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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
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ヤンデレクラッシュ

 





 校舎内に戻り、屋上の扉を閉める。

 瑞樹は無言で歩き出した。


 私も階段を下っていると、唐突に尋ねられる。


「ところで、ここに来た目的は達成できたんですか?」

「え、あ、うん」


 このタイミングでそれを話題に出されるとは思わなかった。瑞樹にはもう言ったような気がしていたが、まだだったことにようやく気付く。


「私の願いは、弟に謝ることだったの。何だかよくわからないことになってたんだけど、とりあえず目的は達成できたよ」

「そうですか。それは良かったですね」


 全然よくなさそうな言い草だった。


「なんなの、ちょっとくらい祝福してくても良いんじゃない? あんただって、色々手伝ってくれたんだから」

「僕なりに祝福してるつもりですよ」


 軽く受け流す瑞樹に苛立つ。こちらへの配慮なんてなしに廊下を足早に行く背中を、小走りで追った。

 逆立つ感情に任せて、気になっていたことを瑞樹に問う。


「ねえ瑞樹、颯太に何をしたの? 何もしてないなんて、あんなの見て納得できるわけないでしょ」

「ですから何もしていませんよ。ただ少し、現実を教えてあげただけです」

「……どうやって?」

「平和的に、言葉で、です」


 こいつの口から平和的なんて言葉が出るなんて、ありえない。物凄く胡散臭い。

 胡散臭いといえば、そう。


「颯太、やっぱりおかしかった。あの異常な執着は前からあったけど、あんなことをするなんて……」


 思い返せば颯太は完璧だった。

 人望も厚く、勉強も運動もでき、社交的。先生からも信頼されている。そんな人間、できすぎている。そう、彼はできすぎていたのだ。まるで作っていたかのように。

 どこかで綻びが出る。そういうことだったのだろうか。


「……そんなことはどうでも良いでしょう。彼は既に、過去の存在です。もう関わることもありません」


 前を行く瑞樹が言った。


「もう関わることがないって、本当に何をしたの!?」


 瑞樹は足を止め、振り向く。


「君はなぜ、彼のことをそんなにも気にするんですか?」


「なんでって……」

「君を助けたのは僕なのに、君は彼のことばかり口にしていますね」

「それは……。助けてくれて嬉しかったけど」


 だが、颯太が心配なのだ。あんなことがあったとはいえ、颯太は私の弟みたいなものなのだから。


「煮え切らない言い方ですね。そんなに僕のとった手段が気に食わないんですか? 君が嫌がるだろうと思って、平和的に解決したのに」

「あれのどこが平和的なの?」

「物理的に頭と首が別れていないところが、でしょうか」


 瑞樹は意味深に微笑むと、歩き始めた。

 私も釈然としないながらも歩き出す。

 だが、数歩歩くと瑞樹は足を止めた。


「君はやはり、彼が大切なんですね。しかし、あんな目にあわされたというのに、お人好しすぎやしませんか? 彼に特別な感情でもあるようにも見えましたよ?」

「それはそうだよ。私と稔、颯太は家が近所だからよく遊んでたから。まあ、ちょっと年は離れてるから、幼馴染っていうよりは弟がもう一人できた感じだったんだけどね」


 私はそこで言葉を切って、瑞樹に問う。


「ねえ、さっきからしつこくない? 助けてやったからお礼の一つでも言えとか、そういうことなの?」

「礼を言ってほしいわけではありませんが、それでは一つ、僕のお願いをきいてくれませんか?」

「内容にもよるけど、言ってみて」

「……帰らないで。僕と、ここに残ってください」


 私の足が止まった。


 瑞樹が足を止めて、振り返る。


 瑞樹を残してここから出るという選択が果たして正しいのかと迷っていた私に、その懇願は深く刺さった。返せる答えなどない私が沈黙すると、瑞樹は小さく口の端を歪めた。だが、彼はすぐにいつもの微笑を浮かべる。


「……いえ、なんでもありません。聞かなかったことにして下さい」


 そう言って、瑞樹は足を動かした。


 聞かなかったことにはできるはずもなく、しばし遠くなる瑞樹の背中を見守ってから、私は彼の後を追った。


 私は、あとどれだけ彼といられるのだろう。

 二月(ふたつき)もなく私は彼との別れを迎えるのだと思うと、胸が痛んで仕方なかった。


 最後の選択をしなければ。

 私に呈示された、最後の選択を。

 回答時間は、あまり残されていない。


 私は誰にもわからないように、血の気がひくほど強く、手を握りしめた。





 ◇◆◇◆◇





 後ろを歩く秊から極力意識を外しながら、煮え立った頭を冷やそうとしますが、上手くいきません。


 僕はどうしてあんなことを口走ってしまったのでしょう。彼女を困らせるだけだなんて、分かり切っていたのに。


 自分の顔が見られていないのをいいことに、僕は自嘲します。

 なんて(ざま)でしょうね。今なら美月の心境がわかる気すらします。

 叶うことなら、彼女と一緒にいたい。


 彼女があんな鶏のことをいつまでも気にしているから、つい本音が出てしまったのかもしれません。


 彼女は人間であり、願いを叶えたからには帰っていくというのは確定事項でしょう。


 いっそこのまま、彼女を理科準備室に閉じ込めてしまいたいとすら思います。けれど、それだけはできないんです。


 それをしてしまったら、かつての自分と同じ目に彼女をあわせるだけ、ですから。


 ……それだけは、してはならないんです。


 もしも、僕が人間だったなら。彼女と同じ時間を生きられたのでしょうか。


 廊下を淡々と歩きながら、夢想します。


 僕に腕があれば彼女を繋ぎとめられる。

 僕に足があれば、彼女と共に歩ける。

 僕に心があれば、彼女と一緒に笑える。


 そして────僕に命があれば、彼女と同じ生を刻めるのに。


 今ほど我が身を呪ったことなど、ありませんね。大切な人ができたというのに、取り残されるしかないなんて。


 目的を達したからには、彼女はもうここには来ないでしょう。

 唯一僕ができるのは、ここから彼女の幸せを願うことだけなんです。


 いつか彼女は、彼女にふさわしい誰かと出会って生涯を共にするのでしょうか。


 僕は、どれだけ祈っても、ここから出ることはできない。

 奇跡など、ないんです。


 胴体が徘徊しているのは、恐らくそれでも方法を探したいと思っているから。

 とっくに気付いていましたよ。


 あれは無為に彷徨っているのではありません。あれは校舎中をもう何年も、何十年も。あるいはもっと長い間。


 僕がここから出る方法を探し続けているのです。


 諦められるはず、ありません。

 それでも、僕は……。


 赤い月だけが、瑞樹の苦悩を見ていた。


 こんなこと。


 君には、言えない。




2、3話分をバランスの関係でくっつけたら、なんか流れが微妙になっちゃったような感じです……。

多分、筋を変えずに後で改稿します。





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