クリスマス2
壊れた玩具のように虚空に謝罪し続けている私を正気に戻したのは、瑞樹の静かな問いかけだった。
「……君はもう、壊れてしまうんですか?」
謝罪で埋め尽くされかけた心が、急速に、現実に引き戻される。
そう、私はまだ思い出しただけ。まだ稔に会えたわけではないのだ。
「それで、思い出せたんですよね」
何が、とは訊かれなかったが、私にほそれで通じた。探しもののことだろう。
「うん」
右手で涙を乱暴に拭い、答える。
瑞樹は、感情の見えない微笑を取り戻していた。
あの日と変わらない、裏を感じさせる微笑みで、彼は言った。
理科準備室の、申し訳程度の蛍光灯の光が瑞樹の目元に影を落としている。
「君の探し物は、何ですか?」
ここに来た日にも訊かれたその問いに、今なら答えられる。
「私の探し物は、稔。……私の弟だよ」
彼は微笑みを崩さなかった。
私は、怯えて縮こまる心を押さえつけた。心臓の上に手を当てて、努めて冷静に話す。
「去年の朽名祭で、私は不良に絡まれた。それで、一緒に来てた稔に手を引かれて逃げたんだ。夜の学校にね」
「なぜ学校だったんですか?」
「けっこうしつこく追いかけられてたから、家に直に逃げると危ないって稔に言われたの。それで、学校なら誰かいるだろうし、隠れやすいからって」
瑞樹は、それを聞いた途端に笑い出した。
「くくっ、ふふふふ」
「なにがおかしいの」
瑞樹にとっては人ごとでも、私は真剣なのだ。笑われていい気がするはずもない。
「いえ、くくっ。すみません。お気になさらず」
瑞樹は笑うのはやめたけれど、まだニヤついている。
どこがそんなにおかしかったのか、さっぱり分からない。
いや、こいつのことだから、私の不幸が楽しいだけというのもありそうではあるが。
瑞樹と仲良くなれたのだと、思っていた。
なのに彼と過ごす度に、分からなくなる。
8月から今まで、半年近くの時間をほとんど共にしてきたのに、瑞樹の考えは理解なんてできないし、感覚もズレすぎていて意味不明だ。
彼の挙動には彼なりの一貫性がある、のだとは思うけれど、肝心のそれは少しも私には見えない。
音楽室のあの出来事も、はぐらかされてしまって結局のところ、藪の中だ。
いつか見た、あの白衣の女性を思い出す。
とても綺麗で、とても狂っていたあの女性を。
彼女なら、彼を理解できるのだろうか。
稔のこと。
かつて私が願ったこと。
その焦燥に重なるようにして、新たな感情が積もった。
これは、多分……嫉妬。
重い、暗い感情を胸に、私は含み笑う瑞樹を見ていた。
瑞樹に気どられないよう、稔をないがしろにしてるんじゃないと自分に言い訳できるよう、表情を殺して。
それは、稔への感情に混じった不純物。
私はここに稔を探すために来たというのに、瑞樹のことも考えてしまっている。むしろ、比率で言うならそちらの方が多いくらいではないか。
私は稔を探すことを一番に考えないといけないのに。
そうしないと、駄目だったのに。
今はとにかく、稔のことだ。
稔を早く見つけてあげないと……。
そのためなら。
「瑞樹」
「はい?」
「私、当分ここには来ないことにするよ。稔を、早く見つけてあげないといけないから」
自分の想いを捨てるくらい、何でもない。
芽吹きかけていた小さくか弱い感情は、塵箱に放られた。
私自身の手で。
「分かりました。……見つかると良いですね」
瑞樹はあっさりと言った。
そのことに少し落胆している自分に気付き、自己嫌悪する。
無理矢理作った笑みを、彼に向ける。
「うん。ありがとう」
私はふらふらとしながら、廊下に向かう。
どこにいくかなんて考えていない。
稔を探す。
ただそれだけに集中しなければならないのだから。
だから、瑞樹の所になんかいてはいけない。
稔以外のことを考えてもいけない。
────稔、待ってて。すぐに、すぐに見つけてあげるから。




