*淡雪にのせて告げることば*
一本道をもう少し進んだところ。そこは広場。
真ん中で主役を飾っているツリーを囲むようにして、複数のカップルがうっとり眺めていた。
オレはというと――……。
「うわぁ……」
あれからショップを見つけた雅さんに買ってもらったブルーのマフラーを首に巻いて、中央に『でんっ』と飾られているツリーのイルミネーションを囲んで観覧しているカップル達と同じように立って、大きな口を開けていたりする。
本来なら薄暗闇になるはずのそこは、まるで夢の中のみたいに幻想的だった。
ツリーのおかげで周囲は白く光り輝き、薄ぼんやりとした霧のような空間が広がる。
その場の空間に興奮しているオレは、繋いでいる雅さんの手のことも忘れてブンブン振った。
後ろからクスリと笑う声が聞こえて我に返った時はもう遅い。振り返れば、繋いだ手とは反対側の手が、拳をつくって顎にあてている雅さんの姿があった。
それは、オレが興奮していた姿をちゃっかりきっちり雅さんに見られていたということを表しているんだ。
うっわ、もうすぐ高校生になるのに、子供みたいにはしゃいで……オレ、すっげ恥ずかしい。
熱くなった顔を地面に向けると、雅さんがオレの隣に立つ。ちらりと横目で盗み見すれば……。
ライトアップされているツリーを見つめる雅さんの顔がなんだかとても儚い感じがしたのは、雅さんがすごくカッコいいからと、きっとこの淡い光のせいだ。
まるで雅さんが発光しているように見えるんだ。
「このツリーにはね、ジンクスがあるんだって」
「ジンクス?」
雅さんに見惚れていたオレは、彼の言葉で我に返った。
「そ、ジンクス。『想いあった恋人同士がこのツリーを前にして永遠の愛を誓えば、必ずそのカップルは幸せになる』そう言われているんだって」
『少し少女趣味かな』そう言って雅さんはフッと微笑んだ。その姿も綺麗で、オレはまた見惚れてしまうんだ。
だけどね、雅さん。どうして今、そういう話をするの?
だって、今そのツリーを前にしているのは雅さんとオレなんだよ?
雅さんもオレを想っているんだって勘違いしちゃうよ?
ねぇ、雅さんはオレのこと、どう思ってる?
雅さんは、誰を想ってそれを言っているの?
ギクシャクしている彼女さんを想って?
それとも、隣にいるオレを考えて?
雅さんの気持ちが知りたい。
言ってしまおうか。
このツリーの前なら、なぜか気持ちを言っても悪い結果にならない気がした。
ドクン、ドクン。
オレは無言で雅さんと向き合い、寒さで乾燥した唇を舌で濡らす。
「雅さん……あの……」
トクン、トクン。
周囲はカップルが多くてざわめいているにも関わらず、今はオレの心音しか聞こえない気がした。
頭の中は真っ白で何を言えばいいのかわからない。だけど、雅さんに好きだって言いたい。兄としてではなく、ひとりの人間として……。
雅さんの綺麗な顔を真正面から見つめれば、雅さんもオレを見返してくれる。
トクン、トクン。
うるさい心臓がさらにまた、早鐘を打つ。
緊張して、繋いでいる手のひらに汗をかいてしまう。
知らないうちに強く握ってしまう雅さんの手。
「あの……オレ……雅さんのこと……」
『好きです』
そう言おうと口を開けた時だった。
「あっれぇ? 雅じゃん!!」
後ろから、女の人数人の声が……聞こえたんだ。それと同時に、自分から繋いだ雅さんの手を離してしまった。
5、6人いたその人達はたぶん、雅さんの学校の知り合いなんだろう。雅さんを囲んだ。
「どうしたの? 今日は杏子と一緒じゃないんだ。アレ? この子は?」
肩まであるゆるく巻いた金髪をクルクル指に巻きながら、気怠そうに尋ねるひとりの女の人は、雅さんの隣にいる不似合いなオレを見て言った。
「この子は俺の近所に住む子なんだ。この近隣に美術館ができたって聞いて、彼に付き添いをお願いしたんだ」
