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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
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花子の好物

最近シリアスが続いたので、ここで一発、シリアスクラッシュしちゃいます。




 






 12月。秋が終わり、冬がやってくる。

 温度変化をほとんど感じない私でも、女子トイレの窓から木々の葉が落ちるのを見て、冬の訪れを感じていた。


 冷たいタイルを踏みしめ、私は1階の女子トイレでかれこれもう2時間も立っている。

 探せども探せども手がかりが見つからない私は、情報通だという花子の力を借りようと思い立った、のだが……。


 花子は私を太郎を狙う泥棒猫だと思い込んでいるらしく、情報をもらうどころか会ってさえもらえない。

 こうなったらかの有名な三顧の礼だ!

 そう思いつき1階のトイレからしらみつぶしに3回ずつ通って実践しているものの、駄目だろうなあ……。


 私は現実逃避を中断して、窓枠に手を掛け、ため息をつく。


 まだ眠くはないし、このまま2階の女子トイレをはしごしようかと思い、窓に背を向けたその時。

 すぐ脇、一番奥のトイレから、唸り声が聞こえてきた。


「……じょー……、き…………すかぁ」

「……!!??」


 寒さなんて感じないはずなのに、鳥肌がたった。声は男性のものだったのだ。


 怪異ならまだ良いがまさか、勇者(ヘンタイ)が侵入したのか。


 警戒心からぎこちなくトイレの中を見るが、人影どころか、血痕のひとつもない。

 ただトイレの壁に、『後見癖をつけましょう。綺麗に始末すること』という貼り紙がしてあっただけだった。


 後見に『こうけん』と汚い字でふりがながふってあるが、多分もとは、『あとみぐせをつけましょう。綺麗に始末すること』だろう。


 ただトイレを綺麗に使おうというだけの標語のはずなのに、まるで誰かの後見人になった後でその人物を綺麗に始末するというようにもとれる。

 意味もなくダーティーだ。

 まあトイレはダーティーな場所だけど。


 トイレは学校でも屈指の怪異に人気があるスポットだ。

 昼間でも薄暗く不気味な雰囲気があり、個室に一人きりという状況から、人を驚かしやすいのだという。

 この学校ではまだ見ていないが、太郎君と花子さんの他にも、赤いちゃんちゃんこ、3本足のメリーさん、赤い紙青い紙などの怪談がある。


 ……勇者(ヘンタイ)ではないのだろうか。

 しかし、まだ油断はできない。男性の怪異が特攻しているということも考えられる。


 逡巡しているうちに、声は次第にはっきりとしてきた。


「お……、聞こ……すかぁ?」


 どんどん大きくなっていって、そして……。


「お嬢、聞こえてますかぁ……? 太郎っすよぅ……」

「って太郎君なの!?」


 驚かさないでほしかった。

 そういえばU字管デートだとか、連絡はパイプ越しとか言ってたっけ。こういうことだったんだ……。


 私は脱力してしまった。


「最近ー、花子を探してるそうっすねぇ」


 ツッコミを流して、太郎君は言った。


「うん。ところでその間延びした幽霊風の喋り方、やめてくれる?」


 雰囲気を出そうとしているのだとは思うが、そんな雰囲気はいらない。むしろウザい。


「でぇ、どうしたんすかぁ」

「花子さんに情報を聞きたいんだけど、会ってもらえなくて。それで、その間延びした幽霊風の喋り方、やめてくれる?」

「ならぁ、菓子を用意すると良いっすよぉ」

「花子さんって、お菓子好きなの? あと、あくまでもその喋り方拘るんだね」


 もう喋り方は諦めよう。

 人生とは妥協の連続だと、私は既に学んだのだ。


「えぇ、菓子ならぁ、なんでも大丈夫っすよぉ」


 なんでも良い。

 そう聞こえた瞬間、衝撃に私はよろめいた。

 その一言は、幾度女性たちを苦しめてきただろう。


 例えば食事時の、あなた、なににする?という問いかけ。

 例えば彼氏との初デート前日の、あした、何が良い?という問いかけ。


 この、何でも良い、という言葉には、常に危険がつきまとう。

 作って行ったは良いものの、微妙という評価が下される危険性だ。


「な、なんでも良いって、何?」

「だからぁ、なんでも良いんすよぉー。じゃあぁ、オレはこの辺でぇ」


 そう言って、無情にも声は消えていった。


 私は女子トイレの壁に手をついて立ち竦み、呟く。


「なんでも良いって、なにが良いの……?」


 私の呟きが、タイルに反響した。





 ひとまず保健室に戻って、アリスにオーソドックスなお菓子について尋ねると、アリスは言う。


「オーソドックスなお菓子って、どういう場面なの? ハロウィンとか、クリスマスとか、プレゼントとか、色々あるわよ」

「その分類だと、プレゼントになると思う」

「だったら、本人の好みもあるけどクッキーとかが定番じゃないかしら。渡すのは、誰なの?」

「そうだね、仲良くなりたい女の子かな」


 アリスはピキーンと固まって、動かなくなった。


「な、何!? 大丈夫なの!?」

「だ、だって……仲良くなりたい女の子って、つまりソーユウことでしょ……?」


 みるまに顔を真っ赤にした彼女は、じりじりと机の上で後ずさる。


 ソーユウ、ソウユウ、ソウイウ?


「どういう?」

「い、言わせるの!?」

「…………。…………!?」


 動揺がひどいアリスの反応を見て、ようやく私もドウイウことなのか理解した。

 つまり、おそらくアリスは、私が百合のお花畑の住人だという不本意な勘違いを……? いわゆるGL的な?


「ちっ、ちがうちがう! ソッチじゃなくて!」

「ソッチじゃないならドッチなのよ!?」


 彼女の誤解を解くのに、私は丸一晩を費やした。




「それなら、買うんじゃなくて手作りしたらどう?」


 なんとか状況を説明し終えてぐったりした私に、気まずそうに視線を逸らしたアリスが提案する。


 手作り……。

 良いかもしれない。


 美紗ちゃんに買って来てもらおうと思っていたけれど、どうせ後でお金を払うんだから、それは問題ない。お菓子を作ったこともあるし、クッキーくらいならなんとかなるだろう。


 罪悪感のためかいつになく素直なアリスに教わりながら、彼女に出してもらった紙片に材料をメモした。


 明日手配しよう。






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