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朽名奇譚  作者: いちい
#4 黄泉の家庭科室
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わかれみち




 家庭科室の扉をノックするが、何一つ反応はない。


 あれ以来、私は連日裏側の家庭科室を訪ねている。しかし、扉はいつも固く閉ざされていて、中に入ることはできなかった。


 そうしている間に月が変わり、今は2月。こちら側に来て曖昧になった感覚も、なんとなくだがまだ肌寒さを伝えている。


 刻々と消えていく猶予に、私は焦っていた。

 8月までに、鶫君のことに決着をつけるだけでなく(みのる)も探さないといけない。

 ────稔を、裏切るわけにはいけないのだから。

 それなのに、進捗(しんちょく)はないまま時間だけが祭り(タイムリミット)に向かって進んでいく。


 締め切られた扉の前で今日も私はため息をつき、元来た薄暗い道を戻る。

 保健室へ向かっていると、エントランスで見覚えのある生徒を見かけた。豪奢な金髪の、得体の知れない威厳を醸し出す女生徒。Mさんが、エントランスの壁に背を預けて立っていた。

 私に気付いたのか、彼女は背を壁から離すと優雅に挨拶をした。


「ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう?」


 Mさんの雰囲気に呑まれ、つられて妙な挨拶を返したところで私は我に返った。


「Mさん、どうしてこんなところにいるの? ここ、階段じゃないよ」


 階段以外の場所で彼女に遭遇するのはこれが初めてだ。それによくよく考えると、開口一番に『踏め』だとか『蹴れ』だとか言わずに挨拶をしてくるのもおかしい。

 しかし彼女は、私の戸惑いをバッサリと切り捨てた。


「……そんな瑣末(さまつ)なこと、どうでもよくってよ。それよりも、貴女こそ何用でしたの? もしかして、家庭科室に?」

「そうだけど……」


 それ以上続けることはできなかった。

 私はまだ鶫君に会うことすらできないのだ。私が彼を傷つけたのさから仕方ないのかもしれないけれど。


 Mさんは腕を組んで、傲然と目をすがめた。


「懲りませんわね。貴女はそもそもあそこを訪ねて何をしたいんですの? むざむざとお菓子にされに行くとでも仰って?」

「そうじゃないけど……。私は、鶫君を独りにしないであげたいんだ。あんなのは悲しすぎるから」


 私が答えると、Mさんは呆れたように鼻をならした。


「お人好しすぎますわよ。なぜそうまで……」


 理由は私の中でとっくに出ている。

 私は躊躇うことなく答えた。


「鶫君のことが好きだからだよ」


 Mさんの碧眼が僅かに(みは)られ、探るような色を帯びた。彼女は私の顔を数秒だけ注視してから廊下に目を逸らし、小さく呟く。


「……貴女はどこまで考えているのでしょう」


 視線が戻され、彼女の青い瞳が私を静かに見据えた。


「彼が好きと言いましたわね。けれど、彼は七不思議。人外のモノですわ。きちんと理解していて?」

「それはわかってるよ」


 だから、私はこの想いが成就するなんて希望は持っていない。

 それでも鶫君が、誰かと幸せになれれば良いと思う。もしそれが私なら、どんなに嬉しいだろう。

 けれど、私は彼を傷つけた。きっと……彼が私を選ぶことは、ない。


「それに、貴女は探しもののためにここに来たんですわよね。見つかってしまった後はどうするつもりですの」

「…………」


 結局のところ解決していない問題を、Mさんは触れないままにはしてくれなかった。

 彼女は重ねて問う。

 ぼんやりとした電灯が日の落ちた薄暗がりを照らす中、その声は冷徹に響いた。


「貴女に、全てを捨てる覚悟はありまして?」


 鶫君を選ぶということは、彼とずっとここに残るこいうことだ。

 私が残してきた全てと、弟を捨てて。


「それは……だって私、稔を探さないと」

「……何故?」

「…………え?」


 私は稔を探すためにここに来たし、今までもそうしてきた。

 でも、どうして? どうして探さないといけないんだっけ。

 そう、稔がいなくなったのは私のせいで、全部私が悪くて……だけど、それはなぜ? 私が悪いのは、なぜ?


 頭がぜきずきと痛む。

 まるで、思い出すことを拒絶しているみたいに。

 ──あの夏の祭の日に、何があったの?


 視界が歪み、正しい像を結べなくなっていく。激しい動悸がして、吐き気まで込み上げてきた。

 耐えるために握った掌が、二月だというのに汗でべたつく。


「貴女、本当に────探し物のことが、大切でしたの?」


 Mさんの言葉が、毒のように(したた)った。


 耳鳴りが始まり、甲高い音に世界が侵食される。彼女の口が、私でも形を読み取れるくらいはっきりと動いた。


 ──仁科 鶫よりも?、と。


 頭痛がひどい。何も考えられない。

 けれど、私は遠のいていく感覚の中、確かに選択をした。口が動き、小さくとも言葉を紡ぐ。

 自分の声すらも聞こえないのに、何と答えたかはよく知っている。


 クリスマスの後に見た夢。あの中で、私は稔の反応を至極冷徹に観察していた。感情をぶらすことなど、なく。

 私にとって、弟はその程度の存在だったのだ。

 探しものなんて、どうでも良い。

 本当は、大切なんかじゃなかった。

 それよりも。


「……鶫君。一緒に、いたいよ」


 君に選ばれなかったとしても。

 やっぱり私、君を独りにしたくないよ。


 決断を下した途端、頭痛は嘘のように引いていく。不調もすべて治まり、私は息を荒げて壁に手をついた。


 Mさんは満足げな微笑で近付くと身をかがめ、私に耳打ちする。


「貴女に覚悟があるのでしたら、教えて差し上げてよ? ……七不思議に成る、方法を」

「……七不思議に?」

「そうですわ。この学校の七不思議は固定されておらず、流動的なもの。しかるべき手順に従えば、成ることができましてよ」


 七不思議に、なる。

 全てを捨てて────。


「そうすれば私は鶫君と同じ存在になって、彼を独りにしないであげられるの?」


 ゆっくりと、私の口が動いた。

 Mさんは頷いた。まるで獲物を捕らえた猫のように、満足げに笑って。


「覚悟はできましたのね?」

「……うん」


 私は鶫君を独りにしない。……ううん、こんな言い方じゃ正しくないね。

 私は鶫君と、ずっと一緒にいてあげたい。お菓子がなくても、拘束されていなくても、そばにいてあげたいと思えるから。


 私はすでに、縛られている。がんじがらめに囚われてしまった。

 私のこの、想いで。




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