幽霊2
私が彼のことを調べたいと思うのは、彼が鶫君と同じ顔をしていたからだ。重なる、二人の特徴的な微笑。
私はMさんに会ってから、その類似についてぼんやりと考えていた。そして今、一つの仮説に行き着いている。──鶫君と写真の生徒は、同一人物なのではないか、という。
鶫君に終わらない製薬実験のことを訊いた時の様子は、明らかにおかしかった。よくわからないことを言ったり、まるで私の言ったことを覚えていないかのような振る舞いを見せたり。
さらに日記に書かれていた、終わらない製薬実験の、女生徒であるらしい仁科 鶫。
鶫君は、最初から『仁科 鶫』だったのか? 『仁科 鶫』とは、何なのか?
────鶫君の狂的な『選ばれたい』という願望。その根源は、彼の過去にあるはずだ。……もし彼が写真の生徒だとすれば、彼自身が名前と共に捨てた、忌々しい過去の中に。
私は知りたい。
鶫君を、終わらない孤独から解放してあげたい。
だって、私は────。
ごくりと、唾を飲み込む。これを言ったら、私ははっきりと稔を裏切ることになるだろう。
弟を探すという目的よりも、自分の感情に従うのだと。
稔を探すことを放棄するわけではない。だが、どう言い募っても優先順位を落とすことに変わりはないのだ。
……思い出せない自分の罪に、一時目を瞑ることに。
……それでも。
きっと、今この瞬間に、代わりはない。
そう思うから。
私は岡崎先生の目を真っ直ぐに見て、告げる。
「好きなんです」
先生は飲んでいたコーヒーが気道に入ったのか、ごほごほと咳き込んだ。荒っぽく、カップが机に叩きつけられる。
やがて落ち着くと、先生は上ずった声を喉から絞り出した。
「……突然何を言い出す!?」
「私は、その渕沢 幸緒と同じ顔をした人が好きなんです。だから、知りたい」
その狂気の源でさえも。
……七不思議に関わる部分を多少端折ったが、私が先生に言えるのはここまでだ。
どういうわけだか私のことが見えているみたいだけれど、一般人の岡崎先生を巻き込みたくはない。
先生は、複雑そうな顔をした。思い悩んでいるような、それでいてなぜか安心しているような。
職業倫理からして認めがたいのは、私にもわかる。
「無理だっていうのはわかってます。でも……!」
言い募る私に、先生の眉間の皺が深くなる。先生は、きっぱりと決然を下す。
「それでも、言えないな」
「……なら私にも考えがあります」
私は立ち上がり、机の反対側、先生の座る方に回り込んだ。
先生は嫌な予感でもしたのか、腰を浮かせてドアへ逃げようとする。しかし、ブランクがあるとはいえ陸上部だった私には敵わない。私は先生を、ドアの前に追い詰めた。
「教えてくれないなら、私、先生に付き纏います」
「…………?」
「授業中も、職員室でも、グラウンドでも。……トイレの中にだって」
「!?」
先生は絶句した。
私だって男子トイレに侵入したくない。
それでも、手段を選んでいる場合ではないのだ。
私の本気を感じ取ったのか、先生は説得を試みる。
「やめろ、そんなことをすれば人の目に」
「私は今、幽霊みたいなものなんですよ? 人目にはつきません。……ほら」
先生の胸板の中心あたり、心臓のありそうなところに手を伸ばす。私の手は先生の体を通り抜け、壁に当たって止まった。
「ひっ、ゆ、ゆうれい……!! イヤァアアア!」
先生の引き攣れた声が、理科室に響く。せっかくのイケメンボイスが台無しだ。
明らかな過剰反応。もしかしてこれは……。
「そうだ、移動中はずっと後ろからしがみついて、恨み言とか言ってあげますね。"幽霊"っぽくて良いでしょう?」
幽霊、を強調すると、先生は腰を抜かして床に座り込んだ。裏返った声でひぃとか言っている。
私は屈んで、先生の体にうずめた手を、心臓をまさぐるように動かす。
先生の悲鳴もあいまって、セクハラでもしているような気分だ。
「頼む、頼むからやめてくれ!」
「それは先生次第ですよ」
先生の哀願を、すげなく叩き斬る。
先生はぶんぶんと頭を縦に振った。髪がぼさぼさになるのも気付かないくらい怯えているようだ。
