秊の願いごと2
「どういうことかしら?」
皐月様は微笑みを崩さない。
私は白々しい態度の彼女になおも問う。
「七不思議をこの学校から解放する方法です。七不思議は人柱で、朽名様を出さないための封印なんですよね?」
「あらあら、おかしいわね? 誰がそんないい加減なことををあなたに吹き込んだのかしら。七不思議はただ力のある噂に与えられる称号というかランキングというか、ただのそういうものよ。後で訂正したいから、誰から聞いたか教えてくれないかしら?」
「誤魔化さないでください」
二人の言うことは食い違っている。だが、瑞樹が嘘をついているとは思えない。ならば、必然的に皐月様が嘘をついているということになる。
私が睨んでも、皐月様は素知らぬ様子で言う。
「いいえ、本当よ。それにね。たとえそれが真実だとして、どうしてわたくしがそんな方法を知っているというの?」
「それは、あなたがここの……」
ここまで言ってから気付いた。
ここで瑞樹のことを言ってしまったら、彼が何かされるかもしれない。
作り手なら、自らが作った七不思議くらい、消すこともできるはずだ。
「あら、どうしたの、黙り込んでしまうなんて。ふふ、やっぱり、あなたの思い違いだったのよ」
途中で口をつぐんだ私を見て、皐月様は勝利を確信したように笑みを深める。
だから、それが聞こえたときは、信じられなかった。
「違う。それは真実だ」
肯定したのは常盤だった。
「お前の情報は、正しい」
常盤は再度、念を押すように繰り返した。
「……常盤っ!」
常盤とは違う人間の低い声がした。誰か他に人が……?
でもどこに……。
椅子が音を立てて転がった。皐月様だ。
「お前……!」
いっ!?
巫女装束の妙齢の女性の喉から出ているそれは、紛れもなく男性のものだった。
「封印を綻ばせることは許されないわ」
やめてー、男声で女口調使うのやめてー。シリアスを殺さないでー。
無駄だとはわかっていても、祈るのをやめられない。
というか、え? 皐月様は美女で巫女で、なのに男声?
どこからつっこめば良いのか、なにがなんなのか。状況に理解が追いつかない。私には、ただ成り行きを傍観することしかできなかった。
そうとも知らず、皐月様はあくまでもシリアスに、シリアスをぶち壊し続ける。
常盤が皐月様を、冷静に説得している。
「それとこれとは話が違います。小娘に真実を告げたところで綻ぶほど柔な封印でもあるまいに。私だけでなく、皐月様もそれは良く理解されているでしょう」
「けれど」
「一番の被害者はあなたでも小娘でもない、あやつです。多少便宜を図ってやってもよいのではありませんか? そう思ったから、あなたもあやつに助言したり、色々と世話を焼いてやったのでしょう?」
皐月様は眉間に皺をよせながら、手を載せている机に長い爪を立てた。浅い傷が机の表面に刻まれる。
やがて、険しい表情のまま、皐月様は言う。
「いいえ。なんと言われようとも、封印は絶対よ」
「そうですか……」
常盤は目を閉じて嘆息した。組んでいた腕を解き、扉を開く。
「だそうだ。小娘、おまえも聞いていた通りだ。皐月様はそのような方法はご存知ない」
「そんはなずはないよ、だって」
常盤は勢い込む私を銀縁眼鏡越しに一瞥した。
「おまえの頭は私に割られるためだけに存在するとでも言うのか? 少しは頭を使え。皐月様はご存知ないと仰せられている。つまり、仮に知っていたとしても話すつもりはないということだ」
皐月様を見ると、彼女はこちらを見もしないで俯いたまま、私の前を通り過ぎて部屋から出て行った。
皐月様がここから出るのを見るのは久しぶりだ。校舎で出くわすことはなかったから、普段はいつもここにいるようだったのに。
常盤は、皐月様が去っていった方を目で追いながら言う。
「おまえにも事情はあるだろうが、皐月様にもまた譲れぬものがある。理解しろ、小娘」
「そんなあっさり引き下がれるようなことじゃないよ」
「ならば、他人を当てにしている時点で間違っている。真に必要なことならば、己自身でどうにかすることだ」
自分自身で……。
「一つの手段が失敗したならば、また別の手段を探せば良い。そこでしみったれた顔をしているよりも、動くことだ。そしてその途中で下手をうち、野垂れ死んでくれれば言うことはない」
「いや野垂れ死ねってこと、それ!?」
急に良い話がおかしなことになった。
常盤が私に、尊大な仕草で目を向けた。
「ああ。そうすれば皐月様の御心痛も、いかばかりかは和らぐだろう。つまり、邪魔だから疾く去れ。いつまでもいられると、皐月様が戻りにくくなるだろう」
「ねえ、最後に訊いて良い?」
「なんだ」
「あんたって初めて会ったときから皐月様が全てって感じだったけど、あんたにとって皐月様ってなんなの?」
「ああ、そのことか」
私を校長室から押し出した常盤は、ドアを掴みながら言った。一瞬だけ目が合う。
まるで蛇のように縦に裂けた瞳孔が、私を捉えていた。彼の名前と同じ、常盤色の瞳が。
「皐月様は、私の怨敵だ。だが、彼の方は私に仰ったのだ。いつか必ず、私に殺されてくれるのだとな」
細められた瞳が、扉の向こうに消えていった。




