学園祭3
年に一度のお祭り騒ぎを堪能した私たちは、歩き疲れて家庭科室へと戻って来ていた。
学園祭の終了時間までは、あと30分ほど残っている。私はまだまだ大丈夫なのだけれど、インドア派の鶫君には少々辛かったらしい。
調理台を挟んで向かい合う鶫君は、ぼんやりと家庭科室の窓から中庭の方を眺めていた。
「ごめんね、秊ちゃん」
鶫君は私を見ると、出し抜けに謝った。
「え?」
「最後まで学園祭、回れなくて。まだ見てないところもあったよね。ボクが途中で疲れちゃったから」
「そんなこと気にしないで。私は鶫君と一緒に学園祭を見られて、嬉しかったよ。それとも鶫君は物足りなかった? 最後の花火もまだだし」
彼は首を振った。
「そんなことないよ。ボクは、いつもはほとんどここから出ないんだ。だから、学園祭といっても調理部の手伝いをするくらいだった。今年はそれはできなかったけど、キミがいてくれただけで楽しかったんだよ。誰かが一緒にいてくれるだけで……」
どこか寂しそうに、鶫君は言った。
そして、そんな空気を払拭するように笑うと、彼は窓の外を指差した。
「それにほら、見て。花火ならここからでも見えるよ」
鶫君の指差す方を目で追うと、ちょうど大輪の、黄色い花火が蒲公英みたいに空に咲き誇っていた。
「ここからも見えるんだ……。すごく綺麗」
「学園祭の最後にこんなところに来る人はいないから、穴場なんだよ。……キミが喜んでくれるなら、ボクも嬉しいな」
どこか悲しげな鶫君の微笑を、花火の光が断続的に照らす。花火の爆ぜる音が聞こえた。
静かな時間が、家庭科室に満ちる。
今なら、以前から気になっていたことに答えてもらえるかもしれない。
私は口を開きかけては閉じ、というのをしばらく繰り返し、何度目かでようやく鶫君に尋ねる。
「……ねえ。どうして鶫君は、他人にお菓子を食べさせたがるの?」
鶫君の目が、私をまっすぐ映した。それは、微かな困惑に揺れていた。
「食べさせたがっている……」
「そうだよ。いつも勧めてるよね。鶫君が自分で食べてるのも時々見かけるけど」
「寂しいから」
「寂しい、から?」
「そうだよ。ボクは、寂しいからお菓子を配る。一人ぼっちは寂しくて、怖いんだ」
意味がよくわからない。支離滅裂に聞こえる。
寂しいこととお菓子を配ることの間に、どんな関係があるというんだろう。
でも。
これはきっと、鶫君にとっては大切なことで。
意味あることなんだというのは、分かる。
鶫君は、困惑を顔全体に広げ、心細そうに呟く。
「だけど、ボクにはわからない。お菓子をあげないと、ボクが好きな子は一緒にいてくれないんだと思ってた。それなのに、まるでキミは違うみたいに見えるんだ」
「えっと……少なくとも私は、お菓子を貰わなくても一緒にいるよ? ……まあ、一年だけだけど」
「キミは、逃げないの?」
「逃げたりはしないよ」
もう一度、祭りの日が巡って来るまでは。
その一言は、深く呑み込む。
鶫君は淡い笑みを浮かべた。ゆっくりと、まだ打ち上げられている花火へと手を伸ばす。
「何をやってるの?」
「こうして手を伸ばすと、花火を捕まえられるような気がしない?」
花火は普通、捕まえられないけど……。なんだかここで否定するのは、もったいない気がした。
是でも否でもなく、曖昧にぼかす。
「……捕まえられたら良いよね、何か楽しくて」
「そうだよね」
鶫君は手を胸の前に持ってくると、握った掌を開いた。当然、そこには何もない。
鶫君は、重みを感じさせない微笑みを浮かべていた。まるでそれは、砂糖菓子みたいだ。
脆くて繊細で、真っ白。すぐに溶けて消えてしまう、儚いお菓子。
それでも、極上に甘い。
ふわりとしているけれど、刹那的だけれど、そこには確かに蕩けるような幸せが潜んでいる。
鶫君は何も掴めない掌を見つめて、呟いた。
「だけどボクは、手を伸ばさずにはいられないんだ……」
鶫君……。
とても寂しそうで、どうにかしてあげたいと思った。空っぽの手なんか、見て欲しくなかった。
だけど、私にはどうしたら良いのか、どうしたいのかわからない。
花火ではなく、ただ寂しそうな鶫君ばかり見てしまう。
花火は、まだ終わらない。
火薬の爆ぜる音が聞こえている。
家庭科室までその光は届き、断続的に、鶫君を色とりどりの明かりが照らしている。
赤色。
青色。
橙色。
大輪の火花が、音を立てて命を燃やしている。
鶫君が再び握った手に、僅かに力が込められた。
彼の目が、窓の外へと目を向けられる。
私も何気なく、初めから花火しか見ていなかったという風に、急いで窓の方に向き直る。
乾いた破裂音を残して、最後の花火が深い色の空に呑み込まれていった。