「なるほど、たしかに。それじゃあ、杏子じゃ役不足かもね。あの子、どっちかっていうと賑やかな空間の方が好きだし?」
雅さんが苦笑しながら返事をしたら、また別の女の人がうんうんと相槌を打つ。
「ってことは、明日が杏子とクリスマスデート?」
ズキン。
聞きたくない。
そんな話、聞きたくない。
オレが知らない人達と話す雅さんの彼女さんとの話なんて……。
今もしも、オレがこの場所から消えたとしても誰も気づかないだろう。たとえ、雅さんであっても……。
雅さんが好きなのは彼女さんで……ましてや男のオレじゃない。
オレはただ、雅さんが興味あった美術展への付き添いで……。
馬鹿だな。
そんなこと、わかってたハズなのに……。
悲しい気持ちを抱えているオレをよそに、雅さんとその人達は談笑をしている。
――いやだ。
この場所に居たくない。
オレじゃない誰かを想っている雅さんの姿を見たくない。
ズキン、ズキンと痛む胸を押さえて、輪の中から外れてしまったオレは、一歩後ろへ下がった。
「……っつ」
だけど、雅さんは後ろを向いているし、雅さんの知り合いさん達は雅さんに夢中だ。
誰も何も気づかない。
オレは滲んでいく視界のまま、踵を返して歩いてきた方向へと走った。
――知ってた。
知ってるハズだった。
雅さんは、オレじゃない人を好きで、付き合っていること……。
しかもオレは男で、そんなことあるはずないのに変な期待して、告白しようとして……。
「ばかだ……」
ものすごく馬鹿だ……。
恥ずかしい。
なんて滑稽な生き物だろう。
さっき雅さんと通った一本道は、夕食時だからか、誰もいない。チカチカとイルミネーションだけが光る中をひとり走る。
それが余計に寂しくさせる。
余計に、孤独にさせる。
走るオレの足は、あまりの悲しみのせいで速度を失い……止まった。
「っく……」
必死に泣くまいと押し止めた一粒の涙が流れ、ポタリ、ポタリと地面にシミをつくっていく。
悔しくて、苦しくい胸を抑えるために屈めば、買ってもらったブルーのマフラーが目に入った。
「みやびさん……っふ……」
腰をかがめてマフラーに顔を埋める。
「雅さん……」
言っても本人は大学の友達と彼女さんのことで盛り上がっているから、オレがいることも忘れられているのに、恋しくて恋しくて、名前を呼んでしまう。
――その時だった。
するり……。
藍色の空から、白く舞い落ちる何かが視界の片隅に映ったのが見えたんだ。それは……。
真っ白い雪だった。
『初雪が降った時、雅さんがとなりにいれば告白しよう――……』
けっして叶うはずのないこの恋に願掛けをしたことを思い出す。
ああ、でも雅さんは側にはいない。
いまさら雪が降っても仕方ない。
それはけっして叶わない恋だと、サンタさんからも決定づけされた気がした。
「みやびさん……」
好きなのに。
こんなに、こんなに好きなのに……。
引っ越したってきっと想うのはあなたのこと。
いつも、いつも、ずっと……。
「ふっ……みやびさん……みやびさん……みやびさん……」
ずっとずっと好きです。
きっと、忘れるなんてできない。
この想いはずっと、オレの中で消えることなく降り積もっていくだろう。
ギュッと握りしめるブルーのマフラーに顔を埋めてしゃがみこんだ。
「サクラくん」
悲しくて悲しくて――。
呼ばれた声に気づかなくて、悲しみに囚われたまま、声を殺して泣いていた。
そしたら……。
ふわり。
オレの体が宙に浮いたと思ったら、突然力強い腕に包まれた。
驚いてグスンと鼻をすすって泣き止めば、オレを抱きしめる腕はもっと強くなる。
そっと、顔を上げてみると、そこには雅さんがいたんだ。
薄い唇からは白い息が短く吐き出され、耳元にある心臓はドクドクと鼓動している。
雅さん、オレが居なくなったのに気づいたの?
探してくれたの?
息を切らして?
悲しみに染まった心が、熱を持ちはじめる。
オレの口は勝手に開いて言葉を放つ。
「好きです……」
と――……。