情報の整理
二ルート目に入ったので、急ですが、以前から気になっていたタイトルを変えてみました。
8月も終わろうかというある日。
私は美紗ちゃんからきいた情報を整理するため、家庭科室を訪ねていた。
調理台を挟んで鶫君と二人、顔を付き合わせている。
私の報告を聞いた鶫君は、残念そうに言う。
「そうなんだ……。でも、きっと大丈夫だよ! ボクに出来ることがあったら何でも言ってね」
「うん。ありがとう」
お礼は言ったものの、鶫君に手伝ってもらえるようなことなんてなさそうに思える。そもそも彼は、校舎内で会った生首とかてけてけみたいに、一目見て明らかにヤバい系ではない。ごくごく普通の人間とまったく同じだ。
皐月様の忠告にしたって、どうしてそんなことを言われたのか理解できないくらい。
私が溜め息をついていると、鶫君は手を打った。
「そうだ! こんな時にはお菓子でも食べよう。きっと頭が働いて良い案が出てくるよ」
「お菓子があるの?」
「あるよ。ほら」
鶫君がもう一度手を打つと、机の上に溢れんばかりのお菓子が出現した。一口サイズの可愛いマカロンや、プチケーキ。マーブル模様のクッキーとマフィンもある。ティーセットも備え付けられており、ちょっとしたお茶会気分だ。
「……手品だよね?」
「違うよ。ボク、これでも七不思議なんだから。このくらいはできるんだよ」
「お菓子を出すだけ?」
「だいたいそんな感じだね」
平和な特技だ。七不思議にはちっともそぐわず、怖さのかけらもない。
鶫君は人懐っこい笑顔でお菓子を勧める。
「どれもボクのオススメで、美味しいよ」
確かにお菓子はどれも美味しそうだ。色彩がやけに鮮やかなのは、色粉を使っているからだろう。
皐月様から鶫君にもらったものを一切口にしないように言われていなければ、喜んで食べるのに。
せっかくの好意はとても嬉しい。しかし同時に、こんなに良いヒトの鶫君がみんなに警戒されるには、何か理由があるのだとも思う。
残念に思いながら、私は適当に濁して、鶫君に断りの言葉を告げた。
「ごめんね、貰えないよ。なんだか悪いし」
「そんな遠慮しないで。ね?」
マカロンののった大皿を突き出される。普通に断ったくらいでは引いてくれそうにない。
ここは、前もって考えていた言い訳の出番だろう。
「私、甘い物とかお菓子が苦手なんだ」
「お菓子が嫌い!? それって、人生の半分以上損してるよ!?」
驚いたような表情をした彼は、ぴしりと固まった。
ここぞとばかりにダメ押しをする。
「苦手なものは苦手で……。ごめん。気持ちだけ受け取っておく」
「それならボクがキミが食べられるようなお菓子を作るよ!」
作らなくて良いから!
むしろ作らないでください!!
心の中で、私の叫びがこだまする。
結局断りきることなどできずに、引きつった笑みを浮かべることとなった。
「あ、ありがとう」
いくら彼が頑張って作ったとしても、私がそれを食べることはない。罪悪感が残るけれど、場を収めるためにとりあえずお礼を言う。
鶫君はもう私に作ってくれるお菓子に思いを馳せているらしく、笑顔で尋ねてきた。
「キミはどんなのなら食べられる? 甘いのが苦手なら、砂糖を控えて作れば良いかな?」
うっ。そう来たか。
あくまでもお菓子を勧める鶫君はブレない。
ここは何とか、更なる言い訳を考えないと駄目そうだ。
「お菓子っていう時点で無理なんだ」
「!? なんで!?」
まだ突っ込んでくるの!?