さっきの会話でまさかとは思ったけれど、先生は意外と幽霊とか怖い人らしい。
私が手を抜き取ると、先生は涙目で自分の胸板を触って、なんともないことを確認した。ほっとした表情になるのも束の間、彼は上目遣いで私を見上げる。成人男性の上目遣いとか、勘弁してほしい。
そんな気色悪いもので誤魔化されはしない。情報はきっちり話してもらう。
一週間洗われていない食器を見るように冷たい目で私が見下ろすと、先生は諦めたように口を開く。
「……俺がこれから話すのは、独り言だ。なにせここには俺しかいないし、あれだ。失踪者の処理やら日頃の激務やらで疲れてるんだろう」
先生は床にへたりこんだ姿のまま、話し始めた。
「俺の父親は、教師だった。もう退職しているが、口癖のように、一つだけ思い残したことがあると言っている。昔、担任をしていた生徒が失踪したらしい」
「でも、この学校で失踪なんて珍しくないですよね? 何年かに一人くらいは」
「ああ、何か聞こえた気がするが気のせいだろう。何せここには俺一人だからな」
先生はあくまでも、独り言設定を貫くらしい。大人の事情というやつだろうか。
私は黙って聞くことにし、口を閉じた。
先生はちらりと私を見て、続ける。
「家庭環境に難のある生徒で、名前は渕沢 幸緒。学校では問題もなく過ごしていた。だが、ある冬に失踪。同時に女生徒も一人消えた。最後に入って行ったのは家庭科室だったそうだ」
女生徒……? 終わらない製薬実験の仁科 鶫だろうか。いや、仁科 鶫……どっちのことかわかりにくいな。女生徒の方を、仮に鶫ちゃんと呼ぼう。
鶫ちゃんの噂はもっと前からあったはずだから、別の生徒か。
「父は、渕沢と女生徒が家庭科室にいるのを目撃した生徒に相談をされたらしい。彼女が言うには、渕沢が女生徒に刺されて、家庭科室は血の海だったんだと」
血の海……? おかしいな。鶫君の体には、そんな大きな傷はなさそうだったけど。
エプロンの下に隠れでもしているのだろうか。
「だが、後から行ってみれば家庭科室は平和そのもの、血の痕などない。彼女は多いに悩んだ。……父は、彼女に忘れるように言った。彼女も忘れるよう努めたようだ。だが、数年後のことだ。彼女は教育実習生としてこの学校に戻ってきた。そして、彼女もまた失踪した」
血の痕がなかったのはわかる。多分、裏側の存在が関わったのだろう。
失踪については、確かに偶然では済まない関連性だ。
「俺も、忘れるようにという父の言葉が間違っているとは思わん。この学校で長生きするには、それも必要だ。……だが父は、もっと違う助言をしてやっていれば、彼女はこの学校に実習に来なかった。助かったかもしれないと思っていたようだ」
先生は息を吐いた。
「俺が知ってるのはここまでだ。もういいだろう?」
「はい。ありがとうございました」
先生は立ち上がり、机からカップを回収した。そして、出入口のドアの前で振り返る。
「じゃあな。……絶対についてくるんじゃないぞ? 別に貴様なんぞ怖くないんだからな。失踪者の後始末が残ってるだけだからな!」
やけに強調してるけど、それってただの言い訳のような……。
私はおざなりに繰り返す。
「失踪者ですか」
「ああ。11人も消えたから、忙しい。10人までは最近戻ってきたんだが、事後処理もあるし、最後の一人の捜索と書類がある。そういえば」
先生は言葉を切り、何かを思い出すように視線を動かした。
「貴様の友人じゃなかったか? まだ発見されていない笹野 美紗は。いそうな場所に心当たりはないか?」
美紗ちゃんが、失踪……?
私は呆然と立ち竦んだ。衝撃で声も出ない私を置いて、先生の言葉が流れてく。
「家庭科室の周辺で保護された失踪者のうち数人が言うには、身代わりになったらしいな。どういう意味かわからんが」
家庭科室。失踪。繋がってしまう二つのキーワード。
やめて。違う。そんな。
────そんなっ!
溢れる嫌な思考。
私は先生を押しのけて、理科室の扉を跳ね開ける。
そのまま全力疾走して、校舎の対角線上にある特別教室に向かった。




