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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
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記憶の旅1

 



 10月になった。

 暑気は遠のき、涼しくて過ごしやすい日が続いている。

 相変わらず進展はなく、私は今日も校舎をぶらつく。


 一度、七不思議を調べる、ということを自分なりにしっかり考えてみた。


 皐月様は、どの七不思議に身を寄せても同じ、と言っていた。

 共通項は、『七不思議である』ということだけ。

 とすると、七不思議に特有の何かが鍵になる。

 瑞樹のあの言葉。

 『七不思議とはただの人柱』。

 これが重要なヒントではないのだろうか。


 あの後瑞樹に何度も探りを入れたのだが、今のところ全敗で、見事なまでにいつもはぐらかされてしまっている。


 瑞樹への再挑戦(ミーティング)のために夜、一人で廊下を歩く。

 もう慣れたもので、今では闇や怪異に怯えるどころか出会った怪異と和やかに談笑出来るようになっていた。

 最初の夜はあれでも出歩いていた怪異は少なかったらしい。


 本人(?)たちにきくと、人見知りしていたとか。

 ……君たち、お化けなのに人見知りするの?と思わなくもない。


 どうやら瑞樹を抱えて校舎を歩き回るうちに、私は瑞樹の管轄だという認識が広まったようだ。


 安全が確保されて良かった。

 まあ一部の理性がない怪異には通じないから、相変わらず危険な場合もある。

 そう、例えば……。


 今とかね!


 足音と、ずるずると何かを引きずる音が聞こえる。

 私が歩いていたのは西階段。


 実は近頃あの足音とは遭遇していなかったのに、最近はまた出くわすようになったのだ。


 幸いここにも随分なじんで、校舎の構造や比較的安全な場所も熟知している。

 今だって冷静に、どこに避難しようかな〜とか思っている。


 そういえば、私は初日以来、ほとんど他の七不思議にあっていない。

 たまには挨拶がてら、音楽室に避難しようかな。

 あの子は私に好意的だったし、大丈夫だろう。


 後方からは、こつ……こつ……と定期的に足音が響き続けている。

 何かを引きずるスプラッタ音も健在だ。


 私はスムーズに周囲に他の怪異がいないことを確認し、音楽室に入った。


 音楽室は初めて訪れたときと変わりない。

 大きな窓に、重厚なグランドピアノ。


 私は彼女に会おうと、ピアノの前の椅子につく。

 正面には、彼女がいた。

 三つ編みにした髪を揺らして、右手を頬に当て微笑んでいる。


「久しぶり」


 私がそういうと、彼女は笑みを深めた。


「ええ、お久しぶりです。お元気そうで何より」


 …………?

 どこか違和感があるような……。


 それがどこなのか見極めるため彼女をじっと観察しようとすると、彼女の漆黒の瞳と目が合う。


 鏡のように、夜に光を反射して部屋を映すガラス窓のように、彼女の瞳の中に私が映り込む。

 そしてその鏡像の目にはまた、彼女の瞳が映っていて、合わせ鏡のように繰り返される。


 意識が吸い込まれていく。

 私はどこにいくのだろう。


 なにもみえない。





 ◆◇◆◇◆





「え?」


 思わず声が漏れる。

 何が起きたのだろう。


 ざわざわと賑やかな人波が流れていく中、どこか浮き足立った熱気が、夜に満ちる。

 近くでは的屋(てきや)が呼び込みの声を張り上げる。

 立ち並ぶ屋台。

 食べ物の良い匂いが立ち昇る。


 さっきまで学校にいたはずなのに、私は縁日の真っ只中に立っていた。

 見下ろせば、自分も浴衣を着ている。

 白地に赤い牡丹の柄で、帯は濃紫。

 私のお気に入りだ。

 少し派手だけど、似合うかなって訊いたら、綺麗だよって言ってもらえたから、私嬉しくて……。


 あれは誰だっただろうか。


 私が記憶を辿っていると、見知らぬ金髪の若い男が私に近付いてきた。

 丹精な顔立ちと不良っぽい格好が調和している。

 もしかしたら忘れているだけかもしれないとも思ったが、男は華やかな雰囲気が印象的で、カリスマ性のようなものすら発している。

 こんな人物を忘れるということはまずない。

 不審人物(仮)は、馴れ馴れしい口調で(のたま)う。


「ねェそこのおねェさん、さっきから長い間、誰か待ってンの? カレシ? アンタを一人にしとくようなの置いてって、一緒に遊ばねェ?」


 ナンパだ。

 まごうことなく。

 こんなテンプレなナンパをする人間がまだこの世にいたのかと思うと、感動で涙が出そうだ。


 ヘラヘラした男は私の肩に手を載せた。

 気色悪いから払いのけようとするけれど、そこで始めて体が自由に動かせないのに気が付いた。

 まるで映画の主人公の視点から物語を見ているようだ。


 口が勝手に動いていく。


「私は人を待ってるんです。放っておいて下さい、不審人物(仮)さん」


 あ、不審人物(仮)ってやっぱり思ったんだ。


「えェ〜? ちょっとくらいイイじゃん。っつうか不審人物(仮)って、あんた面白いなァ。ますますゴイッショしたくなっちゃうんだケド」


 いや不審人物(仮)で好感触なの!?


 男が袖を引っ張ってくる。


『私』はついに、男の手を強引に振り払った。


「嫌だってば!」


「……つれないなァ。でも、引いてあげられねェんだよなあ、これが」


 男の声が低くなった。

 男は勝手に私の肩を抱いて、どこかへ誘導しようとし始めた。

 動いたせいで、彼の胸元から刺青が覗く。


 まずい。

 非常に、まずい。

 あのマークは、ここらで一般人の私でも知っているくらい有名な不良グループのものだ。

 チーム名はえっと、多分……嗟嘆蘇愛琉(サタンソウル)

 中二病で頭がおかしいんじゃないかというセンスでも、馬鹿にしてはいけない。

 それにしてもどうしよう。

 抵抗したらどんな報復をされるか分かったものではない。


 それでも得体のしれない場所に連れ込まれるわけにもいかないので抵抗するが、所詮女の『私』では、力で不良少年にはかなわない。

 『私』の体は引きずられていった。



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