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朽名奇譚  作者: いちい
#4 黄泉の家庭科室
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図書室の忘れ物1

 




 図書室に来るのは久しぶりだ。最後に来たのは高校三年の夏だっただろうか。

 相変わらず凄まじい蔵書数に圧倒される思いで、室内を見回す。


 入口近くのカウンター以外はほぼ壁の全面が本棚で覆われている。書架は、天井まで届く高さだ。

 もちろん壁以外にも、それよりは幾分か低い書棚が十ほども列をなして連なる。

 これを全部読もうとしたら、在学期間を使い切ってしまいそうだ。いや、それでも足りないくらいかもしれない。


 私は一番近くの、壁に沿って置かれた本棚に近付いた。

 上から順番に、タイトルを斜め読みしていく。


 Mさんによると、ここの怪談はとても古くて、今ではもうほとんど忘れられているらしい。だから見つけられるかはわからないと付け加えられた。


 でも、そうじゃなくても手がかりを見つけるのは難しいだろう。


 私が探しているのは、日誌だ。

 この本の海からたった一冊の日誌を探し出すなんて、無謀だとしか思えない。けれど、噂が本当ならかなり役に立つはず。


 くじけそうになる意志を叱咤(しった)して、本を一冊一冊確認していく。


 タイトルを見て、怪しい本を手にとってはページをぱらぱらめくって、また棚に返す。機械的な、作業じみた繰り返し。


 壁沿いに図書室を一周するけれど、それらしいものは見つからない。

 噂は噂ということだったのだろうか。


 日誌なら装丁もサイズもここの本とは違うはずだし、目立つと思ったんだけど。


 まあ、まだ時間はある。壁際以外にも本棚はあるし、もしかしたら本棚ではなくて別の場所に隠してあるのかもしれない。


 私はめげることなく、列をなして並ぶ本棚へと果敢に向かっていった。


 そうして七列目。

 本を眺めながら歩いていくと、急に何かに足を取られた。

 躓き、カーペットの上に転んでしまう。


「いったぁ……」


 うつ伏せに転がっていると、本棚の一番下の段が目に入った。『各地の宗教とその生活への影響』、『明治期の人々の暮らし』など、文化系の本が続く。そんな中、書架の下、指三本ほどの隙間に、一冊の本が捻じ込まれていた。


