Maの十三階段
日々の気温の変化に秋の深まりを感じる、10月のある日のこと。
私が校舎の中を散歩していると、前方の階段下に何か光るものが見えた。
誰かの落し物?
まさか、財布とか……?
よく見ようと一歩それに近づくが、すぐに私は踵を返すこととなった。
転がっていたのは、財布どころか小銭でもない。むしろそれ以下の存在。
豪奢な金髪の少女がこちらをちらちら気にしながら、荒い吐息で何かを待っていた。何を待っていたかは何となく察せられるのだが、考えたくもない。
ヤツは私を待っているのだ。まるで蛸壺のごとく。
「お待ちなさい!」
声が聞こえ、鳥肌が瞬時に体を覆っていく。
どうしてあの女の子に会っちゃうかな!? ……やっぱりダメだ。逃げよう。
走る態勢を整えた時のことだった。
「もしも貴女がわたくしに加虐してくだされば、見返りに情報を差し上げましてよ」
「情報?」
振り向くと、彼女は上半身を床から起こして、理性的な瞳で私を見ていた。
「貴女が早朝、長い布袋を背負った女子生徒と話しているところは階段の影から見させていただきましたわ。残念ながら去年の祭の日の情報は持ち合わせておりませんけれど、わたくしもここが長くなりますの。多少の知識はありましてよ」
「それは、確かに気になるけど」
彼女は高飛車に、だが人を惹きつける微笑を浮かべて、豊かな金髪を掻き上げた。
「タダで虐げろと言ってはおりませんわ。貴女はただ情報の見返りとして、わたくしを蹴れば良くってよ。破格の条件ではないこと?」
どうしてそこまで蹴られることに情熱を傾けられるのか。
その執念は感動的ですらある。対象が私でなければ、だが。
「どうしてそこまでして蹴られたいの?」
「貴女が理想的だから。それ以外の理由が必要でして?」
「げっ。……好みのタイプってこと?」
ドMの上に女好きというのは来るところまで来ている。
幸いにも彼女は否定した。
「いいえ。誤解しないで欲しいのですけれど。わたくしは貴女に特別な感情はございませんわ。ああもちろん、特別貴女に蹴られたくはありましてよ?」
その時点でノーセンキューです。
「わたくしは、美しい人に蹴られたい。純粋にそう願っているだけですわ」
どこが純粋なのか気になるが、ヤブヘビになりそうなので口は閉ざしておく。
「貴女のように美しく、また完璧な蹴りを繰り出せる方などそういなくってよ。あれは最早、天賦の才……!」
話しているうちに興奮してきたらしく、彼女の頬が紅潮していく。完全に、自分の世界に入っているようだ。
もはや呆れてため息をつくことしか、私にはできない。
「分かったよ。あんたを蹴れば情報をくれるんだよね?」
「ええ。一度美しく蹴られるたび、一つ情報を差し上げましてよ。そういえば、以前の加虐の代償を払っておりませんでしたわね。何か尋ねたいことはあって?」
「じゃあ、学園七不思議について何か知ってる? えっと……」
この前、なんて名乗ってたんだっけ……そうだ、魔の十三階段さん。……長いな。とりあえずMさんって呼ぼう。色んな意味でMだから。
「……Mさん」
「M……っく。今度は言葉責めだとでも……!? 計り知れませんわね。良くってよ」
そこはかとなく嬉しそうなMさん。
私のつけた呼称が、おかしなツボにはまってしまったらしい。もう勝手にすれば良いと思う。
熱っぽい瞳のまま、Mさんは思案げに白い人差し指を顎に添わせた。
「さて、それで七不思議についででしたわよね。存じ上げておりますわよ」
「ホントに!?」
「嘘などといった美しくないもの、わたくしつきませんわ。けれど、貴女は七不思議の何を知りたいんですの?」
「何をって言われても……そうだね」
改めて訊かれると、困ってしまう。
Mさんはそんな私を見て、にやりと微笑んだ。
「ふふふっ。具体的には未定ということのようですわね。でしたら、『49日目の日誌』を探したらいかがでして?」
「日誌?」
「図書室は存じておられて? あそこに一つ、有用そうな怪談がございましてよ。それが『四十九日目の日誌』という話なのですわ」
Mさんは一度言葉を切って私の反応を窺ってから、再び楽しげな声色で続ける。
「かつてこの学校に、学園七不思議を調査した生徒がいたそうですわ。けれど、真実に近付きすぎたゆえに殺されたと聞いております。図書館にその生徒が隠した日誌が、『49日目の日誌』」
図書室の蔵書は半端じゃないから、一冊くらい日誌が混じっていても誰も気付かないとは思う、けど……。
「確かに日誌が見つかればかなり役立つと思うけど、それのどこが怪談なの?」
「日誌は四十九日目まで続き、最後の一ページをめくってしまうと……殺されるのだとも、わたくしは聞いておりますわ」
Mさんは、静かに笑みを深めた。




