*思い出*
その日を境に、彼女さんを見かけなくなった。
怒らせちゃったんだ。
それって、オレのせいだ。
そう思って雅さんに謝罪をしたら、雅さんは違うと否定してくれた。
最近行き違いが多くなっていると、雅さんは眉根を寄せて笑う。
好きな人が悲しそうなのに、それを嬉しいと思う自分がいる。オレはなんて身勝手なんだろう。
そうやって自己嫌悪に陥ってても、おじさんとおばさんが旅行で、しばらくの間一人暮らしも同然の雅さんの家にちゃっかり上がり込むオレは、なんて腹黒で、なんて冷たい奴なんだろう。
「サクラくんは、今年のクリスマスイヴどうするの?」
「え?」
今日も学校から家に帰った後、『晩御飯を持ってきた』という名目で雅さんの家に上がり込み、テレビのある部屋でお茶をもらっている時だった。
「この近くで美術館が新しく出来たって言うでしょう? もし、何の予定もなかったら、一緒に展覧会に行かない?」
雅さんからの突然の言葉に耳を疑った。
だって怒らせたとは言え、雅さんには彼女さんがいる。
イヴは彼女さんと仲直りをする絶好のチャンスだから、きっと雅さんも彼女さんと過ごすだろうと思っていた。
なのに、雅さんはオレを誘う。
そうしてくれるのはすごく嬉しい。とても嬉しい。
だけど、彼女さんはどうするの?
「あの……」
『彼女さんは?』訊きたくない言葉。
でも、聞きたい内容。
天邪鬼なオレの気持ち。
それでも開きかけた口を閉じてしまうオレは、情けないほど臆病者なんだ。
喉まで上ってきた言葉を飲み込んで、「行きたいです!!」と現金なオレはにっこり笑って頷いた。
だって大好きな雅さんとふたりきりで展覧会。しかも、今から三日後のクリスマスイヴ。
雅さんの彼女さんのことなんて忘れてしまおう。引っ越す前のとても楽しい思い出にするんだ。
うしろめたい気持ちを振り払ってこっそり決意するオレ。
そんなオレは、実は絵はかけないけど、絵画を見るのがすごく好きなんだ。
昔、母さんと父さんに用事が出来た時、行きたかった絵画展に行けなくて駄々をこねている姿を思い出す。
そんな時、雅さんが絵画を見たいというオレの願望を叶えてくれたんだ。
あの時は、雅さんが神様みたいに思えたっけ……。
昔を思い出していると、雅さんもクスリと微笑む。
「そう言えば、サクラくんが小学6年生の時だっけ? 絵画見に行きたいって言っていた時があったね」
ドキン。
オレが思い出していた光景を雅さんも思い出していた。
それがとても嬉しい。
「はい」
ニヤけてしまいそうになる口を誤魔化すため、今はこれといって必要でもない緑茶が入っている湯呑を口元まで持っていく。
ふぅっと息を吹きかければ、湯気はオレと反対側に向かって進む。
あたたかいボンヤリした感じになる。
「あの時、嬉しかったです……。もう行けないって思ってたから……」
「ずっと前から楽しみにしていたものね。サクラくん、いつも嬉しそうに言っていた」
――そんな前のことまで事細かく覚えてくれてたんだ。
なんだか嬉しくて、くすぐったい。
オレの体はホワホワと宙に浮いているように軽くなる。
展覧会が待ち遠しいと思う気持ちとそれが終わったら、引越しがあるという気持ち。そのふたつの気持ちでザワザワするオレをよそに、イヴは着々とやって来るんだ。