学園祭1
77話あとがきの件ですが、ダークファンタジーは却下で、現状維持でいこうと思います。
コメント等をくださった方、ありがとうございました!
学園祭当日。約束通り10時に家庭科室に向かうと、鶫君は待ち遠しそうに椅子に座って待っていた。
「ごめんね、待たせちゃった?」
私が尋ねると、鶫君は笑顔で首を振った。
「そんなことないよ。それより、もう行く場所は決まってる?」
「だいたいはね。焼きうどんの屋台には行きたいんだけど、後は決まってないよ」
「なら、まずはそこだね。ああ、その前に」
鶫君は腰を上げると、私の真正面に立った。
何がしたいんだろう。
不思議に思いながら彼を観察する。
彼は右手の人差し指をまっすぐに伸ばし、それを私の額に当てると、うんうん唸り始めた。
鶫君まで奇行に侵食されてる!?
物理的距離が近いだけに、代わりに心の距離を充分離す。
十秒ほどそうしていただろうか。鶫君は満足げに微笑んだ。
「うん。これで、今日一日くらいなら表側の人にも姿が見えるようになったはずだよ」
「えっ、そんなことできるの?」
ただの奇行じゃなかったんだ……。
安心したような、ばつが悪いような、複雑な気分だ。
鶫君は素晴らしく心に痛い、イノセントな笑顔で答えてくれる。
「できるよ。ちょっと疲れちゃうから、そんなにいつもできることじゃないんだけどね。そろそろ行こうか」
「うん。ありがとう……」
焼きうどん屋台に行って颯太の働きぶりを見ようとは思っていたものの、直接話したりするのは諦めていた。だが、これなら大丈夫そうだ。
私の学園祭は、ありがたさといたたまれなさが絶妙にミックスされた心持ちで幕を開けたのだった。
学園祭では、各部活の有志で出店を出したり、クラスごとに展示をしたりする。例年なかなかの賑わいを見せるのだが、困ったことにどの部活がどこで活動しているのかは、クジ引きで決めているのだ。
そのため、私には野球部がどこで焼きうどんを売っているのか分からない。
屋台系は私の記憶だと、確かグラウンドか中庭だったはずだ。中庭は人気があるけれど狭い。
順当に考えれば、グラウンドの方が確率は高いことになるだろう。
そう考えた私が鶫君と連れ立って、人でごった返しているグラウンドへと足を運んだ時のことだった。
正面玄関を出たところで、誰かと肩がぶつかってしまう。
「あっ、すいません」
ここ最近は人にぶつかってもすり抜けてしまうだけだったから、油断していた。
久しぶりの人との接触に驚きながら、謝罪したのだが……。
ぶつかった相手が悪かった。
「あァ? てめェなに舐めたマネしやがるんだァ……?」
ガラの悪い声をあげて私を振り返ったのは、制服をだらしなく着崩し、ピアスをいくつもつけた金髪の不良だった。
しかも、その不良の胸元に見えるのは、このあたりでは有名な不良チーム、嗟嘆蘇愛琉の紋章。
「ごっ、ごめんなさい!!」
慌てて丁寧に、腰を折る。
チーム嗟嘆蘇愛琉。中二病で頭が侵されているんじゃないかという名前だが、馬鹿にしてはいけない。
地域密着型で、わりと古くからある不良集団なのだ。
タチが悪いことで名を馳せている。
たっぷりと間をとってから頭を上げると、金髪の不良とバッチリ目が合った。
彼はどういうつもりか、私の顔を見ると眉間に皺を寄せて、何かを思い出すような顔をする。ややあって、彼の口が開いた。
「オイ待て。あんたまさか……」
だが、金髪の不良が何かを言い終えるよりも、連れらしき別の不良が、私の腕を力任せに掴んで怒鳴る方が速かった。
「痛っ」
「てめえ天宮さんにぶつかっといて何スカしてやがんだ!?」
