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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
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迷走1

 





 稔のことを思い出してから、私はずっと校舎を走り回っていた。


 去年の祭りの日、不良に追われて逃げ込んだ学校で、稔は消えてしまったのだ。

 私のせいだ。

 私はちゃんとしいてなかったから。


 私が一人で不良に対処できてれば、稔はあそこで笑っていられたのに。


 けれど、どこにも稔はいなかった。


 昼も夜も。

 表も裏も。


 どれだけ探しても見つからない。


 瑞樹のところにも、もうしばらく通っていない。それどころか、保健室にさえ、もうずっと戻っていなかった。


 頭を占めるのは、稔のことばかり。


 私が瑞樹と話してた時。

 アリスと笑っていた時。


 稔はどうしてたの?

 一人ぼっちで。

 誰も知り合いがいなくて。


 笑えてたはずないじゃない。


 頬に冷たさを感じて空を見上げると、雨が降り出していた。

 雨足は強くなっていき、じきに本降りになった。


 私は濡れるのも構わず、捜索を続ける。どうせ風邪なんかこちらでは引かないのだ。服が重くなるだけなら、どうだって良い。


 一月もこんなことを続けていた私は、ふらふらとまたあてもなく歩き出した。

 校舎に入ろうとすると、何かに手首を掴まれる。


 掴む腕を辿るように視線を上げて手の主を認め、緩慢に瞬きをする。そこにいたのは颯太だった。


「姉さんどうしたんだよ、その格好」


 強い口調で、颯太は問い詰める。


「だって……稔、稔を探さないと」

「姉さん、思い出したのか」


 強引に颯太は私の手を引き、校舎裏に誘導する。

 抵抗する気力も、訳を問う気力もない。

 もうどうでもよかった。なすがままにされていると、颯太は険しい顔で私と向かいあう。


「颯太、稔がどこにいるか知らない?」

「稔は失踪したことになってる」

「違う、違うの、稔は私のせいでいなくなっちゃったから、だから探してあげないと……」


 失踪したはずがない。

 だって稔は、私のせいでいなくなったんだから。


 颯太は舌打ちして言う。


「稔なんか探してやる必要ない」

「どうして、そんなこと言うの!」


 自分でも意識せず、手が上がった。彼に振り下ろされるであったろう手は、しかしながら苦々しげな表情の颯太自身の手によって阻まれる。


「姉さんがこうまで思いつめてるなんてな。笹野神社のお守り、買っといて良かったぜ。1個1万円って聞いた時は確実にぼってると思ったが、あながちそうでもないみてえだ」

「お守り……」


 颯太がちらりと一瞥した学校指定の鞄には、神社でよく売っているようなお守りがぶら下がっていた。


「笹野とオハナシして、どうにか姉さんを見守れる方法がないか聞き出したんだ。そしたら笹野神社のお守りがあれば、なんとかなるかもしれないって言われた」


 1万円でどうにかなるんなら安いもんだぜ、と彼は続ける。


「稔がいなくなったのは姉さんのせいじゃないし、仮にそうだとして稔が帰ってこなくても俺はむしろ嬉しいだけだ」

「なんてこと言うの、稔は……」

「いつもそれだろう!」


 私の言葉を遮って、颯太は叫んだ。


「いつだってそうだ。あいつは姉さんの弟だからって、それだけでいつもいつも……!」


 颯太はいつも良い子だった。なのにこれはどうしたことだろうか。

 稔がいなくなっても嬉しいだけだ、とか、そんなこと、颯太が言うはずないのに。


 颯太は虚ろに笑う。

 その姿が、文化祭での彼と被った。


「俺はあいつがいなくなって、すぐに気付いた。何かおかしいって。だって、完璧で最高な姉さんから離れて消えて、その上姉さんに心配かけるなんて異常だもんな」


 彼の顔が歪んでいく。例の、泣いているのか笑っているのか判別できない表情だ。


「朽名祭から姉さんの様子がおかしいのにも、すぐ気付いた。だけど、俺はあえて言わなかったんだ。だって、これでこれからは俺が姉さんの一番でいられるんだ、だから……!」


 颯太は私ににじり寄り、逃げ道が塞がれた。

 彼の両手で囲われ、校舎の壁に追い詰められる。


「なあ姉さん、俺は姉さんが好きだ。姉さんも俺が好きだよな、だって一番姉さんを愛してるのは俺なんだから」


 泣いているような声だった。


 颯太は何を言っているのだろう。

 颯太は私の弟のようなもので、それ以上でもそれ以下でもない。


 ずっとそうだった。そして、これからも。


 颯太とは仲が良いって思い込んでた。でも、多分違ったんだ。

 現に、私は颯太の気持ちに気付かなかった。

 私にとって颯太は、『良い子』。それだけでしかない。


 私は颯太を、見ていなかったんだ。

 表層だけしか見ず、理解しようともしなかった。


 彼は私を完璧、至高とか大げさなことを時々言っていたけど、多分それは違う。


 私は自分以外に興味がなかった。

 だから、稔のことの他では、自分のことだけ考えてその場限りの付き合いばかりして。

 相手が欲しい言葉だけを吐いて、自分に都合の良いことばかりを聞いて、やりたいことだけをやった。


 だから執着なんてしない。

 だから拘らない。


 稔だって、もしかしたら……。


 颯太の顔が近付いてくる。


 瑞樹は、こんな私をみたら笑うだろうな。『無様ですね』とか言って。


 私は颯太を思い切り突き飛ばした。ここで颯太を受け入れることは、私にはできない。


 私は逃げた。

 颯太からも。


 どこにも行く場所なんてないのに。


 颯太の声が、駆ける私を追いかける。


「姉さん、俺は諦めないぜ」と。






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