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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
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「は〜なこさん?」

 




 花子さんがどこにいるか知らない人はいないと思う。

 トイレの花子さんは、全国(チェーン)展開している噂だ。


 小学校で、本で、または知り合いから。

 どんな経路でも、100人に聞いたら99人は知っているだろう。


 トイレに行って、閉まっているドアに向かって、「花子さん」と呼ぶと、「はあい」と返事が返ってくる、というパターンが一番有名だ。


 追いかけてくるが100点のテストを見せると悲鳴を上げて逃げて行き、0点のテストを見せるとケタケタ笑って追い上げる、という噂など、別パターンを知っている人もいるかもしれない。


 しかし。


「誰がこんなの想像するっていうの!!」


 ギギィと軋みながら開いた女子トイレの扉の内側で、ご丁寧にワープロで書かれたらしい貼り紙が揺れた。


 貼り紙には、『ただいま花子は留守にしております。ジャーという流水音の後に、御退出下さい』とある。


「いや待ってよ。留守だからってなんで貼り紙で済ませるの!? 気まぐれな自営業者じゃないんだから! しかもジャーという流水音の後に退出って、それ待つ意味あるの!? ついでに言うと、なんで留守電風!?」


 一息に突っ込みを入れたせいで、軽く息が切れた。

 どこの世界の花子さんが、こんな変な貼り紙をするのだ。


 3月になって寒さも和らいできたところで、私は本格的に花子さんの捜索を始めた。

 ローラー作戦を決行し、順番に女子トイレを訪ねているところだ。


 これはまだ良い方で、3階のトイレではヒト違いで三本足のメリーさんが出てきてしまって撒くのに苦労したし、2階のトイレでは扉を開いたらいきなり、バネ仕掛けの赤いロケットパンチが飛び出して、顔面に痣ができた。


 ちなみに三本足のメリーさんは、可愛い金髪のセルロイド人形だった。ただちょっと、二本の足の中央後ろに、人間のものにしか見えない三本目の足がくっついていたけれど。


 現在、私はクッキーを片手に、1階の女子トイレに来ている。

 花子さんをこれで買収するつもりなのだ。

 お菓子が大好きらしい、という太郎くんからの情報を頼りに用意したは良いものの、本人に会えなくて手詰まりだ。

 相手はまだ、私を避けている。


 この校舎にある女子トイレは私の知る限り、全部で五ケ所。体育館、校舎の1階、2階、3階はもう何度も調べている。

 プールだけは未確認だが、あそこには行けないのでとりあえず保留だ。彼らにも縄張り意識はあるようなので、私を避けるためとは言ってもプールには行かないだろう。


 太郎くんが花子さんの居場所を知っていれば話は早かったのに、太郎くんは知らなかった。


「あいつにも、一人でいる時間くらい必要っすから」というのが彼の言だ。


 自分で探そうにも行けるトイレはもう全部探したし、花子さんはトイレにいるのではないのだろうか。


 一度出直して来ようと、保健室に戻るため廊下に出る。


 私は目をこすった。

 蛍光灯と夜闇で鏡のようになった廊下のガラス窓に、一瞬白いものが過ったのだ。

 それが去って行った方向には、女子トイレがあった。

 1階の女子トイレは、私の背にあるはずなのに。


 入り口にかかっているプレートによると、そこは職員用トイレ。

 迂闊だった。在学中に職員用トイレを使う機会なんてなかったから、チェックから漏れていたのだ。


 白い影は……?

 窓にはもう、真っ黒な背景に自分が映っているだけだった。他に誰もいない廊下で、一人っきり。

 窓ガラスに映る鏡像の私が、眉をひそめた。

 白いワンピースが、風に揺れる。


 職員用トイレに入ると、ラベンダーの強い芳香が鼻を刺す。強すぎる香りはむしろ悪臭になっていて、鼻がむず痒い。

 生徒用のトイレより利用者が少ないのと、頻繁に芳香剤を新しくしているのが原因だろう。

 手洗い場の花瓶には大ぶりな赤い花がいけられているが、香りが掻き消されている。


 白いタイルとクリーム色の壁のトイレは清潔に掃除されていて、三つ並んだ個室の手前二つが和式、一番奥が洋式だ。

 奥のトイレの扉だけが、閉まっている。


 慎重に奥の扉をノックした。

 この学校で流れている花子さんの噂の作法は、『一番奥の扉が閉まったトイレの個室に行き、3回ノックしてから、花子さん、と呼びかける』というものだ。


 一回、二回、三回。

 しっかりと回数を数えてノックする。


 唾を呑んだのは、期待からか緊張からか。


「花子さん?」

「…………」


 中に誰かがいる気配はするのに、答えはない。






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