情報の整理
8月ももう終わろうかというある日の夕方。
私は理科準備室で、椅子に座って目の前の机の上にのっている瑞樹と情報を整理していた。
この部屋の薬臭いにおいにも最初は鼻についたが、今ではもう慣れてしまった。
美沙ちゃんからも成果はあまりあがらなかった旨を、瑞樹に話す。
彼は話を聞くと、一つ頷いた。
「なるほど、やはりそうなりますか」
「なるほどって、どういう意味」
まるでこの結果が予想できていたみたいではないか。
瑞樹はけろりとしている。
「校長は、『七不思議を調べ』るように言ったんでしょう? 去年のことは、有用な証言が出れば儲け物、出なくともいずれは調べておくべきこと、と思い聞き込みを敢行しただけですので、最初からダメもとでしたし」
最初から言え。
と言いたいところだが、ノープランだった私の言えることではないか。
ちょっと期待しちゃってたのに……。
今度は七不思議を調べることになりそうだが、七不思議の何を調べれば良いのだろう。
歴史? 内容? それとも七不思議個人について?
いや、そもそも……。
「七不思議って、何なの?」
瑞樹はホルマリンの海の中で、ゆらりと笑う。
光を浴びたガラス製の瓶が、煌めいた。
「ふふっ、それは、僕が何者か、という意味でしょうか? 本人に向かって、『あなたのことが知りたいの』とはなかなか積極的なアプローチですね。しかし残念ながら、君は全く、完璧に、パーフェクトリー、僕の好みのタイプではありません」
口調は冗談めかしているものの、目は笑っていない。
もしかして、これは……私をはぐらかそうとしている?
直感的に、そう思う。
「からかわないでよ。真面目に訊いてるの」
瑞樹は何も言わない。
いつもの微笑みは顔から消え、無表情が張り付いたようになっている。
しばしの静寂。
瑞樹は口を開いた。
「七不思議とは、ただの人柱。生贄です。……それ以上でも、それ以下でも、ない」
噛みしめるように、まるで自分に言い聞かせるように、彼は言う。
どういうことなのか問い詰めたかったのに、彼の瞳が……そう、あまりに暗かったから、私には何も言えなかった。
空気までもが静止してしまったかのように思われたその時。
突如、私の背後から扉の開く音がした。
こんな夏休み中に好き好んで怪談のあるところに来ようという人がいるとは思っていなかったので、驚く。
動揺しつつも、あの空気を破ってくれたことに安堵して、振り向いた。
そこには、幼馴染の颯太が立っていた。
なんで颯太がこんなところに……。今頃はまだ、野球部の練習中のはずなのに。
颯太は当然私の姿は見えないようで、じろじろと睨めつける視線は私を素通りしている。
足音が聞こえて、颯太の後ろにもう一人、少年が現れた。
二人とも学生服のままだ。
「おい、颯太。どうしたんだよ、急にこんな不気味な噂がある所に入ってって。せっかく先生の都合で練習が早めに終わったんだから、行こうぜ」
颯太は動かない。
じっと、室内を睨むように探っている。
連れの少年はそんな颯太を心配したのか、彼の肩を叩いた。
「おい、どうしたんだ?」
颯太は、はっとした。
「ああ、悪い。なんだか姉さんがこっちにいるような気がしたんだ。……行こうか」
連れの少年は得心したようだ。
「ああ、颯太と仲が良い近所の姉さん、失踪したんだったか。そりゃあ心配だろうな。早く見つかると良いな」
颯太はほんの一瞬だけ、危険な輝きを目に宿したが、それはすぐに見えなくなった。
きっと気のせいだろう。
颯太はすごく良い子だから、悪いことなんて考えるはずがない。
連れの少年を先頭に、颯太も去って行く。
最後に振り返って、彼は私のいる方を見て、にっこりと笑った。
目が合った気がするのは……気のせい、だよね?
扉がぱたん、と閉まる。
私は息をついた。
正面に向き直ると、瑞樹は声を殺して笑っている。
颯太のことを笑っているのだろうか。
「ちょっと。颯太は私の可愛い弟分なんだから、笑わないで」
瑞樹はその黒い瞳をこちらに向けた。
「くくっ、すいません。弟分ねぇ。これじゃあ報われそうにはありませんね。……残酷なことで。まあ僕には関係ありません。せいぜい観察して楽しませてもらうだけです」
後半は声が小さくてよく聞こえなかった。
とりあえず謝ってくれたし、まあ良いか。
私も煮え切らない思いながら、部屋を後にした。
ご指摘頂いたのですが、うっかり「協力者」を二つダブって更新してしまい、うち一つを削除いたしました。
以後気をつけます。
教えてくださった方、ありがとうございます。(ぺこり)




