決定
投票いただいた方、ありがとうございました。次のルートは……この人です!
そして私が選んだのは────
「急に言われても、七不思議なんて得体の知れないものと一緒に行動するなんて無理です。すいません」
「そう。それなら仕方ないけれど。……本当にそれで良いのね? 頼るアテはあるの?」
皐月様が真剣な顔で念押しする。
しかし、私の心はすでに決まっていた。
強く頷く。
「はい。えっと……。ここに来る途中、家庭科室で男の子に会ったんです。優しそうな子だったし、その子を頼ってみようと思って」
「家庭科室に、優しそう…………」
皐月様が机に視線をおとしたのも一瞬、すぐに顔を上げて微笑んだ。
「そう。なら良いのだけれど。……ねえ、もしかすると、その男の子はあなたに何かくれたりはしなかったかしら?」
「クッキーを一袋もらったんですけど……。てけてけに追いかけられたとき、全部投げちゃいました」
食べられることなく砕けていったクッキーを思うと申し訳なくなる。せっかく彼がくれたのに、駄目にしてしまうなんて。自然、顔が俯いた。
「ぷっ。投げ……」
小さく吹き出すのが聞こえたような気がして顔を上げると、皐月様が作ったように真面目くさった表情でこちらを見ていた。
「どうかしたのかしら?」
「いいえ」
気のせいだったのだろうか。私がじっと目を見ていると、皐月様は咳払いした。
「頼るアテがあるなら良いのよ。そうね、その彼のところに行くなら、一つ助言をしてあげる。彼から貰ったものは、何一つ口に入れてはいけないわ」
「え、なんでですか?」
「なんでも、よ」
理由も告げられずそんなことを言われても、納得できない。皐月様は顔役らしいから、間違ったことは言わないと思うけど。
困惑しながら私が頷くと、リーゼントもとい常盤が物言いたげにしている一方、皐月様はなんだかニヤニヤ、嫌な感じの笑い方をした。
「さて、それじゃあもう今日はもう早いから、あの子に挨拶するのは後にして、当面の生活拠点に案内するわね」
皐月様は優雅な仕草で、椅子から立ち上がる。
「皐月様、そのような些事、私が……」
常盤がそう言うが、皐月様は頭を振った。
「いいえ、わたくしが行くわ。偶のお客人ですもの。それにお前に任せたら、彼女を処分しかねないでしょう?」
皐月様が微笑むと、常盤はむっすりと押し黙る。
……否定しないということは、そういうことなのか。常盤は危険人物だということが、今までのやり取りでよく分かった。
コイツにはもう近づかないようにしよう、うん、そうしよう。
固く決意する。
この滅茶苦茶な学校には、死亡フラグが多すぎる。慎重に回避していかなければ。
……家庭科室の人が良さそうな彼をこんなことに巻き込むなんて気が引けるけれど、こんな状況では誰かを頼るのは不可欠に思える。ならば彼には悪いが、ちょうど良いタイミングで出会った縁にかけてみたいと思ったのだ。
皐月様は静かに扉の前に歩み寄った。
「さあ、参りましょう。当面アナタには、保健室で過ごしてもらうわ。場所は分かっているかしら?」
保健室の場所は…確か、1階の東だったはずだ。
1階の構造は、やはりコの字型の校舎の折り返し、ちょうど2箇所ある曲がり角の部分に階段が位置し、両端のどんづまりの最西にこの校長室、最東に家庭科室が位置する。
校長室の隣が裁断室と事務室で、そこから角を曲がって職員室、給湯室と続く。
保健室はそこから渡り廊下、というか下駄箱や掲示板のあるエントランスを挟んで向こう側だ。
私が頷くと、皐月様は笑みを深めた。
扉を開き部屋を出て、私を促す。
私たちは連れ立って保健室に向かった。
早朝の廊下に、私たちの足音だけが響く。
きっとこの音も、表の人たちには聞こえないのだろう。
私もほんの少し前まではそちら側だったのかと思うと、言いようのない懐かしさと寂しさが、じわじわとこみあげてきた。
しばらく皐月様の背中を追いかけていると、急に彼女が立ち止まる。
元々そう遠い距離ではないし、もう到着したのだろう。
視線を上げるとすぐそばの部屋には、保健室、と書かれたプレートが掲げられていた。
東校舎は比較的設備が新しいので、綺麗だ。扉も、磨りガラスがはめ込まれ、銀色の取手がついた、白く無機質な印象をしたスライド式。
皐月様はその扉を開くと、お邪魔するわ、と言って、中に入って行く。
慌てて私も続いて入室し、扉を閉める。
声を掛けたということは誰かいるのだろうが、ぱっと見た限り、人のいる痕跡は見当たらない。
なんとなくきょろきょろしてしまう。
窓際にはベッドが2つ。視力検査用のボードに、目隠しの仕切り、キャスター付きの椅子が1脚、それに薬棚やチェスト……。
ふと違和感を感じて、中央に陣取る大きな四角い机に目を向けた。
そこの真ん中付近には、1体の少女人形が飾られていた。
綺麗な、金髪のビスクドール。丁寧に手入れはされているようだが少し古びたそれは、きっと外国から取り寄せたアンティークなのだろう。水色と白のエプロンドレスという、ちょっと子供っぽい服装だ。
違和感の正体を見極めようとじっと見つめていると、人形はひとりでに動き始めた。
無機物ではありえないくらいに、自然で滑らかな動き。
唖然とする私をよそに、人形がヨーロッパ貴族風のお辞儀をする。
「御機嫌よう。なんて、ね」
少女人形は顔を持ち上げると、口の端を少し吊り上げた。
「え……? に、人形が……喋った……?」
思わず声を漏らすと、彼女は一転して不機嫌な顔になる。
「なによ、あたしが喋って何が悪いの? あたしは九十九神のアリス。歴代の持ち主が大切にしてくれたから、『世界』に命をもらったの。こう見えて、もう100年以上生きてるんだから」
アリスと呼ばれた少女人形は拗ねてしまったらしく、そっぽを向いてしまった。
顔を背けた拍子に、真っ直ぐな長い金髪が宙を舞う。
皐月様は彼女を手で示すと、紹介してくれる。
「さて、こちらがこの保健室に住まう人形、アリスよ。アリス、こちらの方は表からの客人。『さがしもの』をしに、わざわざやって来たそうなの。1年間、面倒を見てあげて」
「勝手にすれば? ベッドはてきとうに使って。どうせ表の人間は無意識に避けるから、細かいことは気にしなくても良いしね」
そっぽを向いたまま、彼女はぶっきらぼうに言い放った。
初対面なのに、アリスには嫌われてしまったようだ。何か私の態度が気に障ってしまったのかもしれないけれど、素っ気ない口調には戸惑いを隠せない。
皐月様は苦笑した。
「じゃあ、わたくしはもう行くわね。夜になるまで休んで、それから彼のところに行くといいわ。おやすみなさい」
「あっ、おやすみなさい。皐月様」
皐月様は保健室から出て行った。
保健室には私とアリスが残された。これから上手くやっていくことができるのだろうか。
ちらりとアリスを見ると、完全にこちらを無視するつもりなのか、窓の方を見ている。
「……とりあえず、寝れば?」
「あっ、うん……」
疲れていたこともあって、私は2つあるベッドのうち奥のものに横たわった。今はもう何も考えずに眠りたい。
夕方には起きられるだろう。
アリスのため息を聞きながら、私は夢の世界に沈んで行った。
一話を長めにする代わりに、話数を減らそうかと悩んでいます。