 いかにも曰く付きといった空気。少なくとも、偶然入ってしまうような場所ではない。

 指でひっかけて、埃まみれのそれを取り出す。


『第三期生徒会日誌』。

 そう書かれた本は、厚紙の表紙の中へ所定のプリントを綴じ込むタイプのようだ。


 そして、そのぼろけた灰色の背表紙には……血としか思えない指紋がべったりと残っていた。


「……!?」


 せっかく掴んだ本を、取り落としてしまう。


 よく観察すると、血の跡は完全に乾いて、赤茶色に変色している。付着してからかなり時間が経っているようだ。


 体を起こして、震える指で、それを拾い上げた。


 本には背表紙だけでなく、裏表紙にもうっすらと血手形がついている。無事なのは表紙だけだ。


 早く中を見たい気もしたけれど、あまりにも不吉な有様のこれをここで開く勇気はない。

 周囲を見回すけれど、辺りには誰もいない。


 第三紀生徒会'日誌'。噂の日誌はこれで間違いないと思う。と言うか、こんな怪しげな日誌がそう何冊も転がっていたら嫌すぎる。


 これの49日目のページを読むと殺されるというのを思い出し、身震いする。


 ひとまず、それを抱え立ち上がった。


 そういえば、日誌に気を取られて忘れていたけれど、私が躓いたのは何だったのだろう。振り向くと、書架の前に木製の踏み台が置きっ放しになっていた。


 私はあまり使った記憶がないけれど、図書室の本棚は高いから、こういう踏み台や脚立はいくつか備え付けられている。


 誰かが使ったあと放置したのだろう。


 私が踏み台から目を上げたその時。

 図書室の空気が揺らいだ。

 一瞬にして本棚が宙に浮かび、窓の外は黒く変色する。まるで重力がなくなってしまったかのような、非現実的な様相。


 裏側が表を押しのけたのだと、遅れて気付く。


「時間になっちゃったのかな」


 腕時計を見ると、18時を少し過ぎていた。

 このまま戻っても良いけど、せっかく裏側にいるんだし、この状態の図書室で手がかりを探してみたい気もする。

 だけど……。


 不気味な本に目を落とす。


 こんな怪しいものを持ったままうろつく勇気は、さすがにない。

 ここを探すのは諦めることにしよう。


 本を抱え直すと、私は保健室へとひきあげていった。




◆◇◆◇◆




「見るからに怪しいわよね」


 私が持ってきた日誌を見て、アリスが言った感想はその一言だった。


「だよねー……」


 机の上に置いた日誌を、アリスと二人して覗き込む。

 一人で読むのは無謀すぎると思い、保健室へと持ち帰ると、アリスに相談してみたのだ。


 アリスは机の上に座り込んで、しげしげと第三期生徒会日誌を見ている。


「49日目の日誌っていう噂は聞いたことあるわ。昔ちょっとだけ流行ったのよ。でも、実物を見るのはこれが初めて。これ……血の跡よね」


「……そうだと思う。とりあえず開くね」


 不気味な日誌の、灰色の表紙をめくる。

 最初のページは書き手がつけた記録みたいなもので、簡単な経緯などが書いてあった。


「『私は第三期生徒会会長である。本日誌は私が個人的に活動を記すためのものであり、後の生徒たちに真実が託されんことを願う』。……へえ、噂の死んだ生徒って、生徒会長だったんだ」


「意外ね。第三期って言ったら70年くらい前よ。戦後で物も不足がちだったのに、ちゃんと日誌をつけるなんて」


 物も不足がちだったとはまた、見てきたような発言だ。


「アリスってやっぱり、その時代にも生きてたの?」


 アリスは頬を膨らませてそっぽを向いた。


「レ、レディに年齢をきくものじゃないわよ! あたしは誰が何を言おうと、永遠の10代(ティーンエイジャー)なの! ……確かに、その時代にもう作られてたけど」


 えいえん の ティーンエイジャー……?

 まじまじとアリスを凝視してしまう。

 っていや、そうじゃない。重要なのは、その時代にもう作られていたということだ。


「じゃあ七不思議のこととかも知ってるの?」


 アリスに訊いてわかるなら、わざわざこんな不吉なものを読まずにすむ。けれど、アリスは首を振った。


「いいえ。あたしがここに来たのはもっと後よ。そのころは……よく覚えてないわ。多分、どこかの(くら)に押し込まれてたんじゃないかしら」


 蔵……? どうしてそんなところに。


「もったいないね。綺麗なんだから、飾っておけば良いのに」


 アリスは丁寧に整えられた金色の髪の毛を、寂しそうにつまんだ。


「……あたしの青い目と金色の髪は、敵国の人間の色だったわ。だから、青い目の人形は焼かれてしまうことが多かったのよ。捨てることも燃やすこともなく匿ってくれたのは、感謝しているわ」


 人形の瞳は伏せられていて、色を窺うことはできない。

 だが、私はもう彼女の目の色を知っている。


「私はアリスの髪の色も目の色も、好きだよ。綺麗だから」


 アリスは髪を弄るのをやめ、私を見た。おそらく、私の茶色い瞳を。


「……ありがとう」


 聞き取れるかどうかというぎりぎりの音量で、アリスは礼を言った。だが、はっとしたように手に口を当て、すぐに顔を背けてしまう。


「いっ、今のはなんでもないわ! 別に嬉しくなんてないんだからね!」


 彼女の頬が赤くなっているのに気づかないふりをしてあげながら、私は日誌のページをめくる。

 口元が緩んでしまったのは、日誌に目を落として隠した。






2014.4.28 図書室の忘れ物2の前半部分をこちらに組み込みました。



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