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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
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秊の願いごと3



 どうにかしなくちゃいけないのに、どうして良いか判らなくて。

 気がつくと、屋上に立っていた。


 暑気に包まれながら、給水タンクに背を預け、体育座りする。


 私は……どうすれば良いだろう。


 瑞樹をここから出してあげたいなんて、おせっかいなのだろうか。でも、瑞樹を残して帰るなんてことは、どうしても考えられない。


 空を見上げる。


 頭上には、去年瑞樹と二人で見たのと同じようで違う星空が広がっている。

 両手を地面に下ろし、背中を給水塔にもたれさせた。屋上の固く冷たいコンクリートが、手の下でざらついている。

 星はあの時の花火みたいに邪魔をするものがないためか、とても輝いて見えた。


 私も変わってしまった。


 以前なら瑞樹に、「大丈夫、きっとここから出られるよ」とでも無責任に言っておきながら、自分だけあっさりと帰っていっただろう。

 私はそれがどれだけ残酷なのか、わかっていなかった。


 希望が絶望に変わる瞬間があるのだと知らずにいた私はには、理解できなかった。

 無責任に与えられた希望が挫かれた時、何を思うかを。


 瑞樹は恐れている。

 また絶望することを。


 だから、私がこうして奔走していることを告げることはしない。

 告げることがあるとしたら、それは決着がついた時だ。


 私は祭の日が来たら帰る。

 やっぱり、それは変えられない。


「でも私、瑞樹と離れたくないよ」


 力なく(こぼ)す。


 ここから出たい瑞樹。

 ここから出て行く私。

 願わくば一緒に行きたいと思う。


 方法……何か、方法があるはずだ。


 もう一度、わかっていることを整理してみよう。


 まず、瑞樹は七不思議で、噂から発生した。そのため実体がなく、ここから出ると消滅する。

 出られたとしても消滅してしまったら意味がないし……。


「うん? 無事にここから出るんじゃなくて、分割して考えたらどうなんだろう」


 ということは、瑞樹をここから出すには、ここから出るための方法と、出てから無事でいられる方法の二つが必要ということに……?


 出るだけなら簡単だ。

 祭の日なら、校門が開く。こちら側の校門はいつも閉め切られているものの、あの日なら通行できるはず。


 とすると問題は、向こう側に行っても無事でいられる方法なのだが、こちらはそう簡単にはいかない。実体がないことが問題だというが、ないからといって作ることなんてできないし。


「いっそ人間だったらなあ」


 瑞樹が人間ならこんなふうに難しいことなんてないのに。

 瑞樹のために思い悩むことが嫌なのではないが、つい愚痴っぽくなってしまう。


「誰が人間だったらなあって言ったのかしら?」


 横から投げかけられた声を辿ると、給水塔の影から出てきたのは、花子さんだった。

 おかっぱの髪が夜風を受けて流れる。

 彼女は壁面に片手をつき、ぶすっとした顔をして立っている。もう片方の手は腰に当てられていて、まるで子供が威張っているようで可愛い、のだが。


「花子さん、トイレから離れられたの!?」

「……誤解してるみたいだけど、わたしはいつもトイレにいるんじゃないわよ?」


 花子さんは私の隣にどっかりと座った。


「何を悩んでたのよ?」

「えっと、あははは」

「笑ってもダメ。どうせあいつのことでしょう」

「うっ、まあそうなんだけど。なんかね、ままならないなって」


 急に寒くなったような気がする。

 体育座りしている腕に力を込めた。


「私、もうここにいる意味なくなったんだ。稔にも会って謝れたし。私は祭の日がきたら帰るつもりなの。パパやママ、友達だっている」


 赤い月を見上げる。

 禍々しい色。


 でもなんだか、血の涙を流しているような、そこまでいかなくても、泣きはらした目みたいな月だと思った。


「だけど、瑞樹が好きなの。置いていったりなんかしたくないよ。だから皐月様に、七不思議をここから出す方法をきいてみたんだけど」

「あの人に聞いたの? ダメダメ、教えてくれっこないわ」


 呆れたように、花子さんは言った。


「うん。やっぱり、教えてもらえなかった。だから、自力でどうにかできないかと思って色々考えてはみたんだけど。私の頭じゃ無理みたい」


 私は苦笑しながら、上を向いて続ける。


「……瑞樹と一緒にいたいだけなのに。これって、そんなに無理なことなのかな? 私、ワガママなのかなあ?」


 涙が零れそうになるのを堪える。


「……いいんじゃないかしら」


 花子さんは言う。


「あの生首のどこが良いのかさっぱりわからないけど、だったら一緒に行けば良いじゃない」

「瑞樹は噂だから、ここから出たら消えちゃうんだよ」

「〜〜っ! もうっ! わたしを頼れって言ってるのよ!!」


 横から花子さんの手が伸びたかと思うと、彼女は私にヘッドロックをかけた。両手で頬を挟んで圧迫され、ひりひりする。

 赤面している花子さんの顔が近い。


「あっ、あなたにはわからないかもしれないけどねえ。わたし、あなたが最初の友達なの! ……困ってるときくらい、わたしを頼りなさいよ!」

「でも、花子さんに迷惑かけてばっかりだし」

「……友達ってそういうもの!? 違うでしょう!! わたしが良いって言ってんだから、良いのよ!」


迫力がすごい。


「はっ、はいい!」


 勢いに押されて、気付くと返事をしていた。

 花子さんはそれを聞くと正気に返ったようにぱっと手を離し、わざとらしく咳払いして言う。


「方法がなくもないわ。噂が現実になるんだから、噂を変えれば良いのよ。物語を、変えるの」

「変える? どういうこと?」

「難しく考えないで。あなたが望むのは、どういう結末?」


 黒い、真摯な光を宿した瞳と、正面から視線がぶつかる。

 躊躇いは一瞬だった。

 ゆっくりと口を開く。


「私が、望むのは……」










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