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朽名奇譚  作者: いちい
#4 黄泉の家庭科室
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校舎探検

 





 探しものをすると言っても、手がかりは一つもない。私にできるのは、ただあてどもなく校内を歩き回ったり、鶫君と話して成果を整理することだけだった。


 誰もいない廊下はどこか無機質だ。響くのは自分の足音だけ。

 赤い月の光に照らされながら、時折教室に入り込んでは何をともなく探す。


 一階から始めて、数日かけて三階まで探したが、手がかりはまるでない。

 音楽室や理科室といった特別教室は怪談が集中しているので未確認。命は惜しいので後回しにしている。


 ため息をつきながら、階段を下っていく。

 そうなると次は校庭か中庭だろうか。


 ぼんやりとこの後の予定を考える。踊り場に下ろそうとした足は、しかし、なにやら柔らかい物にぶつかった。


「っ?」


 転びそうになるものの、手摺りを握り、なんとかバランスを保った。足元に何気無く目を落とす。


 階段の踊り場、一番下の段のすぐ前に、豪奢な金髪が波打っていた。


 誰かが倒れてる!?


 いわゆるドリルと呼ばれるような見事な縦ロールは、作り物じみている。薄暗がりに目を細めると、豪奢な金髪はカツラやマネキンではなさそうだと分かった。倒れているのは女生徒らしい。


「え、ちょっと。なんでこんな時間に生徒が倒れてるの?」


 回り込んで、踊り場から女生徒に近付く。ぴくりとも動かない彼女は、意識はあるが動けないのか痛みが強すぎたのか、小刻みに震えている。荒い息遣いまで聞こえてくる。


「大丈夫!? 救急車? 警察? 消防車!? えっと、0120の119-119で良いんだよね!?」


 携帯は持っていない。


 連絡はした方が良いだろうけど、その前にまずは彼女を安全な場所に動かさないと。ここに放置していたら、また誰かに踏まれてしまう。


 移動させるため彼女の肩を掴もうとしたが、すぐに手を離してしまう。彼女の体は、真夏の日の木陰のように冷たかった。


 まさかこの子、死んでるの?

 それに私、この子に触ったけど。あれ?

 そもそもどうして触れたんだろう。


 だって、表側の人間には、触れないはずだったのに。


 心臓がどくりと跳ねた。加速的にそれは速まり、頭の中をわけのわからない焦燥が埋め尽くしていく。


 金色の髪が、揺らいだ。まず床に手をついて、少女は体を震わせながら、ねっとりとした動きで立ち上がる。

 そして、こちらを向いた。艶やかに潤んだ瞳が、私を捉える。


 私の腕が、気持ち悪い素早さで、蛸のように粘着質な動きで、彼女に掴まれた。


「や、やめて……」


 後ずさりしようにも、階段の踊り場はそう広くない。数歩で追い詰められてしまう。


 女生徒は、にたぁと唇を歪めた。


「貴女」


 まるで耳から冷水を流し込まれたようだ。熱い粘つくような声なのに、奇妙に肌寒い。

 高圧的な、命令することに慣れた口調。


「貴女。わたくしを……」


 無理無理無理!

 よくも殺したなとか言うんですよねわかります。


「わたくしを、もっと……踏みつけなさい!!」


 そう言うと、彼女は切なげに眉を(ひそ)め、自身の脇腹に手を当てた。多分私が踏んでしまった場所がそこなのだろう。目が爛々と輝いている。


「角度、重さ、キレ……(あまね)く要素がさも神の作りたもうた芸術のように絡み合い、至高の踏みつけ具合でしたわ。あのような甘美な踏みがあるなど、思いもしなくってよ。褒めて差し上げますわ!」


「ひっ!」


 手を振り払うと、思いのほかあっさりと彼女の拘束は外れた。金髪の少女は床に尻餅をつく。だが入れ替わりに、今度は左足に取りすがられた。


「貴女、良くってよ。さあ、わたくしをもっと踏み(にじ)りなさい!!!」


 ぞわりと背筋が寒くなり、無意識に叫んでいた。


「ぎゃ〜〜〜!?」


「さあ、さあ、さあ! その程よく筋肉のつきながら美しいラインを維持している白い足で、わたくしを再起不能になるまで蹴るが良いわ!」


 うっとりと足にしがみつかれて、鳥肌がたつ。

 彼女から逃げたくて仕方なく、また、生理的にアウトなものも感じたため、必死に彼女を振り払おうとすると、彼女は増す増す瞳を輝かせた。


「はぁ、はぁ、はぁ……イイ。良くってよ、良くってよ。もっと内角を抉るように……! っくぅ、何てこと……あぁ!」


 ぞわりと背筋が震える。

 あまりの気持ち悪さに気が遠くなってきた。

 引き剥がそうと足を振り回したりすればするほど、彼女は豪奢な金髪を揺らし、涙を流しながらべったりとくっついた。あの涙は確実に嬉し涙だ。断言できる。


 こいつ……悦んでやがる。

 もう泣いても良いだろうか。


「なんで私なの!?」


「それは、貴女の踏みつけが華麗かつ官能的だからですわ! あの、肋骨の隙間を縫って踵がめりこむ感触!躊躇わずに踏み込む気概! 思い出すだけでわたくしはもう……!」


 それは聞いた限りだとかなり痛そうだよ!?


「まさかあなたは……Mのつく人なの?」


「わたくし、しがない噂ですわ。『魔の13階段』などと呼ばれておりましてよ」


「あ、そうじゃなくて……。確かにそっちもMはつくけど。その、まさかあなたは、いわゆるマゾ?」


「そのような低俗な区分で語らないでくださる? わたくしはただ、美しい人に華麗に蹴られたり踏まれたりしたいだけでしてよ。もっとわたくしを虐げなさい!」




___15分後。




「ふぅ」


 私の目の前には、金色のドリル縦ロールを波打たせて床に沈む少女の姿がある。

 彼女は時折ぴくりぴくりと痙攣している。意識はなく、制服には着崩れた跡と無数の靴跡が残っていた。不思議と満足げな表情だ。


 あまりにもしつこく張り付いてきたあげく気持ち悪すぎたので、つい無我夢中で足蹴にしてしまった。

 正気に帰ったときには既に彼女の意識はなく、この状態だった。


「まさかここからさらにゾンビみたいに起き上がったりしないよね」


 そっと近付き、爪先で突ついてみる。

 一度だけひくりと動いた以外、反応はなかった。


 校内には他にもたちの悪い怪異がいる。

 変なものに絡まれないうちに、一度保健室に戻ろう。


 そして一眠りして、ここであったことはすべて忘れよう。


「私は何も見なかった」


 万感の思いを込めて、断言した。

 そう、ここでは何も起きなかった。したがって、私は何も見はしなかったのだ。

 それで良い。


 近くの窓を見ると、もう夜が明けかかっていた。


 倒れたままの彼女を最後に振り返り、私はその場を去っていく。





 金髪の少女は、寝言を言った。


「……まだ、けられたりないですわ…………むにゃ」





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