学園祭3
次に私たちが向かったのは、焼きうどんの屋台。
焼きうどんは最近始まったばかりで、野球部の有志によって販売されている。……まあ、有志とは言っても、実際はほぼ強制らしいが。
売り上げは部費として利用されるので必死にやる部活もある中、野球部はそうでもない部類に入る。
以前は焼きそばだったのだが、当時の部長が、やきゅうぶ、なんだから、焼うどんの方が3文字あってるじゃないか!と言って変更されたらしい。個性的な人がいたものだ。
野球部には颯太がいる。
やっぱり、弟分の晴れ姿はしっかりと目に収めておかないと。
去年までは、颯太が絶対に来るなと言うので遠慮していたが、今ならどうせ颯太から私の姿は見えない。
絶好のチャンス。
屋台には長い行列ができており、部員たちは忙しく走り回っていた。
焼きうどんの良い香りが鼻をくすぐる。
颯太はどこにいるのかと見回してみると、屋台で売り子をしているのが目に入った。
いつも通りの完璧な好青年っぷりを発揮して、接客をしているようだ。
声を掛けたいけれど、颯太から私が見えないのは分かっている。少しもどかしい思いで遠巻きに彼を見ていることしか、私にはできない。
しかし、しばらく颯太を見ていると、不意に目があったような気がした。
気のせい、だと思うけど……。
私がその場で戸惑っていると、颯太はエプロンを外して、止める部員たちの静止もきかずにこちらへ歩き出した。
えっ? えっ……!?
どういうこと!?
颯太には私が見えないはずじゃなかったの?
颯太はまるで私が見えているかのように歩み寄る。
その顔には、満面の笑みが浮かんでいる。
「姉さん! 大丈夫だったか!? あの後ずっと会ってなかったから心配したんだぜ? 監視……じゃねえ、えっと、見守ることもできなかったし」
そう、一気にまくしたてられる。
「ちょっと落ち着いてよ。私は大丈夫。それより、出店を放ってきちゃ駄目じゃない。部員の子たち、悲痛な目で引き止めてたよ」
「いや、いいんだ。それよりも、一つ訊かせてくれ。……姉さんがさっき抱えてた、生首は何者なんだ? ……男の首だったよな?」
あれ?どうしてだろう。
急に温度が低くなったような……?
うーん、もう秋口だし、冷えてきたのかなあ。
……っていやいや、それ以前に、なんで私どころか瑞樹まで視えちゃってるの!?
私が驚きのあまり固まってしまっていると、胸のあたりからすごく楽しそうな声が上がった。
「僕がやったんですよ。騒ぎになると面倒なので、一瞬だけ僕の姿を見せたんです。今は君の姿だけが見えるようになっています。この声も、弟君には聞こえていません」
そんなことできたのか?
瑞樹はにたにたと、心底楽しそうだ。
「さあ、弟君の質問に答えてあげなくて良いんですか? ほら」
瑞樹は颯太をちろりと見る。
私もつられて目を向けた。
「えっ、えっと……。今、お世話になってる人、かな?」
颯太が穴が空きそうなくらいじっと見つめるので、しどろもどろになってしまう。
「なんで疑問形なんだ?」
「えー、それは……」
あんたがガン見するからだよ。
そう言いたいが、言いにくい。
助けを求めて、瑞樹にアイコンタクトを送る。
瑞樹は菩薩のように、そう、全てを任せろというように、微笑んだ。
「それでは、僕の言うことを復唱して下さい」
私は颯太からはわからないように、小さく頷いた。
瑞樹が口を開き、状況を打開するための台詞を紡ぐ。
正直、何を言っているのか焦りで自分でも認識できない。
とにかく正確に復唱しなければ。
それだけを頭に、私は言われた通りに繰り返す。
「『颯太、いきなり何を聞くの? 私が誰と一緒にいようが、あなたに関係なんてないでしょ。そんなに私ばかり気にしてると、まるで私が好きみたいじゃない』」
颯太が、一見分かりにくいが、動揺したような……?
だが、気にしている暇もなく、台詞は続いていく。
「『あなたは私の愛すべき弟みたいなものなんだから、そんなこと気にしてないで、可愛い彼女でも作ってよろしくやれば良いじゃない』」
さあっ、と、颯太の顔から血の気が引いていった。
え、とか、な、とか、言葉にならない声を漏らしている。
不審に思って瑞樹の方をこっそり窺うと、瑞樹の菩薩のようだった笑みが黒く濁っているのが見て取れた。
颯太は私の視線で瑞樹の存在を知ったのか、私の手からホルマリンの瓶をひったくろうとしてきた。
油断していた私が気付いて体を捩るも、間に合わない。
颯太の手が届く。
瓶を奪われるかと思った瞬間、電流にでも弾かれたように、颯太の手が跳ねた。
颯太は手を引っ込めると、憎々しげに何も見えないだろう私の手の間を睨んでいる。そして、地の底から響くような低い声で呟いた。
「……さっきのはお前が言わせたんだな。姉さん、そいつに脅されてるのか。安心して。そいつ、すぐに始末するから」
颯太はゆらりと微笑んだ。そこに垣間見えるのは、狂気。目は虚ろで一切笑っていないのに、口だけがゆるりと弧を描いている。
それはまるで、校舎で見た怪異のもののようで……私の幼馴染のものじゃない。
こんな颯太、私は知らない。
「颯太、落ち着いてよ。どうしちゃったの!?」
颯太は、虚ろな目で私を見て、うわ言のように言う。
「姉さん、待ってて。すぐにそいつ処理してやるから。そうすれば、ずうっと一緒にいられるだろ? あいつさえいなければ。あいつさえいなければ、全部上手く行ったはずなんだ……」
「人目が集まって来てしまいました。逃げますよ」
瑞樹がそう言うので、私は後ろ髪を引かれながらもその場を走り去った。
あんな状態の颯太を残していくのは心配だが、同時にここから離れられることに安堵も感じていた。
最後に見た颯太の顔はいつもの笑顔に戻っていたが、私にはそれが泣いているように見えた。
話の展開が微妙なので、2章以降を練り直そうと思います。
しばらく更新停滞すると思いますが、数ヶ月で戻って来る、はずです。
恋愛ものっぽくなるように、頑張りたいと思います。