ぶつかってしまった金髪の不良……天宮と言うのだろうか。彼とは違って、この不良は完全に頭に血が上っているようだ。
容赦という言葉は頭にないと確信できるほどの力で、右腕が締め付けられる。
不良が逆の腕で、拳を作って振り上げるのが見える。
私はぎゅっと目を……瞑ったりはしない。衝撃に備えて歯を食いしばりながら、こっそりと左足を後ろに下げて反動をつけた。
ちゃんと謝ったのに、タダで殴られてなんかやらない。代わりにとっておきの膝蹴りをお見舞いしてやる。
いつもならこんな無謀なまねはできないけれど、今の私は裏側の存在だ。嗟嘆蘇愛琉から恨みを買おうが、普段は表側の人間には知覚できないのだから、報復を恐れる必要がない。少しくらい仕返しをしてやっても問題ないだろう。
しかし私の思いをよそに、不良の拳が私に届くことはなかった。
「うっ!」
激昂していた不良が苦悶の声を発し、頭を押さえながらよろめいた。私の腕が、不良の手から解放される。
不良の頭上に目をやると、そこには私がぶつかってしまった、天宮と呼ばれた不良の拳骨が落とされていた。
天宮が、頭を押さえている不良に無表情で告げる。
「オレはこの子と話してただろォ? なァに邪魔してくれちゃってるワケ」
だが、私はそれどころではない。
「えっ、ちょっと……!」
腕は解放されても、私の膝はすぐには止まらない。勢いのままに、私の膝蹴りが不良の鳩尾にきまった。
「……げほっ!?」
不良は苦しげな声をあげると、校庭の土の上に腹を抱えてうずくまってしまった。
「へェ」
天宮が感心したように呟き、興味深いと言わんばかりに私を見る。
まずい。これは、非常によろしくない展開だ。
つっ、鶫君。そうだ、鶫君は……!?
鶫君にどうにかしてもらえないかと彼の姿を探すと、遠くの方で、りんご飴を売り子の女の子にもらっているのが見えた。
ダメ、当てになりそうにない……!
脳内で瞬時に下される決断。
私は身を翻し、天宮から逃げるため、一目散に駆け出した。
鶫君はかなり離れているから、巻き込まれることもないだろう。後で天宮を撒いたら合流すれば良い。
校舎にはまだたくさんの人がいて、進みづらそうだ。
向かうのは校舎とは真逆の方向、グラウンドの奥。
人混みを押しのけ、掻き分け、とにかく走る。時々人にぶつかり、転びそうになってはまた立て直して足を動かす。
後ろを振り向くと、天宮は私よりも大柄なせいで人に引っかかって、思うようには進めない様子だ。
学園祭の楽しそうな空気を割って、苛立たしげな舌打ちが聞こえてくる。
「舌打ちするくらいなら来ないでよっ」
弾む息で呟くものの、私にもそう余裕はない。その時ちょうど、大きな人波が通り過ぎて、私と天宮の間を遮った。
今のうちにどこかに隠れ、やり過ごそう。
すぐそこにプールの入り口が見える。
この学校のプールと付属の更衣室は、そもそも鍵がついていない。
入るには苦労しないだろう。
あそこには悪い記憶しかないけれど、近くには他に良い場所もない。
私は素早く、プールの女子更衣室へと続く入り口をくぐった。靴を脱ぐだけの余裕もない。外から見えないように、はじめの角を曲がったところでようやく足を止める。
急に走ったから、心臓の打つ鼓動は早い。
細く息を吐きながら顔を俯かせて、黄ばんだ壁に手をつく。ゆっくりと深呼吸をすると、塩素とカビの臭いが鼻につき、眉を顰めた。
ほんの少しの我慢だ。
五分経ったら、ここから出よう。
そう思って周囲の気配を探っていると、廊下の奥の方からひたひたという足音が聞こえた。
まさか、また……?
さっきまでとは違う温度の汗が、背中を流れた。




