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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
33/205

捕獲2





 




『うん? 待て、貴様まさか九重か?』


 私にとって、先生のその言葉は意外だった。

 教え子とはいえ一介の生徒にすぎなかった私のことを覚えているのだろうか。


「先生、覚えてるんですか?」

「ああ。貴様は俺にとって悪夢そのものだったからな。思い出したくもない」


 先生は俯いて、重々しく語った。


「あ、悪夢……?」


 先生が私を恨みがましい目で睨む。


「忘れたとは言わせないぞ。貴様は去年、受験生だというのに数学で赤点を量産し、俺の夏休みを潰してくれたよな。俺はあの夏そのおかげで彼女にはふられ、やけ酒を呑んで一人さみしく過ごしたわけだ」


 確かに私は数学が大の苦手で、1学期は赤点をとったあげく補習に次ぐ補習で夏休みを潰した。


 先生は続ける。


「しかも、2学期からは打って変わって成績が急上昇。何か、貴様は俺の夏休みを潰すためだけにわざと勉強しなかったというのか? 貴様は知らないだろうが、カンニング疑惑まで持ち上がっていたんだぞ」

「えっ、カンニングなんてしてません!」


 私が慌ててそう言うと、岡崎先生は頷く。


「そうだろうな。カンニングではありえない。貴様の点数は、近くの席の誰よりも高得点だった」


 まさか本当にカンニングを疑われたのかとひやりとした。

 実は2学期からは颯太に数学を教えてもらっただけなんだけど。颯太は頭も良いから一学年上の範囲も完璧に理解していたのだ。

 あの頃は本当に、まるで現実から逃れるように勉強していた。


 さて、と先生は前置きし、居住まいを正す。


「勘違いして悪かったな。それで、ここに何の用だ? できることなどもうほとんどないが、悩みくらいなら聞いてやる」


 私は何も言えなかった。

 まさか正直に事情を白状するわけにもいかない。

 目を泳がせていると、先生は明らかに挙動不審な私を心配したのか、机越しに私の肩をゆすろうとして……手がすり抜けた。


 裏側に存在する私に表側の先生が触れられるはずがない。

 先生はすり抜けた手と私をしばらく交互に見比べていたが、数秒後、ムンクの叫びのポーズで悲鳴をあげて床にへたり込み、後ろ向きにお尻で後ずさりした。


「きゃあああああああああ!」


 いや先生、その低い声できゃあはない。

 イケメンボイスが台無しだ。


 先生の醜態に初めは驚いたものの、あまりに取り乱すのでだんだん面白くなってくる。

 思い出すと先生は補習中にさんざん私をしごいてくれたし、ちょっとくらいからかってもばちはあたらないと思う。


 私は少し頭を下げ、長い栗色の髪が顔にかかって表情を隠すようにすると、怯えている岡崎先生の方を向く。


「せーんせーい、わたしぃ、死んじゃったよーぅ」


 自分でやっておいてこういうのも微妙だが、ひどい演技だ。台詞は棒読みだし、やったことといえば胸の前に手を持ってきて、だらりと手首を垂らしたくらい。

 なのに先生は本気で怖がっている。


「ひぃ、すまなかった、悪かったから! く、来るな。よるな触るな近寄るな!!」


 私はとどめとばかりに薄笑いを浮かべ、ドアの脇に座り込み逃げ場を失った先生に迫る。

 先生は、いやァァと絹を裂くような悲鳴をあげる。


 リアクションがいちいち面白すぎる。


 その時、がらっと音を立てて扉が外から開かれた。

 ひょっこりとやってきたのは、30くらいの白衣を羽織った男性。確か科学教諭だったと思う。


「あれぇ、先生どうしたんです? 妙な悲鳴が聞こえてきたンで、ぼかぁ様子見にと思ったんですがね」

「あ、あれあれあれ……!」


 岡崎先生は科学教諭を見上げて、震える指で私を指差した。

 科学教諭は指の先を目でたどるが、やがて右手でもじゃもじゃした焼きそばみたいな頭をポリポリかいて言う。


「なぁんにもないじゃあないですか。先生には何か見えるっていうんですかい?」

「こ、九重、卒業したはずの九重が、白いワンピースを着てあそこに……!」


 岡崎先生の顔は、真っ青だ。

 科学教諭に私が見えないと聞き、幽霊だと思い込みでもしたのだと思われる。

 まあ、そう間違ってはいないけど。


「九重って、あの九重ですかい? あの、夏休みを境に成績が不自然に急上昇した。ぼかぁ奇跡ってなぁあるもんなんだと思い知りましたね。あいつがまともな手段で大学に受かるなんてねぇ」


 科学教諭はしみじみと呟いた。


 先生は堪えきれなくなったのか、科学教諭の話が終わる前に、開けた扉から逃走していった。


 やりすぎちゃったかな?


 私はこっそりと音を立てないように、先生が倒してしまった椅子を元の位置に戻す。

 科学教諭はしばらく岡崎先生の走り去った方をぼんやりと眺めていたが、椅子がいつのまにか綺麗に揃えられているのに気づくと、また頭をポリポリとかいた。


「うん? 几帳面な幽霊ってとこかね」


 そして、科学教諭はこちらに背を向けて、去って行く。


 私は少し反省して、次にあった時は謝っておこうと思った。


 もう岡崎先生の醜態だけでお腹がいっぱいといった風だったので、その日は保健室に戻って大人しくすることに決め、私もその場を去った。


 それにしても、どうして岡崎先生には私が見えたんだろう。今度、瑞樹に訊いてみよう。



岡崎先生は、この前言っていた追加キャラその1です。

典型的な俺様ヘタレにしたはずなんですけど…なんか方向がちょっとずれたような?



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