「はあい」
明日はもうクリスマスですねー。
明日の更新予定はないので、今フライングして言っておきます。
メリークリスマス!
やはり、いよいよここは秘密兵器の出番だろうか。
私はドアにひっそり近寄って、黄門様の印籠のようにクッキーの包みを持ち上げる。誰が見ているでもないのにもったいぶった手つきだ。
そして、静かに言う。
「お菓子、あるよ?」
ガタンッと、中で何かが動く音がした。
苦悩しているのが目に浮かぶようだ。
私はさらに、追い打ちをかける。
トイレの扉の合わせ目に、ぼそりと囁く。
「……おいしいよ?」
多分、ね。というのは、言わぬが花である。
扉は彼女の苦悩を表すかのように数瞬沈黙した後、決壊したダムのように私ごと跳ね飛ばすつもりかという勢いで開け放たれた。
花子さんは私には目もくれずに、一心不乱にきょろきょろしている。目当てはお菓子だろう。
太郎君からの情報は正しいようだ。
花子さんのハムスターのような挙動に、ちょっとしたいたずら心が鎌首をもたげた。
クッキーを包む可愛い模様のビニール袋の、モールで縛ってある首の上をつまんで、腕をまっすぐ伸ばし高く持ち上げてみた。
クッキーの袋に花子さんの目線は釘付けだ。身長の低い彼女では、背伸びしても届かない。
試しにそのまま、包みを右に動かす。
花子さんの目も、右に動く。
今度は包みを左に動かす。
やはり彼女の目も左に動く。
花子さんは上目遣いで私を見上げた。
「おかし……」
はっ、私は何を!?
『ついついやってしまったんです。今は後悔してます。』
心の中で、警察署の取調室でカツ丼を前に懺悔する自分の姿がよぎる。
そう、これはきっと瑞樹の影響だ、そうに違いない。
性格の悪さがうつったんだ。
くっ、瑞樹め、間接的にも被害者を出すなんて。
「おかし……」
花子さんは繰り返した。
私は手を下ろして、クッキーを花子さんに差し出す。
「くれるの?」
花子さんが、純真にきいた。
「うん、あげるよ」
ぱあっと、笑顔が彼女の顔一面に広がった。
今までのとげとげしさはどこにいったのだろうか。もはやかつての所業は錯覚だったように思える。
花子さんはモールをといてクッキーを一枚つまみとると、嬉しそうに口に運んだ。
袋を持っていない方の手で頬を抑えて、うっとりとしている。
「おいしいの!」
とても幸せそうだ。太郎くんといるときよりも幸せそうなのだが、彼はいいのだろうか。
何にせよ、今がチャンスだ。
「花子さん、えっとね。この前はごめんね。でもあれは誤解なんだよ」
「あのね〜、おかしくれるひとはいいひとだから、いいの!」
微妙に噛み合っていないことを言いながら、花子さんは次々とクッキーを口に放り込んでいく。後で食べるぶんをとっておくという考えはないらしい。
さくさくと歯切れの良い音が、タイル張りのトイレに反響する。
「太郎くんとは世間話してたんだよ。私、花子さんと仲良くなりたかったから、どうすれば良いかなって」
さくさく。さくさく。
聞いているのかいないのか、私の話をBGMに、彼女はリスのように口いっぱいにクッキーを頬張って目を細めている。
クッキーがあと三枚ということろでやっと、花子さんは黒目がちな目を私に向けてくれた。
「お友達、なりたいの?」
「うん」
ちょっと違うけれど、ニュアンスはだいたい同じ方向性だ。
いちいちつついてまた話をこじらせるよりは、ここは肯定しておくのが良策だろう。
「いいよー」
花子さんはあっさりと言った。
そして、クッキーの最後の一枚が彼女の口の中に消えていった。
ようやくまともに会話ができそうだ。
私は花子さんに尋ねる。
「花子さん、ちょっと聞きたいんだけどね。去年の朽名祭の日で、何か変なことなかった?」
「朽名祭の日なら、人間が二人迷い込んだはずよ。男一人、女一人。でも、男が出て行くところは誰も見てないわ」
お菓子がなくなったからだろうか、花子さんは通常運転に戻ってしまった。素直な花子さん、可愛かったのに。
スイーツは偉大、ということか。
また、お菓子を買って差し入れよう。
ひとまず今は、もっと詳しい情報を聞きたい。
「それで、何があったの?」
「知らない」
私が責めるような、もしくはよほど疑うような顔でもしていたのだろうか、花子さんは慌てて付け加える。
「知らないっていうのは意地悪で言ってるんじゃないからね。本当に知らないのよ」
「でも、情報通なんでしょ?」
「それでも知らないことはあるの。でも、私が知らないってことは、誰も知らないってことなのよ」
「どういうこと?」
「私は校内に流れてる噂なら全部知ってるわ。私が知らないなら、それは誰にも、どこでも噂されてないってことなのよ。つまり、誰も知らない。誰にも見えない。誰にも感知されない」
そして、どこにもいない。
「私が教えてあげられるのはここまで。随分苦労して作ってきたらしいクッキーのお礼は、このくらいで充分でしょ。美味しかったわ」
花子さんはクッキーの包装を畳んで、トイレのゴミ箱に捨てた。
「じゃあね」
彼女はそう言い残し、個室に戻ると暗がりに溶けた。




