあなたには譲れません」

 自分よりとんでもなく目上の人間だが、ティアラは対抗心をあらわにしてフレッドの前に立ちはだかった。

 それをフレッドは少しだけ驚いた顔をして見やり、面白そうに笑う。


「へえ、君はとんでもない浮気性だね。私というものがありながら、こんな可愛い子までたらしこむなんて」

「……お前らのものになった覚えはないんだが」

 キースの意志も聞かずに話を進める二人あきれた様子で呟く。その時、この店の女将ネアがやってきた。



「ちょっと……何やってるの?」

 怖い。

 笑顔なのに背筋が凍るほど怖く、手に持ったフライパンが異様に目立った。


「やあネア嬢、今日も美しいね。百万とある花々とて君の美しさには勝てず、散るだろう。私の心は君にとらわれてどうにかなってしまいそうだよ」

 フレッドはネアに気づくなり金色の髪を揺らしながらさっと膝をついた。そしてどこから出したのか赤い一本のバラを差し出す。

「これは僕からの愛さ」

「フレッド、この店で武器の使用は禁止って何度言ったら分かるのかしら?」

 さらりと言葉をネアは無視する。

 そして刺さった矢を見るとフレッドに向かってフライパンを振り下ろした。

 脳天をかち割られフレッドはその場にふらっと倒れこむ。ネアは害虫を駆除したような顔をして「おとといきやがれ」と言い残すと去って行った。


(ネアさんは絶対怒らしちゃいけいけないわ……)

 ティアラは頭を回している男を見ながらそう、心に刻み込むのだった。


「ねえ、フレッドさんってネアさんこと好きなの?」

 あきらかに好意があるフレッドの言葉を聞いてキースに問う。しかしキースは首をかしげた。


「どうだかな。年頃の娘にはほとんどあんな感じだって聞くぜ、なあエリオット?」

 倒れこんだ主フレッドを壁にもたれかけながらエリオットはうなづいた。


「はい。フレッド様はかなりの女癖があるようでして一定の女性には定まらず、かなりの数を口説いてらっしゃります。本人は戯れているつもりなのですが偶に本気になる女性もいましてトラブルも多く、こちらとしても大変困っているところです」

「それは……お疲れ様です」

 なんだかエリオットの苦労が垣間見えた気がしてティアラはねぎらいの言葉を向けた。

「いえ、これも私の仕事ですから。お言葉、感謝します」

 エリオットはティアラに頭を下げると、フレッドの肩を何度かがくがくと揺さぶった。


「エリオット様、起きてください」

 乱暴な起こし方にティアラは一瞬「えっと、主だよね?」と疑う。しかしエリオットは「これも私の仕事ですから」と一蹴してさらに強く揺さぶった。

「大丈夫ですか?」

 まだ意識がどこかへ独り歩きしているフレッドへ声をかける。うーんという返事の後、どうにかフレッドは眼を開けた。エリオットは揺さぶるのをやめて何事もなかったように下がる。

「ネア嬢のあの力強いところも素敵だ。きっと照れ隠しであんなことをしたんだろう」

「…………」

 一人で呟く言葉にティアラはフレッドの第一印象を「優しくなじみやすい人」から「ナンパ男でなじみやすい人」へと変えた。


「俺、帰る」

 いきなりキースは宣言し、がテーブルに何枚かチップを置いて背を向ける。ちょっと待ってとティアラが口に出そうとしたとき、はっとフレッドが立ち上がった。

「そうそう、今日は招待状を渡しに来たんだった。キース、王国のパーティーに興味はないかい? よければそちらのお嬢さんも」

 手に持った一通の手紙をキースへと手渡す。キースは嫌そうに受け取りながらも中身を開いた。



『王国パーティー招待状


 12月23日 王国にてパーティーを行う。

 一級星硝子細工師フレッド・オールドの星硝子作品展示および豪華な催しをする。

 是非、足を運んでほしい。

 

 国王デューク・クインハーツ・ザルビッツより』



 綺麗な装飾のついた手紙には短い国王からの文面がつづられていた。だがこの書面は貴族や身分のあるものにしか配られないはずだ。

「ああ、国王にお願いしたら招いて言いよって行ってくれたんだよ」

 まるでティアラの心を読んだようにフレッドは答えた。

「じゃあ、またパーティーで会おう」

 そう言い残すと騎士のエリオットを連れて店を出て行ってしまう。


 キースは静かに手紙をしまうとティアラへ放り投げた。

「お前が行きたいんなら行っていいぞ。俺はいかねえけどな」

 慌てて手紙をキャッチするとキースも外へ出ていく。

 しかしフレッドとはち逢いたくないのか、店の出入り口からじゃなく窓から出て行った。


「私だけ行っても意味ないんじゃ……」

 一人静かになった場所で呟きながら『一級星硝子細工師フレッド・オールドの星硝子作品展示』の文字を思い出して胸を鳴らした。

 国一番と呼ばれる星硝子細工師はどんな星硝子細工をつくるのだろうか。

 自分も見習い級だが細工師なので興味が膨らむ。


「少しだけなら、行ってもいいよね?」

 誰に問うでもなくティアラは手紙を握りしめた。

 キースをパートナーにするという本来の目的は果たせなかったが、きっとここに来ればまた会えるだろう。


 弾む心を抱きながら、もうすっかり夕焼けに染まってしまった空を見上げた。





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