記憶の旅2
更新時間、今回は遅くなっちゃいましたけど、基本は17時ですから!
「なにしてるんだよ!?」
第三者の声が聞こえたと思うとすぐ、背後から誰かが勢いよく走り寄ってきて、私の手を引いてともどもに逃げ出した。
私はチャンスとばかりに不審人物(仮)の手を浴衣の袖から叩き落とし、手を引く人物について走り出す。
助けてくれた恩人は誰なのかと、前を行く背中に目を向けと、広い背中が見える。
体つきからまだ若い少年だと分かる。甚平を着ているし、そのデザインを見るに男の子だろう。
私はそれが誰かを知っている。
知っていたはずなのだ。
目の前にいるのは……。
あれ……?
あれは……あれは……。
「うっ!?」
頭が割れるように痛む。
視界が大きく歪み、祭りの景色が壊れていく。
赤い色。黒い色。地面の茶色。
みんな境目をなくし、めちゃくちゃに混ざって入り乱れた。
私の体の自由は戻らず、思い出せない誰かに手を引かれて、体は意志もなく走り続ける。
私の手を引いているのは、私の手を引いている『はず』なのは……。
頭痛は最高潮に達し、涙が流れる。
あれは……あれは……!
頭の隅で、焦燥のにじむソプラノの声がした。
「なによ、これ……! アタシはただ、こいつの過去を手繰っただけなのに! こんなの知らない、なんなのよ!? ……っ、過去が、見えない」
どれぐらい時間がたったかは分からない。
私の意識は知らぬ間にいつもの体に戻っていた。
激し過ぎる頭痛に耐えかね、蓋のしまったピアノの上に上半身を崩している。
ピアノの鍵盤はぬるくなっているから、少なくとも10分以上はそうしていたのだろう。
見ていた夢の長さを思うと、やや短い。
意識が朦朧とするなか、私はがらっ、と、扉の開く音を聞いた。
誰かが喋っているようだが、痛みのあまり意味を認識できない。
「……なんでアンタがここにいるのよ」
「おや、僕がここにいてはいけないみたいな言い方ですね」
「ここはアタシと姉さんの領域よ。出てって!」
「嫌です。……それより、貴女は彼女の精神を壊そうとしましたね?」
「な、何よ……。良いじゃない」
「彼女を殺すのは、僕です」
どすっ。
何か重いものが振り下ろされる音が聞こえた。
「次はそれくらいじゃ済みませんよ? しばらくは大人しくして下さい。彼女は少なくともまだ、僕を楽しませてくれる優秀な玩具なんですから」
「ああ……アンタ、こいつに情が移ったんだ。けっこう入れ込んでるみたいじゃない?」
劣勢らしい少女が一矢報いようとでも言うのか、挑発的な響きで言い放った。
すると再び重い音が響いたが、今度は何か木が割れるような音も加わっていた。
もうソプラノは聞こえない。
「…………」
誰かは無言で私の方に歩み寄る。
こつ、こつ、と足音が響く。
「君はどうしようもない人ですね。勝手に殺されかけるなんて」
はぁ、とため息をつかれる。
誰かは私を抱え上げた。
この声は、もしかして……。
……そんなわけないか。
彼には首から下がないんだから。
私は誰かの体温を感じながら、意識を失った。
◆◇◆◇◆
「……い、……て……ださい。」
ん……?
誰かが呼んでいる。
起きなくちゃ。
目を開くと、そこは見慣れた理科準備室だった。
どうやら机に突っ伏して眠っていたようだ。
「あれ……?」
正面にいる瑞樹がため息をついた。
「はぁ。人が話している途中で寝こけるなんて、どれだけ図太い神経をしているんですか。起きて下さい」
おかしいな、さっきまで音楽室にいたと思うんだけど。
瑞樹が呆れている。
「間抜けな顔ですねえ。夢でも見てたんですか?」
夢……。
あれは夢だったのだろうか。
「ねえ、私、音楽室にいたような気がするんだけど」
「何を言っているんですか。君はずっとここで間抜け面晒して寝ていましたよ」
あれは夢だった、のか。
それにしてはリアルだった。
音楽室で彼女に会いに行って、縁日に立っていて。えっと、それからナンパされて男の子とエスケープだったか。
思い返すと脈絡がない。
夢、だったんだよね?
「本当に?」
「……ええ、本当に」
私が尋ねると、瑞樹は微笑んだ。
そこまで言うなら夢だったんだろう。
私たちは何事もなかったかのように、お決まりの実のないミーティングを始める。
私のスカートから、黒い塗料の付いた木屑のようなものが、風に吹かれてこぼれた。
加減が難しい…。




