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朽名奇譚  作者: いちい
#4 黄泉の家庭科室
99/205

語られるもの

復活!しましたっ……!!

とりあえずあと四話くらいは目処が立っているので、基本週一更新に戻します。

 







 磨き上げられた飴色の机。椅子は革張りだろうか、重厚な格調高さを感じさせる。

 そこにだらしなく腰掛け、組んだ足を机の上に投げ出す気怠げな美女の姿があった。校長室の主──皐月様だ。

 私は後ろ手に扉を閉めると、彼女に近づくため、赤紫色のカーペットを踏みしめた。


 皐月様は、探るように口を開いた。


「ついにあの子に愛想をつかせて、わたくしのところに来る覚悟ができたのかしら?」

「……いえ。私、皐月様にお願いがあるんです」


 皐月様の、その唇よりも深い赤色をした目を見る。微笑んでいるようで、こちらの出方を窺っているような狡猾な瞳を。

 そして、一息に、願いを告げる。


「私を七不思議にしてください」

「……あらあら。七不思議に、なりたい? どうしてわたくしにそんなことを頼むのかしら」

「あなたならできると聞きました」


 Mさんに聞いた七不思議になる方法。それは、裏側の校長である皐月様に許可を得るということだった。

 もったいつけられたわりに普通な方法。からかわれたのだと思い問い詰める私に、彼女は気分を害すことなく教えてくれた。


──『巫山戯てなどなくってよ。ただ、わたくしの記憶している校長の口ぶりからすると、どうも校長が許可を出すには何かしらの条件があるような印象でしたわ。それが何か、までは知りませんけれど。』


 もちろんMさんが嘘を吐いていた可能性もあるが、私は彼女の言葉を信じて良いと思っている。

 皐月様は、人差し指で唇をなぞった。


「随分と必死ね? それはやはり、渕沢 幸緒のためなのかしら」

「……! どうして、その名前を」

「……そう。もうそこまで辿り着いたのね。妬けてしまうわ」


 喉の奥で息が詰まる。

 皐月様は、ゆるりと真っ赤な目を細めた。笑っているのではない。その証拠に、そこにはどこまでも冷徹な光が宿っている。

 私は、皐月様にカマをかけられたのだ。

 おそらくは、どこまで彼のことを知ったのかを探るために。……どこまで七不思議を識って、真実に近づいたのか、見極めるために。


「ねえ、七不思議になるなんて発想も、普通は出てこないわよねえ。表と裏は、水と油のように交わらないものだもの。……交わらなくても、隣に在るものではあるけれどね」


 皐月様は机の上で組んでいた足を解いて、立ち上がる。私が身動きすらとれないうちに、彼女はもう目の前に迫っていた。


「……誰に入れ知恵されたのかしらね? 教えてはくれない……?」


 間近に見る玲瓏(れいろう)な美貌は凍てついていて、背筋が震える。皐月様の左手が私のすぐ後ろの扉につき、私は退路を塞がれた。

 そして、空いた手を顎に添えられる。触れた指は、ぞっとするほどに冷たい。

 ……非人間的。月の赤光に照らされた皐月様の表面的な微笑は、その一言に尽きた。


 私は動けない。私に許されているのは、ただ目を見開いて、彼女の求める答えを吐き出すことだけだった。


「あ…………」


 呼気が空気を振動させる。

 皐月様は焦れることなく、私の答えを待っている。

 一言。名前を告げればそれで、私はこの(おり)から抜け出せる。

 Mさんの名前が喉までせり上がるが、そこで止まった。

 ──私は、それで良いの?


 Mさんは得体の知れないヒトだ。意味のない条件を出しては、なぜか私に都合の良い情報をいつも持っていて与えてくれる。それは、偶然なのだろうか。

 疑念は尽きない。


 ……それでも。

 私は、手を握りしめた。爪が掌に食い込む痛みで、意志をしっかりと持つ。

 それでもMさんは私を助け、助言してくれた。たとえどんな思惑があろうとも、それだけは変わらない事実なのだ。

 間近な赤い瞳を見据え、私は答えを絞り出す。


「……教えられません」

「…………そう。つまり、誰かから聞いたことは否定しないのね。まあ良いわ。だいたいの予想はついているのだし」

「…………!」


 また、引っかかってしまった。

 血の気が引いていく。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうすれば良いの?

 今からでも誤魔化せないだろうか、でもどうやって……?


 皐月様の愛おしげなモノを見るような視線が、私に向けられている。愚かなモノ(ペット)を可愛がる、人の目だ。


「……ねえ、貴女、七不思議になりたいのだったかしら。だけどその必要はないわ」


 吐き気がするほど優しい声。

 皐月様は壁から手を離した。見えない圧力を発する囲いが去り、足から力が抜ける。

 私は扉の前に座り込むように、床に尻をついた。


 ドアノブが回る音が頭の近くから聞こえるが、項垂れる私には、皐月様の緋袴と草履しか見えない。


「お前はすでに、語られている。何もせずとも次の祭を過ぎれば、この学校の一部となる」


 緋袴と草履が揺らめいて、変化していく。

 語る声は低い男のものだった。声が一言発されるたびに変化は進み、別の姿に移ろっていく。

 緋色は黒に。そして、草履を履いた足は白さは据え置いたまま、女の細足からしっかりした男のものに。


 見上げると、そこには黒い着物を身に纏った男がいた。男は整った顔を歪め、赤い瞳を皮肉げに細めながら、狂ったように嗤う。


「くくくっ、はははは!」

「皐月様、なの…………?」


 答えはない。

 男は片手で私の肩を支えながら扉を押し開く。


「話はこれで終いだ。ほら、お帰りはこちらだぞ。何も知らずにせいぜい舞台の上で踊るが良い」


 言葉どおり、男にはもう答える気もないようだった。

 私はふらつきながら立ち上がり、校長室を出た。

 扉が閉まった途端、空気が変わる。裏側の校長室は、閉じられたのだ。おそらく……皐月様の手によって。


 わからないことは山ほどある。

 どこもかしこも不透明で、識れば識るほど深みに嵌まり、どこか暗い、取り返しのつかないところに落ちていく。

 かつて今とは違う名前を持っていた彼。鶫君も、かつては人だったのだろうか。そして、こんなふうに沈んでいったのだろうか。


 確かなことは一つきり。

 私はすでに、語られている。七不思議に成れる。

 ────だったら、今すぐ君に会えるの、鶫君。

 ふらり、と足が前に出た。


 きっと私ももう。

 狂っている。







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