学園祭前夜2
私は思い立ったが吉日と、家庭科室へととって返した。扉に手をかけ、引き開ける。
すると、そこでは衝撃的な光景が待ち受けていた。
「鶫君、い……る?」
鶫君は私に顔を向けると、天使のように微笑む。
「こんばんは。今日は遅かったね。どうしたの?」
「ちょっとね。それより……この、部屋を埋め尽くしてる袋は……?」
学園祭のことなど、家庭科室の異変の前に頭からすっ飛んでしまった。調理台どころか床の上まで、半透明な白い容器やら、山積みになった小麦粉や砂糖の袋やらが、我が物顔で占領しているのだ。
鶫君は調理台の上で、泡立て器を片手に何か作業をしていた。彼が持つボウルの中の薄黄色い物は、お菓子の生地みたいに見える。
鶫君は、小豆色のジャージの袖で額の汗を拭いながら言った。
「これ? 明日は朽名祭でしょ? だからボク、クッキー作ってるんだよ。毎年、調理部の子たちは忙しそうだからね」
嫌な予感がする。
「それ、まさか……調理部のクッキーに混ぜちゃったりしてるの?」
「もちろん。そうじゃないと手伝いにならないよ」
『鶫君のくれた物は食べてはならない』。
鶫君は七不思議だとは思えないくらい優しくて良い子なのに、私の知り合いはみんな、口を揃えてそう言った。
さらに、この前お菓子の材料の入手先をきいた時、鶫君は、出処不明だと言っていた。
これは、まずいんじゃないだろうか。
アリスの言ってた『テロ』って……まず間違いなくこれだよね。
「鶫君。クッキーを混ぜるのはやめた方が良いんじゃない?」
「なんで?」
なんでって、そこで『なんで?』が出てくる理由が私には『なんで?』だよ!?
必死にそれらしい理由を考える。
「えっと……ほら。鶫君のクッキーって、調理部のと違って衛生検査受けてないでしょ? だからよくないんじゃないかな」
まったくのでまかせだが、なかなか真実味のある話だと思う。学園祭では食中毒防止のため、食べ物を扱う場合は必ず衛生検査を受けるはずだ。
「……あっ!」
鶫君の目がカッ! と開き、見る間に彼の表情は沈んでいった。
「そういえばそうだよね……。うん」
少し落ち込んでいる彼に少し罪悪感を感じる。だが、もし彼のお菓子がみんなの言う通りのものなら、放っておくわけにはいかない。
可哀想ではあるものの、これから私の言うことを聞けば、少しは機嫌を直してくれるだろう。
私は鶫君に近付きながら、明るい調子で切り出す。
「鶫君、あのさ。明日の学園祭、良ければ一緒に回らない?」
「……え?」
鶫君は意表を突かれたように、茶色っぽい瞳を瞬かせた。
もしかして、他の人と用事でもあったのだろうか。
急いで付け加える。
「都合が悪いなら気にしないで。断ってくれても良いから」
だが、鶫君は異様な食いつきで、ぶんぶんと首を横に振った。
「ううん、行く! 絶対行くよ!」
「そう、ありがとう。じゃあ明日10時に、ここで待ち合わせで良いかな?」
「うん! ……キミ、ホントにいいの、ボクと一緒で」
嬉しそうながらも戸惑いを含んだ彼の視線が、私に向けられる。
「え? うん。私は嬉しいけど」
正直に言うと、純粋に学園祭を楽しもうという気持ちが伝わってくる彼には少し申し訳ない。しかし、鶫君を連れ歩いていれば、何か新しい手がかりが入ってくるかもしれないという打算は大きい。
まあ、悪い言い方をすれば、私は学園祭という舞台と鶫君を有効活用しようと目論んでいるのだ。
___だって、私は探さなくちゃ……。
アレを……。
何よりも大事だった。
今度こそ手放さない。
「どうかしたの?」
ぼんやりしてしまっていたが、鶫君の声で我を取り戻す。
一、二度瞬きしてから、私は否定の言葉を吐いた。
「……ううん」
何はともあれ、七不思議である鶫君をうまく利用すれば、何かしら起こるだろう。
私は何だってしてみせる。
アレを取り戻すためなら。
だから、私は思惑も想いも何もかもを覆い隠して__
「明日、楽しみだね」
___笑った。
鶫君はそんなことを私が考えているとも知らず、ただいつも通りの天使のような微笑みを湛えていた。




