交換条件
とてもわかりにくく申し訳ないとは思いますが、先週(4/28)は更新し忘れとかではなくて、次話投稿を使わずに編集でアップしていたんです。
理由は字数の関係です。……うぅ、相変わらず字数調整苦手ですみません(泣)。
未読の方は、図書室の忘れ物2から読んでくださると嬉しいです。◆◇◆◇◆マークから下が追加分になります。
11月。空気は冷たさを増し、秋も終わりに近付いてきた。窓から見える木も、葉がだいぶ落ちてしまっていて、なんだか寂しい。
私は今、二つの怪談、70年前の『終わらない製薬実験』と、現在の『黄泉の家庭科室』について調べている。日中は校舎内を歩き回り生徒たちの噂話を集め、日が落ちればアリスと日誌を読み返したり、情報の整理をする毎日だ。
今日は日曜日。保健室で、机に座って日誌を読んでいた。
進展は実のところ、あまりない。
やはり、鶫君に直接あたった方が良いのだとは思う。
だけど、彼のあの様子は尋常ではなかった。
あの変容が恐ろしかった。
……鶫君のどこかが壊れてしまうような危うさを感じたのだ。
鶫君に会えば、決めなくてはならないだろう。彼を『有効活用』するのか、しないのか。
鶫君を探しもののために、使い潰す覚悟をするのかを。
もっと、割り切って。
もっと、冷徹に。
鶫君を手掛かりの一つとして見ることができれば、この躊躇いは消えるのに。
心のどこかがまだ痛んで、私はそれができないでいる。
小さくため息をつき、日誌を閉じた。
不意に、保健室の扉が音を立てた。少し驚きながら、扉に目をやる。
日曜日の昼間は保健教諭もお休みのはずだけれど、誰か来たのだろうか。部活はやっているところもあるから、怪我人かもしれない。
しかし、その予想はあえなく裏切られる。
しばらくして開いた扉から入ってきたのは、颯太だった。
颯太は爽やかな笑顔で保健室に足を踏み入れると、軽く片手を上げた。
「久しぶりだな、姉さん」
「あ……久しぶり、颯太。…………。……っ!?」
つい普通に応えてから、それが普通などではなくて異常なのだと遅れて認識する。
どうして颯太に私が見えてるの? 裏側にいる私の姿は、表側にいる颯太に見えないはずなのに。
「ははっ、驚いたか?」
私の驚きを見越したように、颯太は彼の持つ鞄を示した。
「笹野に、姉さんと接触する方法がないか訊いてみたんだ。そしたら笹野神社のお守りを勧められてな。……1個1万円って言われたときは、確実にぼってると思ったが」
「1個1万円……高いね。買う人いるの?」
「笹野が言うには、売れ筋らしいぜ」
1個1万円が売れ筋……? その値段でも良いから買いたいという人がいるというのか。笹野神社、恐るべし。
……いやいや、そうではなくて。
逸れた話題を慌てて元に戻す。
「でも、なんでここに入れたの? 保健室って薬品も置いてるから、鍵かかってるはずだよね」
「それはまあ、これのおかげだな」
颯太は制服のポケットに手を突っ込むと、鍵を取り出した。
「まさか、ここの……?」
「ああ。前に預かったとき、こっそり合鍵をな」
目線に非難を含ませると、露骨に悲しそうな顔をされる。
「姉さん、そんな怖い顔しないでくれよ。俺は顔が広いから、怪我した生徒が出たときなんかにこれがあった方が都合がいいんだ」
「でも……」
「俺が悪用なんかするはずないだろ?」
「言われてみると……そう、かなぁ?」
颯太がそんなことをするとは思ってないけれど、それでも生徒が勝手に合鍵を作るのは……よくないような。
颯太はとても爽やかな笑顔で繰り返す。
「俺が悪用なんかするはずないだろ?」
「まあ……そうだよね」
颯太の清々しい言いように言いくるめられた感はあるものの、私はひとまず頷いた。
「それで。どうしたの、颯太」
「姉さん最近、何か探してるんだろ? だけど、何を探してるかはわからないんじゃねえのか?」
「……っ!」
「当たりみたいだな」
颯太は冷静に、かつ正確に私の顔色を読んだ。右手を鍵ごと学ランのポケットに入れて、何でもないことのように言い放つ。
「俺、姉さんの探し物の手掛かり、知ってるぜ」
「本当に……?」
本当に、知っているのだろうか。
それ以前に、どうして私もわからないことを、颯太が。
「俺が姉さんに嘘をついたこと、あるか?」
「…………」
私は颯太がまだ小さい頃から一緒にいた。10年以上にもなる付き合いの中で颯太が私に嘘をついたことは、一度もない。
……もっとも、嘘ではなくても本当とも言えないラインのことや、知っていても教えてくれないことはあったけれど。
「……わかった。信じるよ。それで、どんな手がかり?」
「ただで教えるつもりはない」
颯太は間髪いれずに答えた。
「ただじゃダメってことは、タダじゃなければ教えてくれるんだね」
「ああ。交換条件といかないか?」
「どんな条件?」
「一日、俺と付き合ってくれ」
「付き合うって、買い物とか? でも私、学校から出られないよ」
颯太は鞄を肩に背負い直した。そして、軽く肩をすくめる。
「知ってるさ。だから、七不思議巡りとでも洒落込んだらどうかと思ったんだ」
七不思議巡り……。危険ではあるけれど、ほとんどの怪談は一人でいるところを襲われるというのが多い。颯太と二人なら、まだ安心かもしれない。
付き合ってほしいなんて言いながら、結局は私を手伝ってくれるような提案。それは魅力的ではある。だけど。
七不思議巡りというと、文字通り七不思議になっている場所を歩き回るのだろう。……もちろん、家庭科室も。
鶫君には、まだ会いたくなかった。まだ答えを出したくなかった。
……私が調べているのは、今は七不思議ではない。『黄泉の家庭科室』と『終わらない製薬実験』だ。
「ねえ颯太。だったら、これを調べてみない?」
私は閉じていた日誌を颯太に渡すと、『49日目の日記』を語った。そして、『黄泉の家庭科室』と『終わらない製薬実験』が、不自然なほど似ているのだと。
颯太は私の話を聞きながら、ぱらぱらとページをめくって目を通す。
「……なるほどな。なら、70年前の七不思議を探ってみるか。生徒は知らなくても教師は何か知ってるかもしれない」
日誌が颯太から返される。
急な私の提案を怪しむ様子もない颯太に確かな安堵を感じた。
颯太をこんなことに巻き込みたくないし、何よりこれは私の問題だ。
……そう、私だけの。
そのことに微かな、独占欲にも似た暗い愉悦が染み出てくる。苦しいような、寂しいような。それでもどこか──
「まずは職員室だな。姉さん、今からで予定は大丈夫か?」
──胸を掻き毟られるように狂おしい、不安定な情動。
「……うん」
背を向けた颯太に、今の私の表情はきっと見えていない。
私は一度目を閉じて、歪んだ表情を元に戻してから颯太の後を追う。手に持った、紙質の悪い日誌の表紙が、ざらりと指に触った。




