秊の願いごと3
どうにかしなくちゃいけないのに、どうして良いか判らなくて。
気がつくと、屋上に立っていた。
暑気に包まれながら、給水タンクに背を預け、体育座りする。
私は……どうすれば良いだろう。
瑞樹をここから出してあげたいなんて、おせっかいなのだろうか。でも、瑞樹を残して帰るなんてことは、どうしても考えられない。
空を見上げる。
頭上には、去年瑞樹と二人で見たのと同じようで違う星空が広がっている。
両手を地面に下ろし、背中を給水塔にもたれさせた。屋上の固く冷たいコンクリートが、手の下でざらついている。
星はあの時の花火みたいに邪魔をするものがないためか、とても輝いて見えた。
私も変わってしまった。
以前なら瑞樹に、「大丈夫、きっとここから出られるよ」とでも無責任に言っておきながら、自分だけあっさりと帰っていっただろう。
私はそれがどれだけ残酷なのか、わかっていなかった。
希望が絶望に変わる瞬間があるのだと知らずにいた私はには、理解できなかった。
無責任に与えられた希望が挫かれた時、何を思うかを。
瑞樹は恐れている。
また絶望することを。
だから、私がこうして奔走していることを告げることはしない。
告げることがあるとしたら、それは決着がついた時だ。
私は祭の日が来たら帰る。
やっぱり、それは変えられない。
「でも私、瑞樹と離れたくないよ」
力なく零す。
ここから出たい瑞樹。
ここから出て行く私。
願わくば一緒に行きたいと思う。
方法……何か、方法があるはずだ。
もう一度、わかっていることを整理してみよう。
まず、瑞樹は七不思議で、噂から発生した。そのため実体がなく、ここから出ると消滅する。
出られたとしても消滅してしまったら意味がないし……。
「うん? 無事にここから出るんじゃなくて、分割して考えたらどうなんだろう」
ということは、瑞樹をここから出すには、ここから出るための方法と、出てから無事でいられる方法の二つが必要ということに……?
出るだけなら簡単だ。
祭の日なら、校門が開く。こちら側の校門はいつも閉め切られているものの、あの日なら通行できるはず。
とすると問題は、向こう側に行っても無事でいられる方法なのだが、こちらはそう簡単にはいかない。実体がないことが問題だというが、ないからといって作ることなんてできないし。
「いっそ人間だったらなあ」
瑞樹が人間ならこんなふうに難しいことなんてないのに。
瑞樹のために思い悩むことが嫌なのではないが、つい愚痴っぽくなってしまう。
「誰が人間だったらなあって言ったのかしら?」
横から投げかけられた声を辿ると、給水塔の影から出てきたのは、花子さんだった。
おかっぱの髪が夜風を受けて流れる。
彼女は壁面に片手をつき、ぶすっとした顔をして立っている。もう片方の手は腰に当てられていて、まるで子供が威張っているようで可愛い、のだが。
「花子さん、トイレから離れられたの!?」
「……誤解してるみたいだけど、わたしはいつもトイレにいるんじゃないわよ?」
花子さんは私の隣にどっかりと座った。
「何を悩んでたのよ?」
「えっと、あははは」
「笑ってもダメ。どうせあいつのことでしょう」
「うっ、まあそうなんだけど。なんかね、ままならないなって」
急に寒くなったような気がする。
体育座りしている腕に力を込めた。
「私、もうここにいる意味なくなったんだ。稔にも会って謝れたし。私は祭の日がきたら帰るつもりなの。パパやママ、友達だっている」
赤い月を見上げる。
禍々しい色。
でもなんだか、血の涙を流しているような、そこまでいかなくても、泣きはらした目みたいな月だと思った。
「だけど、瑞樹が好きなの。置いていったりなんかしたくないよ。だから皐月様に、七不思議をここから出す方法をきいてみたんだけど」
「あの人に聞いたの? ダメダメ、教えてくれっこないわ」
呆れたように、花子さんは言った。
「うん。やっぱり、教えてもらえなかった。だから、自力でどうにかできないかと思って色々考えてはみたんだけど。私の頭じゃ無理みたい」
私は苦笑しながら、上を向いて続ける。
「……瑞樹と一緒にいたいだけなのに。これって、そんなに無理なことなのかな? 私、ワガママなのかなあ?」
涙が零れそうになるのを堪える。
「……いいんじゃないかしら」
花子さんは言う。
「あの生首のどこが良いのかさっぱりわからないけど、だったら一緒に行けば良いじゃない」
「瑞樹は噂だから、ここから出たら消えちゃうんだよ」
「〜〜っ! もうっ! わたしを頼れって言ってるのよ!!」
横から花子さんの手が伸びたかと思うと、彼女は私にヘッドロックをかけた。両手で頬を挟んで圧迫され、ひりひりする。
赤面している花子さんの顔が近い。
「あっ、あなたにはわからないかもしれないけどねえ。わたし、あなたが最初の友達なの! ……困ってるときくらい、わたしを頼りなさいよ!」
「でも、花子さんに迷惑かけてばっかりだし」
「……友達ってそういうもの!? 違うでしょう!! わたしが良いって言ってんだから、良いのよ!」
迫力がすごい。
「はっ、はいい!」
勢いに押されて、気付くと返事をしていた。
花子さんはそれを聞くと正気に返ったようにぱっと手を離し、わざとらしく咳払いして言う。
「方法がなくもないわ。噂が現実になるんだから、噂を変えれば良いのよ。物語を、変えるの」
「変える? どういうこと?」
「難しく考えないで。あなたが望むのは、どういう結末?」
黒い、真摯な光を宿した瞳と、正面から視線がぶつかる。
躊躇いは一瞬だった。
ゆっくりと口を開く。
「私が、望むのは……」




