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朽名奇譚  作者: いちい
#4 黄泉の家庭科室
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宴の残香


ちょっと時系列が前後してます。




 




 夕暮れ時の赤光が差し込む家庭科室で、彼と彼女は対峙している。

 彼女が出現すると同時に、おぞましいお菓子は白いどろどろした液体に変化していた。意識を失った(みのり)は、弛緩した体を椅子に深く預けている。


 彼──鶫は、色素の薄い瞳に疑問と敵意を浮かべ、(みのり)の後ろに立つ彼女を睨んだ。椅子をがたりと揺らし、立ち上がる。


「秊ちゃんに何するの!?」


 彼女は秊の首から手を離すと、唇に人を惹きつける、艶やかな笑みを形作った。


「貴方のしようとしたことに比べれば、可愛らしいことではなくって?」


 傲然と彼女は言い放った。


「ボクは秊ちゃんにお菓子を食べてもらおうとしただけだ!」

「『お菓子を食べてもらおうとしただけ』?」


 馬鹿にしたように、彼女は鶫の言葉を繰り返し、続ける。


「よくそんなことが言えますわね。──ああ、その意味も理解していないのでしたかしら」


 彼女は憐れむように、どこか蔑むように、鶫の敵意を受け流す。不自然に赤い唇が、言葉を紡ぐ。


「貴方はいつまでたっても、わかろうとしない。ゆえに、己の求めるものを理解できない」

「……?」


 鶫は彼女の意味深な言葉に困惑した。彼にはそれが理解できなかった。……いや。理解できなかったと、思い込んだのだ。

 彼女は問いを重ねていく。


「貴方は何を求めているのでして?」

「ボクは……」


 思い悩むように閉じられた瞳。

 彼はしばらく口を閉ざすと、告げた。


「……わからない。もう、わからないんだよ」


 返したのは、秊の問いへの答えと同じ言葉。だが、表情は真逆だった。

 苦悩は徐々にほどけ、なぜか彼は、緩やかに微笑んでいた。

 彼女の瞳は冷徹に、深淵を覗き込むかのように、鶫の目を射抜いた。


「本当に?」

「……え?」


 更なる質問に(ほう)けた鶫に、彼女は言い放つ。


「──大切なものを、見誤らないことでしてよ」


 彼女は床に落ちた数枚の紙を拾い上げ、次いで優しい手つきで『49日目の日誌』を手に取った。意識のない秊を支えて立たせると、秊とともども、最初からそこに存在しなかったかのように、薄暗がりに融けて消える。


 鶫は立ちつくしたまま、彼女──豪奢な金髪の女生徒の言葉、その意味を考えていた。

 自分が欲しかったもの。選ばれたかったもの。……大切に、したかったのは?


「……ボクは……知ってる、の?」


 苦しげな囁きとなって、言葉が唇を割った。


 だけど。

 思い出せないんだ。


 空気を震わせることのなかった言葉は、しかし彼自身にだけは聞こえていた。


 家庭科室には、汚らしい白い液体と、血のように赤い光だけが色を添えていた。


 やがて鶫は掃除道具を持ってきて、汚れた裏の家庭科室の清掃を始める。逃避にも似た行動だったが、永年繰り返した動作を体がなぞる以上の意味は、そこにはなかった。




 ◆◇◆◇◆




 保健室のベッドの上で膝を抱えて、私は思い出したことを整理する。


 まず、私がここに来た理由。それは、私がなくしたものを探すため。

 一年前の祭の日、私がなくしたその『なくしもの』が稔だったということは、間違いない。


 だが、肝心の祭の日に何があったのかはさっぱり思い出せなかった。


「そうだ、さっきの夢」


 私は、さっき私が見ていた夢を思い出した。

 あれは朽名祭の数日前のことだったと思う。部屋で小説を読んでいたら、稔が私を祭に誘ったのだったと思う。

 だが、どうにも釈然としない。もやもやとした感覚が、胸にわだかまっている。


 稔は、そもそも私とお祭りに行くような性格だっただろうか。

 むしろそういうのは嫌がるタイプだったような……。


「っ、!」


 頭が割れそうに痛む。まだ全てを思い出せたわけではないらしい。


 祭は確か……例年なら、颯太と行っていたと思う。稔とは違って、颯太はそういう催し事に私をよく誘ってきた。

 ……颯太なら、なにか知っているかもしれない。


 身じろぎすると、ベッドの上でかさりと小さな音がした。数枚のコピー用紙と灰色をした厚紙の表紙の本が、シーツの上に几帳面に重ねられていた。

 家庭科室に持って行ったはずの資料だ。


 首の痣にそっと触れる。

 なぜ私は保健室にいるのか。誰が私と日記をここまで運んだのか。


 考えるとなんともいえない寒気がして、私は日記と文集のコピーを、ベッドの下に押し込んだ。


「……何、してるのよ?」


 唐突に声が聞こえて振り向くと、アリスが机の上で目をこすっていた。表と裏の切り替わり時間が来て、目覚めたのだろう。


「おはよう、アリス」

「おはよう……」


 アリスは私を視界に収めると、青い目をぎょっとしたように見開いた。続く大音量。


「なによそれ!?」

「え?」

「それよそれ、その首の痣!」


 アリスは机から飛び降りて、引き出しから包帯を引っ張り出しながらこちらを見上げた。


「ぼさっとしてないで、来なさいよね。バカじゃないの?」


 私はアリスの勢いに気圧されつつも立ち上がり、机についた。


 アリスが包帯とハサミを持って戻って来たので、抱え上げて机に載せる。が、それはいらない配慮だったようだ。

 アリスの体が私の首まで浮き上がり、包帯を巻き始めた。


 ビスクドールの空中浮遊。

 普通なら驚くところだ。だが完全に毒されつつある私は、映画とかで人形が浮くシーンって意外とあるよね、なんて思いながらぼんやりとアリスを見ていた。


 そもそも痣くらいで包帯は、やりすぎのような気がして、そちらの方が気になった。


「ねえ、そこまでしなくても。ただの痣だし」


 アリスはぎろりと私を見上げた。


「女の子がこんな痕を見せていいわけないわ」

「ほとんどの人は私が見えないし良いんじゃ……」

「…………」


 アリスは黙々と包帯を巻き、最後にハサミで端を切って折り込んだ。


「……別に、あんたの心配なんてしてないんだから」


 ぼそりと呟かれた言葉で、アリスが私の怪我を気にしていてくれたとわかった。

 アリスはもう道具を片付にかかっていた。


「ありがとう」


 アリスの小さい背中にそっとお礼を言うと、アリスの動作が一瞬だけ止まって、また動き始める。

 若干ぎこちない動作で。


 なんだか微笑ましくて私は笑いそうになったが、稔のことを思い出し、すぐに暗い気分に戻る。

 灼けつくような焦燥が、頭の隅で(くすぶ)っている。


「どうしたのよ、ひどい顔よ?」


 アリスが机の上から、私の顔を心配そうに見上げていた。


「何でもないよ」

「……そう」


 そっけなく答えたのは自分のくせに、悲しげなアリスの様子に自己嫌悪に陥る。だが、これは私の問題だ。アリスを巻き込みたくはなかった。

 一刻も早く、私は稔を見つけないといけない。


 記憶が断片的に眼下でちらついて、小さな真実の像を結んだ。自分でも無意識のうちに、思考が次の言葉を形作る。


 ──悪いのは全部、私だから。





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