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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
32/205

捕獲1

 






「それで貴様、どういうつもりだ?」


 そう言って私に詰め寄ってくるのは、笑顔の教師だった。


 なんでこうなるのー。神様のばかー、あほー、けちー、はげー。


 投げやりに思いつく限りの悪口をひとしきり並べて、この絶体絶命に陥った経緯を思い出し嘆息する。


 そもそもの始まりは、1週間ほど前のことだった。音楽室に行く夢を見たらしい私はしかし、どうしてもそれが夢だとは思えず、こっそりと音楽室に行って真偽のほどを確認するつもりだったのだ。


 はじめはミーティングついでに夜向かうつもりだった。

 ただ、夜に音楽室に向かおうとする道に連日何かしらの怪異がいたためにできなかったのだ。

 ある時はてけてけと校内一周マラソンを繰り広げ、またある時は焼却炉の怪談に遭遇し、さらにあくるときは花子さんに嫌がらせされて通行止めになっていた。

 ……花子さん、嫌がらせのためだけに水道の水を出しっぱなしにするのはどうかと思うよ。

 あの忌々しいとでもいいたげな仏頂面には、若干傷つく。


 仕方なく今度は早朝や夕方遅くに挑んだけど、結果は同じ。

 でも、かえってそうなるとむしろ燃えるもので、私は昼間に移動をすることにしてみた。


 人が多すぎると怪異が紛れてしまってうまく回避できないかもしれないから、時間は午後、授業時間にわざとかぶるようにした。


 こそこそと安全を確かめながらゆっくりと目的地に進んでいった。

 途中まではよかった。


 ちょうど私が3階の東から西に抜けていると、向かい側から受け持ち授業がこの時間には入っていないのか、男性教諭が歩いてきた。

 手に資料などの道具がないところを見るに、トイレにでも立ったのかもしれない。


 私は、どうせ見咎められることはないとたかをくくって足を進めた。


 あと少しですれ違う。

 あと3歩、2歩、1歩……。


「おい」


「……えっ?」


 声の出処は、教師だった。

 すぐには自分が声をかけられたのだと認識できない。

 相手に自分が見えないということも忘れて、足を止める。

 驚きのあまり声も出せずに教師の目をじっと見て瞬きしていると、彼は不機嫌そうに言う。


「えっ、じゃない。何を考えている、学校にそんな服装で来るとは。制服はどうした」

「ええっと、あの……」


 私が見えているの?

 そもそも今となってはこの高校の生徒ではない私は、質問に答えることができなかった。

 制服はいとこにあげちゃったし。

 今着ているのは白いワンピースだ。ここに迷い込んだ時から、服装は同じ。


 教師はそんな私の様子を見て舌打ちした。


「まあ良い、来い! 授業もさぼりやがって。俺が見つけちまったからには無視できないからな。面倒だが説教だ。遠慮せずにたっぷり聞いていけ」


 さぼり中の在校生と間違えられたらしい。

 事態についていけず弁明することもできない私は、教師の後について行った。

 行き着いたのは、奇しくも理科室。

 この時限では使わないらしく、無人だ。怪異もいない。


 教師は私を適当な椅子に座らせると、対面に腰を下ろした。


 ここで話は冒頭に戻る。


「……おい、聞いてるのか?」


 至近距離で見て今気づいたけど、この先生の顔、見覚えがある。

 確か去年から勤務してる、数学担当だ。

 一年だけ教わった。

 若くてかっこいい男性教諭だったから、相当女子が騒いでた。

 名前はたしか、岡崎 (れんじ)

 皆はきゃあきゃあ言ってたけど、正直言って私は授業もちんぷんかんぷんで居眠りばかりだったし、態度も偉そうというので、あまり良い印象がない。

 生徒思いだと噂されていたが、黄色い声をあげる思春期の女生徒が言うことだし、どうだか。


 私は誤解を解くのを諦めて、的外れなお説教を聞き流す態勢に入った。


 岡崎先生は滔滔と面倒臭そうに、えーとかあーとか言葉に詰まりながら説教をしていたのだが、途中で難しい顔になると、思い出したように言う。


「うん? 待て、貴様まさか九重か?」





長くなったので分割しました。



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