*複雑な思い*
そうして穏やかな空気が流れはじめた空間は、チャイムに邪魔された。
母さんが玄関のドアを開たらしい音とそこから離れているオレの部屋まで聞こえてくる甲高い聞いたことのある女性の声。その声にビクリと体を震わせるオレの頭をひと撫でして、雅さんは立ち上がった。
雅さんの表情は見れない。だって、オレじゃない人の姿を思って笑う顔なんて見たくもないから。
だけど、ねぇ。オレから離れて行かないでよ。雅さんが離れると、悲しくなるから。
そっと手を伸ばして彼を追いかける手は空をなぞる。
雅さんが……帰ってしまうんだ。
オレは雅さんを追いかけて、急ぎ足で玄関まで行く。
見えたのは、雅さんと……肩を並べていた、あのショートカットの女性。
雅さんの彼女さん。
「出て行くって言ってから全然帰ってこないから心配したのよ?」
雅さんは怒り肩になっている彼女さんの背中を押して、謝りながら出て行った。
ふたりのやり取りが気になって、いけないと思いつつ、驚いている母さんを横切って雅さんに続いて玄関を出る。
パアン!!
それと同時に乾いた音が響いて、隣を見れば、左頬をさする雅さんに背中を向けて去っていく彼女さんの姿があった。
「怒らせちゃった」
オレの姿に気がついた雅さんはそう言って微笑む。
その微笑みは、すごく寂しそうだった。