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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
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夢か現か

うっかりこの一話を入れるの忘れてました。

なくても意味は通じると思うんですが、やっぱり座りが悪いですよね。



 




 私は後日、何度にも渡る失敗の末に音楽室にたどり着いた。

 夜は変わらず妨害が激しくて、昼間の挑戦。現在時刻は午前10時だ。


 数日ぶりに見る扉の前に立つと、言いようのない違和感を感じる。どこがおかしいというわけでもないのだが……とにかく何かが違うのだ。


 原因は分からないものの、ここに来た用件が用件なだけに、私は慎重にドアを開き、室内に身を滑り込ませた。


 引っかき傷一つさえ見逃さない心構えで音楽室の奥のグランドピアノの方に目を向ける。

 だが、その必要なかった。

 見逃すことなどありえないほど、大きな変化。


 一目で異常を見て取り、私は身を強張らせる。

 音楽室のシンボルとも言えるグランドピアノは、ぐちゃぐちゃに破壊されていたのだ。それは斜めに真っ二つに割れ、大きく破損している。


 なんでこんなことに。


 私は哀れを誘うその姿に、歩み寄っていった。

 どうやら何か大型の刃物で切りつけられたようで、黒塗りの表面の割れ目から木の色をした内部や弦が覗いている。一部の黒鍵と白鍵も吹き飛んでいまっているらしい。

 むごい……。


 彼女はどうなったのだろう。

 交流はほぼ皆無だが、それでもあれが現実にあったことなら心配だ。


 しゃがみこんでピアノのフロント部分を確認すると、彼女は映っていない。

 まさかいなくなってしまったのか。

 慌てて腰を浮かせ、そこらじゅうを探し回っても、見当たらない。


 時間の問題ということもあるかもしれないから、夜まで待つしかないようだ。

 私は落ち着かない心境で、嫌でも目に入るグランドピアノから目を背けて、大きな窓から校庭を眺めた。校庭で、どこかのクラスがサッカーをやっている。


 ……私が見たうち音楽室の部分はまだ不明だからひとまず置いておくとして、縁日の方はなんだったんだろう。

 雰囲気や見知った光景があったことから、あれは朽名祭だと思う。

 だけど、私の思い出にはあんなことがあった記憶はない。

 あれは夢だったのか、それとも…。


 時系列から考えて、あれはあの時音楽室で起きたことではないと思う。もしかしたら、あれは私が忘れてしまった記憶の一部なのだろうか。

 ふと、私が『さがしもの』の正体を忘れているというのは確かだが、他の記憶まで無事だという保証はないことに気付いた。

 ……忘れていることすら忘れているのだから。

 急に不安になる。私は、どこまで確かなのだろう。


 校庭で、一人の男子生徒がゴールにボールをキックした。

 球は……ゴールの脇の金属部分に当たって、跳ね返されてしまった。


 ぼんやりとしていると時間はすぐに過ぎてしまい、手持ち無沙汰に色々と観察したり考え事をしているうちに18時に近づいてきた。


 ピアノをもう一度確認するが、やはり彼女はいない。心配になって音楽室中をひっくり返していると、声が響いた。


「ちょっと、どこ探してるのよ。流石にベートーベンの肖像画の裏なんかにはいないわよ」


 この声は……。

 彼女を探して辺りを見回すが、相変わらず姿はない。

 再び声が響く。


「ああもう、アタシは今、姿も現せないくらい凄い弱くなっちゃってるの。ピアノは時間がたてば勝手に直るし、放っておいて。それよりアンタ、あいつの何なのよ」

「あいつって、瑞樹?」

「そう、あの生首男。あいつが他人を庇うなんて、あり得ないわ。弱みでも握ってるの?」


 散々な言われようだ。


「そういうわけじゃないよ。多分、面白いからじゃない?」

「おもしろい、ねえ……」

「そう。多分、私が『さがしもの』を探すのを諦めるとかしたら、瑞樹は私をどうにかすると思う。つまらないって理由でね」

「ふぅん」


 声は、興味なさそうな相槌を打った。

 ここに至って私はようやく、もう一つの変化に気付いた。


「そういえば、初めて会ったときと喋り方が違うような気がしたんだけど」


 数秒間の静寂の後、声は大爆笑を始めた。


「ぷっ、あはははは! なに、今さら気付いたの!? あんたが最初に会ったのは、アタシじゃなくて姉さんの方よ。2回目からはアタシだけどさ」

「お姉さんがいたんだ」


 少女の声はひとしきり笑うと、少し声を落とした。


「……あのね、もしまた姉さんに会うことがあったら、アタシのことは言わないでおいてくれる?」

「いいけど、なんで?」

「……言えない」


 それだけ答えると、一転して話題を逸らすように明るい声色で、彼女は私に言う。


「っ、そうだ! アンタさ、あいつのこと、あんまり気にしない方がいいわよ。あいつが他人を庇うなんて今までなかったもん。気にはかけられてると思うわ。じゃあね」


 そうして、彼女は沈黙した。


 このピアノの残骸、そして彼女の発言から、あれが夢などではないことは分かった。

 それなら、私を助けたのは誰だったんだろう。


 瑞樹関係なのは間違いないけれど、あの人物には首から下、体があった。しかし、別人にしてはどうしてあのタイミングで出てきたのかという疑問が残る。


 それに、ピアノはかなりの重量級の刃物で切りつけられていたようだった。

 瑞樹にそんなものが扱えるのだろうか。

 謎は深まるばかりだ。


 私は改めて、瑞樹のことをほとんど知らないということを実感した。

 私の知っていることといえば、いつも理科準備室にいること、面白いことと他人の不幸に目がないこと、ホルマリン漬けであることくらいだろうか。

 今までは流せたことも、意識しだすと気になりはじめるものだ。


 少し、瑞樹について知りたいかもしれない。

 そう思う一方、そんなことをしている時間があればアレを探さなければという強迫観念じみた思いが、私には居座っている。


 私はまとまらない思考に、頭を抱えたのだった。




11月29日、設定との齟齬に気付いたため改稿しました。

人間でなく物が裏と表でどうなるのかですが、物を表裏共通の存在にしないと、鶫の殺人クッキーを表の人間が普通に受け取れる理由がおかしくなってしまうので。

表の人間には裏のものは存在はしても、触れない、というか、勝手に避けてしまう、あるいは認識を狂わされるという感じで確定します。

にしても、見える人がいたらホラーですよね。日毎にオートで再生していくピアノ。



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