勘弁してよ……。
「ええと……。昔、すっごくマズイお手製お菓子を食べさせられたことがあって。それ以来、『手作り』とか『お菓子』っていうのは禁句なんだよ」
「そんな……」
がっくりと項垂れる鶫君。罪悪感が噴火口のマグマのごとくふつふつと湧き上がってきた。鶫君の顔を見られない。
こうなったら話題を逸らそう。
苦し紛れに、頭に浮かんだことを口にする。
「そっ、そういえば! さっきお菓子の材料を色々言ってたけど、あれって全部ここにあるの?」
「うん」
鶫君は少し気分が上向いたようで、顔を上げた。
っていうか、なんで私はお菓子の話題なんか振っっちゃたの〜!?
混乱していたにしても、せっかくそこから話題を逸らしたのに!
今更なかったことにはできず、半ば諦め気分で話を続ける。
「ずいぶんたくさん種類があるんだね。お菓子もバリエーション豊かだったし。材料はどうしてるの? まさか、家庭科室のを持ってきちゃってるとか?」
鶫君は不思議そうに瞬きした。
「違うよ。材料は、気付くといつの間にか補充されてるんだ」
「じゃあ、出処不明ってこと?」
「そうなるね」
いつの間にか補充されていく材料、か。
空中から降って来たりでもするのだろうか。なんてメルヘンな。
七不思議とか怪談とかよくわからないけれど、それにしても不思議すぎる。
いったい何からできているのか知らないが、それで見た目や味は普通のものと同じらしいというのがさらに不気味だ。
「仁科君、平気なの?」
「……? ちゃんと美味しいよ?」
そんなものを食べてしまって大丈夫なのか、という意味だったのだが、彼は味に対する心配だと思ったようだ。
「そうじゃなくて……」
どう伝えたら良いのかわからず、言い淀んでしまう。
何を私が言いたいのかが上手く伝わらないらしく、彼は少しだけ首を傾げた。
「そんなに拘ることかな、材料なんて。ちゃんと使えて味もおかしくない。それだけで充分だと、ボクは思うな」
「あんなにお菓子好きなのに、材料には産地のこだわりとかないの?」
「ん〜、まあ、そうなるかな」
仁科君は少し困ったようにも見えるやり方で微笑み、机に手を伸ばす。ティーセットが彼と私の前に、慣れた動作で置かれていく。仁科君の傷一つない指が、ティーポットの取手にかかった。白いそれは、揃いのカップの上で、ゆっくりと傾けられる。
「ここからボクは出ない。この家庭科室だけが、ボクの居場所なんだよ。キミの探し物をここから出て探してあげられないことだけが、少し残念だけど」
湯気を立ち昇らせて、紅茶が私のカップに落ちていく。私はそれを、何となく眺めていた。
鶫君の声がどこか夢うつつに、耳の奥に響く。
「だけど仕方ないんだよ。だって、ボクはいつも選ばれないんだから」
紅茶はカップの縁を越え、幾筋もの線になってソーサーへと溢れていく。
カップへと注がれた紅茶の奥が、静かに、ゆっくりと、緋色に変色し始めた。ソーサーまでもが緋に染まった液体で満たされ、表面張力でかろうじて均衡を保っている状態。
あと少し。一秒でも注げば、こぼれてしまう。
そこで鶫君は、ようやくポットを机に戻した。
「あれ、うっかり淹れすぎちゃたね。これじゃあ、お茶も勧められないな」
鶫君の言葉で、我に返った。紅茶に向けられていた集中が解け、どっと疲れを感じる。
「どうしようか。お茶は……時間がかかるから、お菓子だけでも食べていく?」
鶫君は、のんびりとした口調で私に尋ねた。いつもと変わりない、天使のような微笑。
今はそれが、例えようもなく恐ろしかった。
「ううん。今日は帰るよ」
胸のざわめきを感じながらも、慌てて笑顔を作る。
鶫君は表情を変えずに、柔らかい微笑みのまま言った。
「次はいつ来られそうかな?」
私はそれに答えたくなくて、曖昧な笑みだけを残して、家庭科室を去った。




