別の分岐をゆく秊、A
これは、『断たれるのは1』からありえたかもしれない可能性です。
『薔薇園のティータイム』で魔女が語ったように、この物語は世界観として、IFの世界がパラレルワールドになって並存しています。
あ!それと言い忘れましたが、今回の話はグロ注意です。
青年が無言で立ち去った庭園にて。
千里眼の魔女はティーカップをテーブルに戻すと、手をつけられることのなかったもう一つのカップを愛おしげに見つめる。
「仕事が速いのは彼の美点ですけれど、あの愛想のなさは少々いただけませんわね」
魔女は無愛想な青年に思いを馳せる。玉虫色の瞳が、焦点を失っていく。
薔薇園に穏やかな風が吹き、彼女の髪を乱した。風に煽られた薔薇から、数枚の赤い花弁が落ちる。
魔女は、髪を手で押さえ、微笑む。
「一途なところは可愛いですのに。ふふっ。まあ、いくら彼の仕事が速いとはいえ、セカンドファクトの反映にはもうしばしかかりますわね。暇つぶしに、別の分岐でも見物させていただくことにしましょう」
そう言う彼女の瞳は、昼下がりの陽光を浴びて、めぐるましく色を変えていった。
◇◆◇◆◇
背後から大鉈の風切り音が聞こえる。
そこで私の意識は途切れた。
◆◆◆◆◆
瑞樹の手から、ゆっくりと大鉈が落下した。
場違いなまでに大きな音が理科準備室に反響するのを、瑞樹はどこか遠くの出来事のように聞いていた。
「あ、ああ…………」
意味をなさない喘ぎ声が、彼の口から漏れる。
床上に広がるのは、赤。
真っ赤な鮮血が、埃っぽい飴色の床を見る間に覆っていく。
その中心に横たわるのは、一人の少女。
淡い栗色の長髪を波打たせ、彼女は今も面積を増し続ける赤い血だまりに伏している。月光を血が、ぬらりと照り返す。
流れる血の量が、彼女が致命傷を受けたということを静かに物語っていた。
右の肩口から背中にかけて、巨大な獣の爪にでも裂かれたような傷口がぱっくりと口を開き、断続的に赤い血を吐き出す。
白かったワンピースも、見る影がないほど血に染まっている。
少女……秊は動かない。
瑞樹はともすると千切れそうな精神を総動員し、どうにか自分の体を操作した。
胴体に、頭の入っているホルマリンの瓶を抱えさせる。瑞樹の心は乱れているのに、揺るぎない動作で胴体は稼動した。
返り血に染まった学ランの胸に抱えられ、瑞樹は秊の死体に歩み寄る。
近付くたび、鉄臭い血の匂いが濃くなる。
「みの、り……? 秊、嘘ですよね……?」
かがみ込んで、片手で自分の頭を抱えながら、もう一方の手で秊の頭に、そっと触れる。
ゆっくりと、秊の体を傷付けないように、血だまりの中に膝をつく。制服に新たな染みができるのも、気になりはしない。
抱き起こした秊の顔は、薄く微笑んでいるようでもあり、涙を堪えているようでもあった。ただ、いずれにせよひどく優しい表情であるというのは間違いなく言えることだった。
どうして……どうしてそんな顔を。
秊を殺したのは僕で、でも秊の顔はとても優しい。
わからない。
けれど、僕がこの手で鉈を握って、彼女に振り下ろした。
大鉈は彼女の体に吸い込まれるように落ちていって、柔らかく弾力ある脂肪と肉を裂き、硬い骨に当たるまで食い込んだ感触。
この手で、僕が。
「あ、ぁ…………。秊、秊、秊、秊、秊、秊」
瑞樹はもう応える者はいないニンゲンの名前を何度も何度も繰り返しながら、彼女の体を揺する。
返事はなく、床の上で赤い血だまりが大きくなっていく。
瑞樹は壊れ物を触るように繊細に、秊の頭を抱きしめた。
どうしてこんなに心が乱れているのだろうかと自問自答すれば、答えはすぐに出た。
失って初めて気付くことができた、なんて。なんてありふれたフレーズで、馬鹿げているんだろう。
僕は秊が好きだった。それだけ、だった。
けれど、もう遅い。
秊は僕が殺したのだから。
冷たくなっていく、秊の体。いくら抱きしめても、元より温度のない瑞樹の体では、彼女に温もりを分け与えることすらできない。
もう何も、分かりたくない。
秊の死さえも。
分からなければ良い。
そうだ。僕は何を考えていたんだろう。
秊は、ここにいるじゃないか。
血の気をなくした彼女の顔を前にして、瑞樹は笑う。
壊れた彼に似つかわしい、壊れた笑みで。
それは、かつて瑞樹が美月を殺した夜の焼き直しのようであり、それとは違う情景でもある。
赤い月と赤い水の狭間で、赤い返り血を塗した彼は、壊れていった。
キスができるくらい秊の頭に顔を寄せ、瑞樹は優しく、甘く、囁く。
「秊……これでずっと一緒にいられますね。もうここから出て行ったりしないでください。君は目を離すとすぐに危険に飛び込んで行ってしまいますから、僕はもう、心配で心配で」
目を細めて、優しく秊の髪を梳く。
「けれど、これからはそんなこともなくなりますね。君はもうどこにも行かないんですから。僕が、君を守ります。ふふ、どうして何も言わないんですか? 無視しないでくださいよ。拗ねてしまったなら謝りますから、機嫌を直してください。……ああ、そうです。このままでは、いけませんね」
瑞樹は傍らに放ってあった鉈を手繰り寄せ、秊の首に当て、秊の首を体から
────切り離した。
べしゃりと、秊の首から下は、血だまりに崩れ落ちる。
瑞樹はどうでもよさそうに鉈を放り出した。そして、秊の首と自分の首を血に染まった腕で抱えて、とても嬉しそうに、満足げに微笑む。
「これで、秊は永遠に僕だけの……。くくくっ、くくくくく。ふふふふふふ」
ホルマリン瓶のガラス越しに額と額を触れ合わせ、恍惚と彼は告げる。
「愛していますよ、秊」
頬を染め、恥じらいを込めて発されたその言葉は、何よりの呪縛。
誰よりもそこから逃れたがっていた彼は、自らそこに墜ちていく。
うーん。どうしてこうなった。
初期の予定では、瑞樹君はヤンデレる予定はなかったんですけどね。
なんかもう、ノリで書きました(笑)。




