クッキング☆タイム1
ちょっと短めになっちゃいました……。
字数はなるべく調整してるんですけど、難しいです。
「ああーっ!! やっと遊びに来てくれたんだね!」
家庭科室の扉を開けた私を迎えたのは、仁科君のエンジェルスマイルだった。
今日は新月。
蛍光灯が点いていはいても夜の家庭科室はどこか陰気で、ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女の窯みたいだ。あるいはここにまつわる彼の噂が、私にそんな印象を与えているのだろうか。
陰鬱な雰囲気とは裏腹な仁科君の明るさが、不釣り合いだ。
「遊びに来たんじゃないんだけどね、ちょっと家庭科室のオーブンを使いたいんだ」
「何か作るの?」
彼は目ざとく、私が手に持っているスーパーのレジ袋を見とがめる。
彼のお菓子を食べるのを拒否している私がお菓子を作ろうとしていると知ったら、気を悪くするのではないか。
そう思わなくもなかったけれど、ここは正直に答えておこう。
結局、彼のエンジェルスマイルに私は勝てないのだから。
「えっと、クッキーを作ろうと思って」
「クッキー!?」
彼は目の色を変えた。
やはりここは誤魔化しておくべきだったか。
だが、今さらもう遅い。
私が横目でドアまでの退路を確保するのも知らず、彼は興奮したようにまくし立てる。
がしっと腕をホールドされた。
「君もお菓子作る人だったんだね! うんうん、それなら納得だよ。ごめんね。ボク、キミにお菓子勧めたりしちゃって。自分の好みとか拘りとかあるもんね。きっと、キミは作るの上手なんだろうなあ」
ハードルが……上がった!?
私はお菓子を作れる。でも腕前は、普通でしかない。
特別上手くもないし、かといって下手でもないのだ。
彼はきらきらと目を輝かせている。
私は一応、悪あがきを試みた。
「そ、そんな上手じゃないよ。普通も普通、ホントに一般人レベルだって!」
「謙遜なんかしないで良いよ〜」
なけなしの愛想笑いも崩れてしまう。
クッキーなら……と一人ごちながら、仁科君は近くのテーブルの下にしゃがみこんだり、奥から何やら持ってきたりし始めた。
彼が私の前に戻ったときには、クッキー作りに必要な器具は全て、机に並べ終えられていた。
大きめのボウル、木べら、泡立て器、木の板、麺棒、秤、それにいくつかの食器と小さな容器が、無秩序に積まれている。
道具はありがたいのだが、道具に混じって置かれた小さな容器。これが嫌〜な気配を発している気がする。
容器は半透明な白で、小さ目だ。プラスチック製のありふれたもの。
問題は中身だ。この気配はそう、彼の作る、真の意味で殺人的なお菓子の数々とよく似ている。
開けて確かめれば済むことだが、この予感を信頼するなら触らないほうが良い。
冷や汗を背中にかき、私は仁科君に尋ねる。
「……この小さい容器は?」
「あっ、それはね。ただのクッキーじゃさみしいでしょ? だから、トッピング用に、チョコチップとかナッツとかー、あとドライフルーツとかも持ってきてみたんだ」
邪気のない顔で、彼は言った。
……やってることは邪気以外の何でもないよ!?
回避、回避するしかない!
文化祭で瑞樹が彼をあしらったときのことを思い出すの、私!
「あ、ありがとう? でも、シンプルさの中にこそ、真理はあると思うな」
「なるほど、キミはシンプルなお菓子が好きだったんだね……。ボクとはちょっと趣味が違うんだなあ。でもそれもアリだよね!」
難しそうな顔になったのも束の間、仁科君は明るく言った。勝手に納得してくれたようだ。
私は机を挟んだ位置にいる彼から視線を外し、まずはとレジ袋から材料を取り出す。
ビニール袋の擦れる音に紛れて、ぼそっと彼が呟くのが聞こえた。
「今度彼女にお菓子を作るときは……ダイエット中って言ってたから、砂糖とバターを控えて……自分で作ってるってことは、クッキーは嫌いじゃないはずだよね……。シンプル、でもボク好み……市松模様のクッキーとか……?」
ぞわっと、震えが走った。
プラン……プラン立てられてるよ……。
今度市松模様のクッキーを見かけたら、絶対に手をつけないのは決まりだ。
私は材料のパッケージを解き、秤に載せて分量を大まかに測っていく。
なんか変なプランとか立てられちゃったけど、それでもここに来て良かった。
彼の明るさは私には眩しすぎるものの元気が出るし、ボケにツッコミを入れるのに集中して、今だけは他のことを忘れられた。
異物混入に注意しないと生命の危機なのに目を瞑れば、だけどね。
私は抑えきれない苦笑をこぼしてバターと砂糖を練り合わせつつ、隙あらばとレーズンの容器を構えている仁科君の腕をはたいた。




