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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
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台所裏事情-後始末-

今回もグロです。

ご注意下さい。



 





 扉を開こうと何度も試みるが、それは無駄にしかならなかった。


「なんで……どうして……!」


 扉をゆすぶり、こじ開けようとしても、扉は一筋の隙間さえ作らない。


 無駄な足掻きでも、他の行動をとることは考えられなかった。

 扉を叩き割ろうともしたが、まるで堪えていない様子だ。


 そうしていると足元に、染み込むような緩い温かさを感じる。

 糸を引く砂糖の溶液のような、絡みつく手のような……。


 見たくない。


 鼻先を、甘い匂いが撫ぜた。


 見たくない。


 けれど、温度は私の足を少しずつ、少しずつ、昇ってくる。

 熱が伝導しているのではない。

 熱源が、私の足を、意志を持って登っている。


 そう認識したとき、私の目は自分の足元を映していて……。


 あちこちに、人間に酷似したパーツを冠した『お菓子』が、自分の一部をこぼし、なすりつけ、私の足に群がっている。


 私を阻もうと、逃がすまいと、小さな手で、パーツで、その重さで、私を縛り付けている。

 『お菓子』は、温かかった。焼きたてのお菓子というほどの熱さではない。もっと生温い──そう、人肌の温度。


 彼は材料は勝手に補充されると言った。けれど、いくら裏とはいえ、空気からポンと飛び出すはずもない。


 最悪の予想が、去来する。


 このお菓子の、材料は……。


 テーブルの奥から、何かが車輪のように回転して来る。

 仁科君は立ち上がって、私の方に歩いてくる。


 私から少し離れたところでその回転物は止まり、床に崩れた。

 それは、ドーナツだった。

 元は、チョコドーナツだったのだろう。今では赤黒い、気色の悪い色になっている。

 ただ、当然それも普通のドーナツであるはずもなく。

 輪の内側に、びっしりと歯が生えていた。

 大小様々で、なかには黄ばみ、欠けた臼歯から、まだ小さな子供のものであったろう瑞歯まで。


 彼はドーナツを見て、言う。


「まだ残ってたかあ。ドーナツはウルサイんだよね」


 ドーナツがうるさい、という言葉の意味は普通は理解できないだろう。けれどすぐに、それは耳を澄ませば否応無しに理解できた。嫌でも理解させられた。


 聞こえるのだ。


 初めは小さな囁きだった。

 次第にそれは大きくなっていき、言葉になっていった。


 ────す……ぇ、ぁ……けぇ、たすけて、たすけて、たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたスケte!!


 ドーナツが喋るはずがない。

 たった一つのドーナツの異様な輪唱は、私の予想を確信に変える。


 私の見ている前で、ドーナツの上に白い上履きが乗り、それは床まで貫通した。

 彼だ。


「ウルサイから黙って」


 ドーナツはもう『ウルサイ』なんて言われない。

 靴がどけられた後にはドーナツの残骸すら残らず、白いどろどろした何かが残った。


 無慈悲な一言を放った彼は、猫のようにするりと動き、私と鼻がつく一歩手前まで顔を寄せる。


「ねえ、ボクを一人にしないで……」


 それは、哀願だった。


 私は答えない。

 応え、られない……。


「……このお菓子、材料は何?」


「小麦粉と、お砂糖、バターでしょー?あとはー」

「その材料は?」


 無邪気に、麦とか牛乳だよ、と返して欲しかった。

 でも、彼の答えは変わらない。


「知らない間に『補充』されるんだ。さっきも言ったよね?」


 声だけは私の望んだ通りに無邪気な彼は、気付いていないのだろうか。


 彼は、天使のようだった。

 天使のように綺麗で。

 汚れたモノゴトを、見えないふり、知らないふりが上手。


 彼は私と同じだ。


 私と同じで。

 気づきたくないのだ。


 彼のお菓子を食べたら、裏側に引き摺り込まれる。なら、その後は?

 ここには、被害者らしき影はない。


 その答え。


 消える犠牲者。

 増える材料。


 サイクルが、回る、周る、廻る……。


 『お菓子』の材料は、ニンゲンだ。


 私が彼の目を見つめると、彼は極上の笑みを浮かべた。


 口を、固く結ぶ。


『お菓子』を拒む、無言の意思表示として。

 噂の通りなら、食べなければ平気なはずだ。


 彼は眉尻を下げた。


「困ったなあ。口、開けてくれない?」


 私は全身で拒絶した。

 手で固く、口を覆う。


 ここから逃げられないなら無駄な抵抗にしかならない、時間稼ぎだ。


 すると、足から上に、お菓子が私の体を這い始めた。

 ジャージなだけましだった。

 いつもの服装だと、この脂がなすりつけられる感触も、生命なき温かさも。

 もっとダイレクトだったろうから。


 震える体を縮こまらせて、私は口に当てた右手を強く押し付けた。口に、何も入らないように。

 足まで震えが達して、立っているのさえ困難だ。転ぶわけにはいかない。

 そうしたら、『お菓子』は、一目散に私の口へ向かう。


 それは確定した未来なのだろう。


 多分、足掻いたって結果は変わらない。遅いか早いか、それだけだと思う。

 それでも、諦めたくなんてなかった。

 稔のため────

 ──あるいは、私のために。


 お菓子は、私の胸にまで来た。

 縋るように、左手のお菓子の包みを、きつく握る。





活動報告に、おまけを載せました。

ホラー以外の何物でもないですが、よろしければのぞいてみて下さい。




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