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朽名奇譚  作者: いちい
#4 黄泉の家庭科室
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学園祭3

 




 年に一度のお祭り騒ぎを堪能した私たちは、歩き疲れて家庭科室へと戻って来ていた。


 学園祭の終了時間までは、あと30分ほど残っている。私はまだまだ大丈夫なのだけれど、インドア派の鶫君には少々辛かったらしい。


 調理台を挟んで向かい合う鶫君は、ぼんやりと家庭科室の窓から中庭の方を眺めていた。


「ごめんね、(みのり)ちゃん」


 鶫君は私を見ると、出し抜けに謝った。


「え?」


「最後まで学園祭、回れなくて。まだ見てないところもあったよね。ボクが途中で疲れちゃったから」


「そんなこと気にしないで。私は鶫君と一緒に学園祭を見られて、嬉しかったよ。それとも鶫君は物足りなかった? 最後の花火もまだだし」


 彼は首を振った。


「そんなことないよ。ボクは、いつもはほとんどここから出ないんだ。だから、学園祭といっても調理部の手伝いをするくらいだった。今年はそれはできなかったけど、キミがいてくれただけで楽しかったんだよ。誰かが一緒にいてくれるだけで……」


 どこか寂しそうに、鶫君は言った。

 そして、そんな空気を払拭するように笑うと、彼は窓の外を指差した。


「それにほら、見て。花火ならここからでも見えるよ」


 鶫君の指差す方を目で追うと、ちょうど大輪の、黄色い花火が蒲公英(たんぽぽ)みたいに空に咲き誇っていた。


「ここからも見えるんだ……。すごく綺麗」


「学園祭の最後にこんなところに来る人はいないから、穴場なんだよ。……キミが喜んでくれるなら、ボクも嬉しいな」


 どこか悲しげな鶫君の微笑を、花火の光が断続的に照らす。花火の爆ぜる音が聞こえた。


 静かな時間が、家庭科室に満ちる。


 今なら、以前から気になっていたことに答えてもらえるかもしれない。

 私は口を開きかけては閉じ、というのをしばらく繰り返し、何度目かでようやく鶫君に尋ねる。


「……ねえ。どうして鶫君は、他人(ひと)にお菓子を食べさせたがるの?」


 鶫君の目が、私をまっすぐ映した。それは、微かな困惑に揺れていた。


「食べさせたがっている……」


「そうだよ。いつも勧めてるよね。鶫君が自分で食べてるのも時々見かけるけど」


「寂しいから」


「寂しい、から?」


「そうだよ。ボクは、寂しいからお菓子を配る。一人ぼっちは寂しくて、怖いんだ」


 意味がよくわからない。支離滅裂に聞こえる。

 寂しいこととお菓子を配ることの間に、どんな関係があるというんだろう。


 でも。

 これはきっと、鶫君にとっては大切なことで。

 意味あることなんだというのは、分かる。


 鶫君は、困惑を顔全体に広げ、心細そうに呟く。


「だけど、ボクにはわからない。お菓子をあげないと、ボクが好きな子は一緒にいてくれないんだと思ってた。それなのに、まるでキミは違うみたいに見えるんだ」


「えっと……少なくとも私は、お菓子を貰わなくても一緒にいるよ? ……まあ、一年だけだけど」


「キミは、逃げないの?」


「逃げたりはしないよ」


 もう一度、祭りの日が巡って来るまでは。

 その一言は、深く呑み込む。


 鶫君は淡い笑みを浮かべた。ゆっくりと、まだ打ち上げられている花火へと手を伸ばす。


「何をやってるの?」


「こうして手を伸ばすと、花火を捕まえられるような気がしない?」


 花火は普通、捕まえられないけど……。なんだかここで否定するのは、もったいない気がした。

 是でも否でもなく、曖昧にぼかす。


「……捕まえられたら良いよね、何か楽しくて」


「そうだよね」


 鶫君は手を胸の前に持ってくると、握った掌を開いた。当然、そこには何もない。


 鶫君は、重みを感じさせない微笑みを浮かべていた。まるでそれは、砂糖菓子みたいだ。

 脆くて繊細で、真っ白。すぐに溶けて消えてしまう、儚いお菓子。

 それでも、極上に甘い。

 ふわりとしているけれど、刹那的だけれど、そこには確かに蕩けるような幸せが潜んでいる。


 鶫君は何も掴めない掌を見つめて、呟いた。


「だけどボクは、手を伸ばさずにはいられないんだ……」


 鶫君……。


 とても寂しそうで、どうにかしてあげたいと思った。空っぽの手なんか、見て欲しくなかった。


 だけど、私にはどうしたら良いのか、どうしたいのかわからない。


 花火ではなく、ただ寂しそうな鶫君ばかり見てしまう。


 花火は、まだ終わらない。

 火薬の爆ぜる音が聞こえている。


 家庭科室までその光は届き、断続的に、鶫君を色とりどりの明かりが照らしている。


 赤色。

 青色。

 橙色。


 大輪の火花が、音を立てて命を燃やしている。


 鶫君が再び握った手に、僅かに力が込められた。

 彼の目が、窓の外へと目を向けられる。


 私も何気なく、初めから花火しか見ていなかったという風に、急いで窓の方に向き直る。


 乾いた破裂音を残して、最後の花火が深い色の空に呑み込まれていった。





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